朝日町エコミュージアム|大朝日岳山麓 朝日町見学地情報

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お話 : 白田重明さん(朝日町ワイン総務部長)

〈オーナーワイン制度〉
 平成3年から始めたオーナー制度は、工場や畑の案内、収穫体験、芋煮会形式の交流会を開いている。開始当時は5年後にワインが送られる方法だったので次第に入る方が減ってしまう問題があった。平成6年からは、白ワインは1年後、赤ワインは2年後の短期のオーナー制度に変えた。現在は全国から250人の会員で350口数入っていただいている。交流会は半分の120人位の会員+家族で350人位の集まりになる。ワインは置いておけばおくほど良くなるものではないので、作っておいしい時に飲んでもらって、また次の生産につなげることが大事だと思っている。そのためにも、商売のみに終わらず、届くワインがどういう場所で、どういう人達が関わって、どういう風にして作られているかということを伝えられるとてもいいシスデムだと思っている。

〈親子体験事業〉
 もう一つ2002年から中学3年生の親子体験事業に取り組んでいる。当時の学年委員長だった松谷屋の白田和好さんと相談してブドウのもぎ取りを始めた。カベルソービニヨンというぶどうは5年熟成させるとおいしくなる。樽で2年。瓶につめて3年。15歳の三年生が成人する頃にちょうど良くなる。いただいた体験料をあてて成人式の4月29日に届けるようにしている。成人を祝う初めてのお酒は朝日町ワインを飲んでもらいたいし、町や県から出ていった時に朝日町ワインのことを話せるようになってもらいたいと願っている。ラベルは5年前にいただいたグループごとの写真をレイアウトして貼っている。結婚式で、オリジナルラベルを貼ったワインを使う方も増えている。少しずついい方向に繋がってきていると感じているので大事に続けていきたい。

〈畑に来て欲しい〉
 ワイン城に一番人が訪れるのは、サクランボの季節や10月頃。見学にいらしたお客様に一番面白いと好評なのは、タンクや機械の工場の説明よりも畑。畑には入っていけないと思っているので、なるべく声かけして入ってもらっている。たとえば、カベルソービニヨンの完熟前のピーマンのような香りを嗅いでもらう。どこかで買ったカベルソービニヨンワインにピーマンの香りがしたら、完熟前のぶどうを使ってしまったことになる。そんなことをお話しすると、納得して帰られる。畑には畑でしか体験できないことがある。
(取材/平成22年2月)

白田重明氏(しらた・しげあき)
昭和32年(1957)生まれ。昭和50年に上山農業高校を卒業し山形朝日農協に就職。山形果実酒製造(有)に出向し、国税庁醸造試験所(東京都)へ研修。翌年研修を終了し、ワイン醸造に取り組む。以後、フランス、ドイツ、スペイン、アメリカなど数回のワイン海外研修を重ねる。国産ワインコンクールの審査員を第1回(平成15年)より4年間務める。有限会社朝日町ワイン総務部長。山形県ワイン酒造組合・事業推進委員長。
※写真は朝日町ワインホームページより抜粋
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お話 : 白田重明さん(朝日町ワイン総務部長)

〈ロゼ部門3年連続最優秀カテゴリー賞受賞〉
 国産ワインコンクールが始まった7年前から出展している。審査は瓶に黒いビニールを巻いてどこのワインか分からないようにして行われる。一年目は出品したが全く受賞できなかった。二年目にセレクトルージュの赤が入賞した。そして3年目に3アイテム、4年目には4アイテムが入賞した。転機になったのは2006年に「マスカットブラッシュ夢色」が銅賞を受賞したこと。1100円のものが受賞した。
 元々ロゼはあまり売れなかった。10年位前の赤ワインブーム以前の売れる割合は、赤ワインは2割、 白ワイン7割、ロゼワインは1割。ブーム後は、赤ワイン6割、白ワイン3割、ロゼワイン1割。朝日町ワインは、はじめ赤ワインを作り、次にロゼワインを作った。その後、白ワインを作れるようになって売上が伸びてきた。反面、ロゼワインはだんだん売れなくなって、作る意欲もなくなってきていた。味が悪くなって廃棄処分したこともあった。
 2004年に若手の醸造担当職員から「一タンク作ってみたい」と申し出があり、真面目に作らせてみた。それが二年後に受賞した。「まぐれでもたいしたものだ」と、みんなで大変喜んだ。これ位認められるならとまた頑張って作り、翌2007年には、なんと銀賞のロゼ部門最優秀カテゴリー賞をもらった。2008年にもマスカットブラッシュ夢色が同じ銀賞のロゼ部門最優秀カテゴリー賞をもらった。そして2009年にロゼがまたもらった。3年連続でロゼが受賞した。合計では7アイテムも入賞するに至った。

