義兄の葬儀
身近な人の葬儀に参加するたびに、人の終わりのはかなさに 心が痛む。多くの人の見送りを得て人生の卒業式を 終え、どこへ行くのであろうか。 一般的には、仏教の教えのなか極楽浄土へ向かうと あるが確認した人はいない。ふとそんな事を考えてしまう 遺族の心の中に、思い出として存在するしかないのか それも月日とともに、うすくなっていく。 時折の仏事の中で、思い出され語られる時々の記憶の人 となってしまう。葬儀に参加するたびに父や母、妹の 生前が記憶によみがえるが、普段の生活の中では浮かんで 来る事は少ない。それでも逝去者は子供や兄弟、友人、知人の 心の中で、生き続けていくのであろう。 何かしら人生の生き様の教訓を与えながら。 人は何時かは迎える卒業式まで、今日も懸命に生きようと 頑張っている。
2012.04.17