お知らせ
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当館では企画展「近代山形旅行案内展」を開催しております。 明治から昭和初期までの山形県への時間旅行をお楽しみいただければと思います。 さて、企画展に該当する昭和10年の山形県勢からこの頃の山形県と現在の山形県とを比較してみたいと思います。 まずは人口です。昭和10年の山形県の人口は約111万7千人でした。令和4年5月時点の山形県の人口は約104万5千人だそうです。因みに世帯数は昭和10年は約18万5千世帯。令和4年は約40万世帯だそうです。倍以上の違いですね。 次にサクランボの収穫量は昭和10年約1,650tに対して、現代のここ10年の平均では約13,800tと約8倍の収穫量になりました。しかし、変わらないのはサクランボの収穫量が日本一ということです。今年もまた美味しいサクランボが沢山収穫できればと思います。 ※画像は昭和13年頃の山形県の地図です。 |
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本日は休館日の月曜日ですが、祝日ですので開館しております。
海の日ということで、現在開催している「近代山形旅行案内展」の展示資料より「由良海水浴場ノ賑ヒ」をご紹介します。
大正7年〜昭和7年の間に発行された絵葉書で、山形県鶴岡市の由良海水浴場の当時の様子がわかります。
海水浴は明治18年、日本で初めて神奈川県の大磯で海水浴場が開設されたのが始まりとされ、鉄道の発達によって全国へ広まりました。
海水浴は当時からお金がかからない大衆にも人気のレジャーだったようです。