〈スパークリングワイン〉
 はじめて入賞したスパークリングワインのナイアガラとミュラーは、営業に回っている職員がこれからはスパークリングワインの人気が出て来ることを察知して、作ってみたのがはじまり。まずはノズル一本の機械を買って作り、販売してみたら評判がよく、今度はノズル3本の機械やエアーで詰める設備を整備して、需要に堪えられるようにした。営業で得てきた情報をうまく生産につなげるようにしている。
 大手のようによそからぶどうを仕入れて作るのではなく、朝日町産のぶどうでワインを作り、賞を取ることにこだわっている。今年もいくつ入賞するかは分からないが出展することにしている。
(取材/平成22年2月)

白田重明氏(しらた・しげあき)
昭和32年(1957)生まれ。昭和50年に上山農業高校を卒業し山形朝日農協に就職。山形果実酒製造(有)に出向し、国税庁醸造試験所(東京都)へ研修。翌年研修を終了し、ワイン醸造に取り組む。以後、フランス、ドイツ、スペイン、アメリカなど数回のワイン海外研修を重ねる。国産ワインコンクールの審査員を第1回(平成15年)より4年間務める。有限会社朝日町ワイン総務部長。山形県ワイン酒造組合・事業推進委員長。

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お話 : 白田重明さん(朝日町ワイン総務部長)

〈ワインは飲めば分かる〉
 ワインそのものの説明については、いつも「飲んでいただくと一番わかる」と説明している。ドブ臭かったり靴下の汗くさい臭いのするワインが、仮にあったとしたら大変な事(笑)。タンクが不衛生で雑菌が入ってしまい変な熟成がしたものをそのまま瓶詰めしたことになる。

〈売店のジュースがおいしい理由〉
 ワイン用のぶどうはおいしくないと思われがちだが、ワインがおいしいということは、ぶどうもおいしい。食用の水っぽいおいしさとは違うが、皮ごと噛んでいると味わい深さを楽しめる。売店で出しているマスカットベリーや山ぶどうのジュースがその証拠。子供や運転する人など試飲できない人のために置いてあるが、とてもおいしいと評価をいたただいている。あのジュースがおいしくなかったらうちのワインはすべておいしくないということになる。いいぶどうを使っていることをあのジュースで表している。

〈古いワインについて〉
 よく頂き物などの古いワインが飲めるかどうか問い合わせがあるが、栓を開けて匂いをかいで酸っぱい香りがするものは料理に使えばいい。透かして見てくもりガラスのように濁っているものは
飲まない方がいい。ただし、くもったものが下の方に沈殿していて、上のほうは透明感がある場合は上だけを飲める。濁ったものは元々ワインに溶け込んであった成分が年数経って結晶して落ちたもの。静かに別の容器に移し替えて飲めばいい。

〈白田さんのやりがい〉
 朝日町ワインで働きはじめた昭和50年から35年になった。近頃はワイン作りの現場から離れて畑にいることが多くなった。10数年前からワインの作り方を教えた若手の職員たちが、現在意欲的にワインを作ってくれているのがなにより嬉しい。私は現在、畑から朝日町ワインの全体を見つめる役割を担っている。
(取材/平成22年2月)
※写真は畑を案内する白田さん
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白田重明氏(しらた・しげあき)
昭和32年(1957)生まれ。昭和50年に上山農業高校を卒業し山形朝日農協に就職。山形果実酒製造(有)に出向し、国税庁醸造試験所(東京都)へ研修。翌年研修を終了し、ワイン醸造に取り組む。以後、フランス、ドイツ、スペイン、アメリカなど数回のワイン海外研修を重ねる。国産ワインコンクールの審査員を第1回(平成15年)より4年間務める。有限会社朝日町ワイン総務部長。山形県ワイン酒造組合・事業推進委員長。

エリア地区 / 四ノ沢、和合

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 よって、サイト内で紹介しているほとんどの見学地は、観光地として整備している場所ではありません。夏は草が茂り道がなくなる場所もあるかも知れません。もちろん冬は雪に閉ざされます。また、個人所有の神社や建物等も一部含まれております。アクセスマップも細道までは表示されません。
 予め御了承の上、見学の際は下記についてご留意下さるようお願い申し上げます。

・安全に留意し危険な場所には近づかないで下さい。
・マナーを守り、無断で個人敷地内に入らないで下さい。
・不明な場所につきましては、エコミュージアムルームへお問い合わせ下さい。または、エコミュージアムガイドをご利用下さい。
Tel0237-67-2128(月曜休)


