元寇、神風が撃退と言うけれど
先日、社員旅行で壱岐産業のルーツ、長崎県の壱岐島を訪ねました。 地理的に明らかですが、古来大陸との往来上、壱岐と対馬は重要なポイントでした。 北九州の防備にあたった防人は大宰府を中心とした福岡県のイメージが強いかもしれませんが、 壱岐にも150人くらいが常時監視にあたっていたようです。 具体的には、不審な船が来た場合、のろしで京都まで伝達したそうです。 さて、一番上の写真は、壱岐の少弐公園という歴史的メモリアルエリアです。 日本は第二次大戦まで、一度も他国からの侵略を受けてない、元寇も2度にわたり神風による 大嵐で大国モンゴル帝国の船はすべて沈んだ、といったように教えられました。 しかし、実は文永の役、弘安の役とも、この壱岐には(対馬も)元軍が上陸し、 島民のほとんどが殺害されたのです。 19歳で立ち上がり、勇敢に闘った少弐資時を祀っているのが少弐公園なのです。
2016.07.14