昨日、今日、明日
時の流れをあらわす、身近な単位の言葉が\"きのう\"\"きょう\"\"あした\" の呼び方で、過去、現在、未来の状態を私たちは、日常何気なく使っている。 いつも今日と云う日にしか、住めないのに。昨日と云う日には行けない。 明日と云う日は永遠に訪れない、いわば夢であり幻に近い。来たと思う瞬間 もう今日であるから。考えてみると此の三とおりの言葉で、表される 時の流れは非常に深い意味があるように、思える。 今日の事は、昨日と云う日に蓄積されていくが、ひとつとして修正は不可能 明日と云う日は希望であり、夢でありそこに住むことはできない。 いつも我々は、今日に生きていくしかできないのである。 そんなことを考えていくと、今を生きることがどんなに大切なことか しみじみと思われる。物事の決断も明日に延ばそうか、明日があるから いいやと、時々思うが存在できない明日では、永久に決断もすることなく いたずらに、昨日へ今日のごみを蓄積していくようなものである。 何にしても、今日をいかに一生懸命に生きるかで過去の蓄積や、思い出に 悔恨を残すことなく自分の歴史を作り上げていくことになる。 なんだか夕べの酒が残っているのか、変な思いに駆られてしまった。 何はともあれ、今日も一日一生懸命生きるとしよう。
2013.03.26