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りんご温泉周辺に整備されていた世界のりんご園は閉園しました。

 五百川三十三観音第11番札所。
 立木より車で10分程の所にあった大江町勝生集落は、400年程前に朝日権現参道の村として誕生したと推定されています。江戸〜明治時代には「七軒青苧」の本場として名声高く庄内の漁民と直接取り引きされたと伝わります。
 明治4年(1871)4月10日、青苧畑の火入れ(焼畑)から昼火事となり12戸が全焼。曹洞宗玖林寺と観音堂も全焼します。しかし観音像は無事でした。昭和46年頃には盗難にあいましたが3〜4年後に山形市より発見され犯人も逮捕されました。昭和35年頃から過疎の波は勝生にも押し寄せ昭和46年に廃村となりました。昭和50年に別当鈴木与三郎氏がお堂を解体し、石仏地蔵尊とともに、自宅近くの経ヶ崎(朝日町宮宿西町)の一角に遷座再建しました。
※『ふるさと朝日町散歩』より抜粋
※写真は勝生の観音堂跡です。
五百川三十三観音縁起
五百川三十三観音霊場一覧

 明治44年頃、和合釜山の地主だった武田甚内(山形市中野)が、県の果樹試験場から取りよせて植えた紅玉の木。当時管理をしていた菅井勝治郎氏が、その園地を引き継ぎ、現在も三代目園主の菅井敏一さんが大切に管理しています。樹齢100年以上にも関わらず、現在もたくさんのりんごを実らせています。
 見学はエコルームにお問い合わせ下さい。

りんご栽培の歴史
見学会「朝日町りんごのはじまり物語 」(H15)
あっぷるニュー豚とりんご誕生物語(見学会・H26)

エリア地区/能中

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 もともと、うちのリンゴを受粉させるのが一番の目的で飼った。人工受粉では、全部くっつけるのは大変だからね。さくらんぼに置くようになって、なり過ぎて困るほどなるようになった。
お話 : 設楽弥八さん(和合)

 ミツバチを飼う前は、マメコバチを花粉交配用に飼っていた。取ってきた葦を仕掛けておくと、花粉を運んできて卵を産むんだ。次の年の春にそこから生まれて働く仕組みだね。寒い時も飛ぶからいいんだけれど、リンゴの花の時に出てくれる確実性がないし、蜂数もミツバチと比べたらまるで少ないからね。
お話 : 渡辺進太郎さん (送橋)

 イチゴ、ナシ、メロン、スイカ、サクランボ、モモ、リンゴと、今は花粉交配の仕事が増えたね。人間の手は、花の成熟が分かってないけれど、蜂はちゃんと分かっているんだ。自然界はそうなっているのだから、虫の方が確実なんだ。
お話 : 多田光義さん(太郎)

 ミツバチは、花の少ない季節以外は、独特の限定訪花性を持っているから、同じ種類の花だけをめぐって働いているんだ。リンゴだったらリンゴ。タンポポだったらタンポポだけを訪花している。足に付けている花粉だんごを見ると、必ず一色だから分かるんだ。植物にとっては、ありがたい習性だね。自然はうまくできている。
お話 : 安藤光男さん(宮宿)

取材 : 平成6年(1994)


 リンゴ、キハダ、トチノキ、ニセアカシヤ、夏の草花の蜜を採っている。やっぱり一番は六月に咲くトチノキだね。全ての花が蜜源だったらいいんだけれど、採蜜できるほど大量の花蜜を出してくれる植物は数えるほどしかないんだ。今となっては、東北地方のようなトチやニセアカシヤを抱えている山は最も恵まれた蜂場だね。
 採蜜は、朝早くて大変だ。朝の3時に起きて現場に向かい、夜明けと共に始める。花から集めてきたばかりの蜜は、まだジュースみたいにトロトロしている。蜂たちは、一昼夜かけて羽であおいだり、口移しで伸ばしあったりして、発酵しない濃度になるまで水分を蒸発させるんだ。だから、まだ蜂が働きに出て戻らない朝一番に採蜜しなければならないんだ。
 まず、ハチミツの入っている巣をそっと巣箱から抜き出して、思いっきり上下に振って蜂を振り落とす。落ちないでくっついている蜂は、刷毛を使ってそっと払い落とす。たまっている巣だと、一枚に一升もたまっているから重労働だね。一箱で七?八枚抜き出したら、トラックに積んである遠心分離機に持っていって、専用の蜜刀で「蜜ぶた」を切る。蜜が濃縮されると蜂たちはふたをしてしまうんだ。それから巣枠の外側に作った無駄巣も切り除く。そして遠心分離機に入れて回す。昔は手回しだったけれど、今はモーターで回している。新しい巣は、壊れないように加減して回すんだ。すると遠心力で、どんどん蜜がふっとばされて出てくるんだ。洗濯機の脱水と同じ原理だね。蜜を金網でろ過して、一斗缶に詰めて持って帰る。トチノキの季節に一箱で五升以上の採蜜を三回できたら、大収穫だな。
お話 : 安藤光男さん(宮宿)
取材 : 平成6年(1994)


