朝日町エコミュージアム|大朝日岳山麓 朝日町見学地情報

朝日町エコミュージアム|大朝日岳山麓 朝日町見学地情報
ログイン
メモ メール Q&A  リンク 地図 ウィキ 特集 プラン
 若宮寺は、正平年間(1346〜70)五百川若狭が弘法大師の霊感により大日如来を西船渡(現蓮成寺)に祭り一寺を建立したと伝わります。慶長5年(1600)に上杉勢の五百川進攻の際に全焼。同17年(1612)に配下としていた山野辺城主山野辺右エ門義忠(最上義光四男)が現在地に移転しました。第一世尊孝法印は若宮寺中興の名僧と謳われ、寺の復興に活躍しました。

登坂高典さんのお話
和尚様の話
アクセスマップはこちら
※見学の際はお寺の方にお声かけ下さい。本堂内の見学は事前にお申し込み下さい。

 総ケヤキ造り、唐様式。若宮寺20世盛恬法印(せいてんほういん)により再建されたもので、左沢菅野辰吉棟梁の手により天保14年(1843)から嘉永3年(1850)まで7年の歳月をかけて造られました。姿構造まことに美しく、地方における江戸末期寺院建築の代表的な建造物です。朝日町指定文化財。また、ここからの眺望は「八ッ沼七名勝」の一つとされています。

アクセスマップはこちら

 八ッ沼山地からの地下水が湧いています。文政年間(1818〜1829)に、豊向庵という寺の解体移転にともなって出た土台石を使って造られたといわれ、村人の生活用水として長年利用されてきました。簡易水道がひかれた昭和30年代に一度姿を消しましたが、昭和63年に区民の願いにより復元されました。

アクセスマップはこちら

 「八ッ沼七名勝」の一つ。現在は水田になっていますが、天保13年(1842)以降に若宮寺住職盛恬法印が村人の暮らしが豊かになるよう開田しました。小松家文書によると、布山にあった朝日嶽社の僧“山仙坊”という者が沼に入水し命果てたのでそう呼ぶようになったとあります。また、八ッ沼城落城の際、一子兼通と婚約者の弥生姫が落ちのび身を沈め、一族郎党も自害した場所とも伝わっています。

アクセスマップはこちら
※八ッ沼〜西船渡に至る道路から眺められます。

 現在水田になっているかつての果沼の沼縁には、明応年間(1492〜1500)に旧家佐竹三郎兵エ家が建立した薬師堂があります。傍らには南寿庵や屋敷がありました。婚礼を前にして五百川合戦に巻き込まれるという悲話「弥生姫伝説」の弥生姫と兼通は、薬師如来の祭礼の時、ここではじめて出会ったと伝わります。

アクセスマップはこちら
※細い農道につき走行ご注意下さい。

 五百川合戦の時、戦いになった壇の越で、武将の小関加衛門が戦死し、近くの森に葬られました。その後、夕方になるとこのあたりからうなり声が聞こえるようになりました。近くの沢水の音が、米を研ぐように聞こえるとも云われています。

アクセスマップはこちら
※分かりづらい場所です。エコミュージアムルームでご確認下さい。

 夜中に何者かが黒ずきん姿で村人を驚かせることが続きました。あとをつけると「自在坊」のかたわらに立つこの首のない地蔵様のところで姿を消したそうです。女の地蔵様だったそうです。
 この地蔵様は、どこにでも出張して子供の病気を治してくれていましたが、ある帰り道のこと、急ぎすぎて転んでしまい首をなくしてしまっていたのです。

アクセスマップはこちら

 寺の過去帳によると、寛文元年(1661)に法明寺の僧、日延上人が江戸雑司ガ谷に蓮成寺を開いたとあり、300年後の明治28年(1895)に現在地の西船渡に移転しました。日蓮宗。
※『ふるさと朝日町散歩』より抜粋

※元は若宮寺があったが、慶長5年(1600)の出羽合戦の折に上杉家により焼き討ちされた。

アクセスマップはこちら
※本堂内見学は事前にお申し込み下さい。

 夏草三中堰は、果沼の薬師沼水田に水をひくために、常盤堰の水を分ける水口分水新堰として安政二年(1855)に考えられ、惣代名主阿部与三郎を筆頭に八ッ沼村名主佐竹三郎兵衛が中心となり計画。秋から冬にかけ工事が進められ、翌年の春から夏にかけては岩を切り通し堰路工事に従事しました。旧西五百川公民館(水口)の上まで引かれていた常盤堰の水を、西五百川小グラウンドの下を引き回し、夏草墓地の下を通り、沢を越えて果沼の薬師沼水田に流すルートです。様々な苦難を乗り越え、安政四年(1857)に完成しました。
 その後、大正3年(1914)に東北電力・旭発電所(夏草)が完成し、電気沼(発電所の貯水池)から引かれるようになりました。

夏草三中堰と椹平の棚田(水とくらしの探検隊2005)

 高田地区には朝日町で最も身近なブナ林があります。地区を挙げて「ブナ林探索路」が整備され、年に一度開催される探索会は、毎回多くの方が集まり実施されています。

佐竹啓次さんのお話
高田のブナ林

高田のブナ林マップ
ブナ林探索会の様子(PC)

 10年程前から、高田地区のみなさんが休耕田を利用してビオトープを作り、朝日町在来のメダカを大切に育ててきました。メダカのみならず、初夏にはホタル、神秘を感じる糸トンボ、そしてヤゴやミズカマキリなどの水生昆虫も見つけることができます。 子供達が集う交流の場になることを願い「メダカの高田分校」と命名されました。いつでも気軽に訪ねてみて下さい。
場所 / 高田地区公民館の裏手 
メダカの高田分校とホタルの里
問合せ / 佐竹啓次さん(高田区長)TEL0237-67-7641
※佐竹さんはエコミュージアムガイドもなさっています。ご希望の方はエコミュージアムルームまでお申し込み下さい。Tel 0237-67-2128(月曜休み)
※メダカの本校は、大谷の谷地山睡蓮ため池(渡邉勝美さん所有)です。

朝日町話題のホタル観察会(2005)

 朝日町にも義経伝説は残っています。
 義経は弁慶らを連れて平泉に逃れる途中、朝日町を通りました。八ッ沼のあたりで北の方が産気づき、弁慶は大いに困りましたが、ふと見ると、道のかたわらの松の大木の下からきれいな水が流れているのを見つけました。北の方はここで子を成した(産んだ)のです〜
 ちなみに大沼地区の大沼浮島稲荷神社には、弁慶がおいて行ったと伝わる笈が残されています。

アクセスマップはこちら