旅先に畏友(いゆう)のノンフィクション作家、鎌田慧さん(81)から一冊の本が届いた。『叛逆老人は死なず』。東京・永田町、沖縄、原発、震災…。亡国の現場で老骨にむち打って頑張る老いたる者たちの「叛逆老人」列伝をつづった内容で、「いまの若者の空白には、60年安保世代やそのあとの全共闘(団塊)世代など、戦後民主主義を食いつぶした者の責任がある。つぎの世代につなげる努力を怠ってきたのだ」(はじめに)と著者は手厳しい。「その責任の一端はおまえにもある」と背中を押される思いで読み進むと、「ミサイル基地にされる沖縄・南西諸島」という一節にぶつかった。その中に叛逆老人ならぬ「怒れる若者たち」が登場していた。さっそく、会いに行った。
花谷史郎さん(37)はいま、石垣市議会議員の2期目である。11年前、東京農大を卒業後、ゴ-ヤ栽培の家業を継ぐためにUタ-ンした。数年前、「この島に自衛隊が来るらしい」という噂が広がった。その配備計画は「南西地域の防衛態勢の強化」(2016年)という防衛省文書で表面化した。配備先は花谷さんが暮らす集落に隣接する「平得大俣(ひらえおおまた)」地区とされ、地対空や地対艦ミサイル部隊、火薬庫、射撃場などの建設計画が秘かに進められていることがわかった。
2018年3月11日の市長選に合わせた市議補選で、花谷さん「基地反対」を掲げて初当選。この時、現職の中山義孝市長はミサイル配備には一切触れない「争点隠し」に終始し、一方では大物政治家が相次いで来島して、中山支持を訴えて回った。レンタカ-での運び屋が投票所へのピストン輸送を繰り返した結果、期日前投票数が半数を超えた。こうした異常な選挙で3期目の座についた中山市長は今度は手のひらを返したように公然と「自衛隊誘致」を口にするようになった。花谷さんは半年後に行われた市議本選(定数22)で1279票を獲得して2位当選を果たし、同じUタ-ン組で、東京の週刊誌記者から転身した内原英聡さん(35)も堂々、5位に食い込んだ。この若手2人組は「ゆがふ」という会派を結成した。この地方の方言で豊かな世の中を意味する「世果報」が語源である。
「全国で初めてという不名誉をさらすところだった」―。花谷さんは薄氷を踏むような“勝利”を苦虫をつぶすような表情で話した。昨年12月定例会に自民党などの市議会与党側から「石垣市自治基本条例」を廃止する提案がなされた。非自民系の与党議員2人が反対に回った結果、賛成10対反対11の僅差で廃止を免れた。この自治基本条例は2009年、県内で初めて制定され、当時は先駆的な条例化と脚光を浴びた。歯車が逆転した背景には「住民運動つぶし」が透けて見えてくる。
4年間のアメリカ留学を経て、名産のマンゴ-生産に将来の夢を託す金城龍太郎さん(29)のもうひとつの肩書は「住民訴訟義務付け」訴訟の代表となっている。地方自治法(第74条)では、有権者の50分の1の連署をもって、住民の条例制定・改廃の請求権を認めている。金城さんらはこの規定に基づき、2018年2月、1万4263筆(有権者の4割強)を集めて「自衛隊誘致」の是非を問う住民投票条例の制定を求める直接請求をした。ところが、昨年2月に開かれた臨時議会は「駐屯地の造成工事が迫っている」という露骨な理由をタテにこの請求を否決した。
一方の自治基本条例は「有権者の4分の1以上の連署をもって、市長に対して住民投票の実施を請求できる。市長は請求があったときは所定の手続きを経て住民投票を実施しなければならない」と定めている。金城さんらはこの規定を根拠に今度は市側に直接、住民投票の実施を迫ったが、「議会の否決によって、署名の効力は消滅した」として話し合いは平行線をたどった。このため、昨年9月19日付で住民投票の実施を義務付ける全国でも珍しい「行政訴訟」に踏み切った。
「この豊かで平和な島を守りたいだけです」と金城さんは静かな口調で言った。アメリカ留学時代、白人と黒人の差別の上に「アジア人」差別がのしかかった。マンゴ-農家が広がる平得大俣地区は島の最高峰・於茂登山(526メートル)のふもとに位置する田園地帯である。「石垣ポトリ果マンゴ-」と名づけた完熟マンゴ-の生産をする金城さんの地域には約40世帯が暮らしている。台湾からの入植者や本島の米軍基地建設によって、離農した人たち、そして、本土からの移住者…。金城さんの父親もすでに自衛隊が配備されている最西端の与那国島の出身である。汗して開墾した土地がいま、ミサイル基地に姿を変えようとしている。
亜熱帯の森の間から赤茶けた土砂が眼下に飛び込んできた。46ヘクタ‐ルの自衛隊用地で買収が終わったゴルフ場跡地では昨年3月から造成工事が始まった。「この一帯は於茂登山がたくわえた水の貯水池の役割を果たしている。辺野古の軟弱地盤と同じ。こんな場所に基地を造ろうとしているんです…」と花谷さん。奄美、沖縄本島、伊江島、宮古島、石垣島、与那国島…。中国や北朝鮮などを仮想敵とした「反共の防波堤」がまるで万里の長城のような弧状を描いているように見えた。南西諸島の要塞化は有事の際の“先島奪還”作戦がその最終目標である。
「私たちは“ゆがふ”の実現を目指しています。ところで、先輩のイ-ハト-ブ(宮沢賢治の理想郷)の議会はどうですか」と花谷さんが問い返した。私は2期8年間の議員生活の悪夢を思い出しながら、ボソボソと口を開いた。「それが恥ずかしながら、ほとんどが無知・無関心。それどころか、沖縄問題の議論に立ちふさがるのは逆に革新を名乗る議員集団なんです」―。花谷さんは驚いたように目を丸くした。「この現実をぜひ、本土の人たちに伝えてください。この国の安全保障は南の島々が担っているのだ、と」。石垣市議会には花谷さんら30代の議員が3人もいる。若者たちの屈することのない怒りに、老残のわが身はこてんぱんに打ちのめされてしまった。
(写真は自衛隊の配備予定地を指さす花谷さん=1月3日午後、石垣市の平得大俣地区で)