 木のうろなどから、収穫してきた山蜂(ニホンミツバチ)の巣は、手でしぼったんだ。布で袋を作ってハチミツの入った巣を粉々にぶっかいで入れて、ぎゅーっとしぼんなよ。これが一番しぼりでいい蜜だ。そして二番絞りは、袋さ残ったのを鍋に少し水をいれて煮るんだ。巣の蜜ろうを溶かして浮き上がらせるんだ。冷めると固まったら取り除くのだけど、それは水が入った薄いハチミツだから、早く飲まんなねがった。料理に使ったりもした。今でもハチミツしぼりなんて採蜜のことを呼ぶのはそのなごりだべな。

お話 : 安藤チヨミさん
取材 : 平成6年(1994)


 ハチミツの他にも、ローヤルゼリー、花粉、プロポリス、蜂の子、蜜ろうなどの生産品がある。どれも少量しか採れないけどね。
ローヤルゼリーは、女王蜂だけに与えられる王乳を人工の王台(女王の育つ大きな巣穴)をたくさん仕掛けて集める。
 花粉は、両足につけてくる花粉だんごを巣門(入り口)にやっとくぐれる穴のついた器具を仕掛けて、むりやりくぐると足から外れて落ちる仕組みにして集める。
 プロポリス(蜂やに)は、ミツバチが巣を補強したり、殺菌したりするのに集めてきた樹木のヤニとミツバチの出す酵素を混ぜ合わせて作られるもの。巣枠にはりついたものや、換気窓のところに金網を仕掛けておいて、そこに付けたものを削りとって集める。
 蜂の子は、蜜を集めない雄のさなぎを収穫して、醤油とみりんで油炒めして食べる。香ばしくておいしいんだ。残念ながら自家用だけだね。

お話 : 安藤光男さん(宮宿)
取材 : 平成6年(1994)

 昭和42〜43年頃、木川のキジコ沢の奥にあったたくさんトチノキが伐られ始めたなよ。影響はあるね。あの頃は、俺のダットサンのトラックで何回も運ばなんねほど採れたんだから。チェーンソー出たなで、どんな太いのでも切れるようになった。トチノキなんか太いから、手ではなかなか切れないものだったんだ。みんなチップ材にしたんでないかな。
 キハダ蜜もずいぶん採れた時代があった。キハダは蜜が黄色いからわかる。キハダは薬になっから、皮をはいで重ねて背負って行くものだっけ。今でもそういう人はいるけど、昔の人と違って、ぐるっと剥いてしまうから枯れてしまう。我々の知らない奥のほうがどうなっているか心配だね。
 トチノキの花房は、昭和四十六、七年までもっと長かったような気がするな。酸性雨なんかとも絡んでいるんでないべかね。
お話 : 多田光義さん(太郎)

 バリ、バリ、バリって、直径二mもあるトチノキを目の前で切られた時は残念だったな。まだ花がいっぱい咲いていてな。簡単なんだ。あの頃、チェーンソ?の音があっちこっちで聞こえたね。太いトチノキを、トラックに縦に一本だけ積んで持って行くものだっけ。
 切られてばかりでだめだっていうので、養蜂協会では毎年、蜜源樹の植栽をしているんだ。朝日町でも昭和四十九年に、町から勝生山を借りて五町歩にニセアカシヤやトチノキを植えた。
重い苗担いで大変だった。その後も毎年下刈りやって来たけど、ニセアカシヤにとっては、あまりいい場所ではなかったようだ。育ちが悪いね。なかなか難しいものだ。
お話 : 安藤光男(宮宿)

 戦後、ソ連に抑留されて帰ってきた弟の話によると、あっちでは伐採作業の時、蜜源植物は絶対切らせなかったそうだ。意識が違うんだべな。日本でもこれからは、スギばっかりでなく、蜜源樹のような違った生産性のある植物にも目を向けて欲しいもんだね。
お話 : 峯田憲一さん(西船渡)

取材: 平成6年(1994)