雑談
2月15日、16日に山形県鶴岡市で開催された新社会人スタートセミナーの
ご担当の方が受講生からのアンケート結果を送って下さいました。 私が担当させて頂いた「新社会人の基礎講座」は2日間で147名分です。 他の3講座を含めると総勢378名分をすべてまとめて下さいました。 細かな部分まで集計して、講座への感想もまとめたものを拝見しました。 かなりの時間と労力をかけて仕上げて頂いたことでしょう。 アンケートの感想を見ながらセミナーを振り返っております。 1年先の話で、しかもご依頼が頂けるかも未定ではありますが、 次回はさらに「あーしたい、こうしたい」と、 補足や改善点に気付き、さらに意欲が高まっております。 4講座の様子 |
本日の「乗りものニュースのFacebook」から一部引用させて頂きました。
〜〜〜JALは戦後初めて国内航空会社の国際線として、1954(昭和29)年から東京〜サンフランシスコ線をDC-6B型機で開設。 当時、旅客として期待できるのはアメリカ人が大多数だったため、 機内で和空間を演出することを思いつき、機内サービスとして屏風を置き、 CAは和服で乗務することとしました。 JALのスチュワーデス(当時のCAを指す)は、 毎月のシフトで和服を着てサービスする担当者が指名されます。 担当者は当日、通常の制服を着用し機内に乗り込みますが、そのとき抱えているのは、大きな和服の収納ケースでした。 ユニークすぎる和服サービス 裏では色々苦労も。 ちなみに、スチュワーデスとして乗務するには、訓練をクリアすることが必須ですが、その項目のひとつに和服への着替えも含まれていたとも。着替えは15分というタイムリミットもあったほか、和服を着ての救難訓練も実施されたそうです。 また着物は、制服と同様に支給品だったようですが、重くかさばったため、機内や空港での持ち運びは非常にハードなものだったといいます。 和服はJAL国際線のひとつのウリとなりました。 ![]() その後、国際線の主力機はDC-7C型機からジェットエンジン搭載のDC-8型機、より大型の「クラシック・ジャンボ」ことボーイング747型機……と変遷をたどります。 使用機材が進化しても和服を着ての機内サービスは継続されたようで、記録では1990(平成2)年まで実施されていました。 36年も続いていたのですね!〜〜〜 現役の頃の懐かしい想い出です。 ![]() ボーイング747のトイレで タイムリミット15分の着付に悪戦苦闘していた頃のことが思い出されます。 JAL在籍10年半、数え切れないほど貴重な経験をさせて頂きました。 |
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また19年目を迎えた進路支援企業の専属講師
今度も再契約のご依頼を頂きました。
3年間担当させて頂いた国の委託事業も
再契約のご依頼を頂きました。
実績、資格はもちろんですが、特に国の委託事業は、
講師評価基準も期待レベルのハードルも高いです。
だからこそ、常にフィードバックしつつ
自身のスキルアップに専念しています。