最上義光歴史館
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《2025年8月の利用者アンケート集計結果》
この集計結果は令和7年8月1日から同31日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。 常設展示 (8/1 〜 8/31) 企画展 (8/1 〜 8/31) 開館日数・・・・・・・・・・・・・27日間 入館者数・・・・・・・・・・・・・5,410名 回答者数・・・・・・・・・・・・・36人 1.本日は最上義光歴史館に �ヾ覯菘犬鮓�に来た・・・・・・・・・・・11% �⊂鐇濺玄┐鮓�に来た・・・・・・・・・・39% �N省�見に来た・・・・・・・・・・・・・50% �´�の方、企画展を何で知りましたか?? (1)ポスター・チラシ等・・・・・・・・・・・45% (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・0% (3)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・10% (4)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・20% (5)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・0% (6)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・20% (7)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・5% �△諒� 最上義光歴史館をどこで知りましたか?? (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・6% (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・31% (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・19% (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・0% (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・0% (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・0% (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・38% (8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・0% (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・6% (10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・0% 2.歴史館の入館は何回目ですか?? (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・83% (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・8% (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・8% 3.ご覧になられた感想 3−1内容はいかがでしたか?? 企画展 �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・53% �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・39% ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・6% �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・3% 常設展示 �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・67% �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・17% ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・14% �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・3% 3−2最上義光と最上家について?? �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・47% �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・44% ��わからなかった・・・・・・・・・・・・8% �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ亜� 3−3施設内容について (1)また来館したいですか?? �,泙人茲燭ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ沓検� �∈2鵑里澆任茲ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ横押� (2)人に来館をすすめますか?? �〕茣曚鬚垢垢瓩襦ΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ坑押� �⇒茣曚鬚垢垢瓩覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ検� 4.ボランティアの案内はいかがでしたか �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・50% �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・11% ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・3% �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0% �グ篤發魄様蠅靴討い覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΓ械検鵝 � 〜利用者の声〜 大阪市吹田市 男性/60代 案内していただけた(ので人に来館をすすめたる)。料金を徴収しましょう。 男性 すばらしい発掘品がみられる!!!!!!! こんどは出土品の図録をつくってください(懇願)。 神奈川県横浜市 男性/70代 知らないことがたくさんあった(ので人に来館をすすめる)。 東京都文京区 女性/小学生 最上義光について知れたから(人に来館をすすめる)。 大阪府大阪市 女性/60代 館名の通り、最上家を知る良い機会であり場所である(ため人に来館をすすめたる)。(ボランティアの方の案内が)とても聞き取りやすい言葉・スピードで理解が深まった。無料でいいんですか? 福島県福島市 女性/小学生 小中学生はクイズができる(ので人に来館をすすめる)。 福島県福島市 男性/中学生 企画展を見ていただきたい(ので人に来館をすすめる)。 静岡県伊豆市 男性/50代 知ってもらいたい(ので人に来館をすすめる)。ボランティアさんが判りやすく楽しかったです。資料を増やして欲しいです。 埼玉県戸田市 男性/小学生 東北史+最上家のことを知ってほしい(ので人に来館をすすめる)。(ボランティアさんが)詳しく教えてくれ分かりやすかった。 山形県庄内町 女性/20代 (ボランティアさんが)とても熱心に説明していただき、理解をふかめることができました。 埼玉県さいたま市 女性/60代 顔はめパネルで写真をとっていたら「ここはいいが、中はだめです」といきなり注意された。あたりまえの事を言われて気分悪かった。わかってる事です! 東京都板橋区 男性/小学生 1300年から続いた最上家のことがわかる(ので人に来館をすすめる)。妹のことも知りたい。 兵庫県神戸市 男性/40代 最上家の成り立ちがよく分かった(ので人に来館をすすめる)。(ボランティアさんから)展示物の詳細まで教えていただき勉強になった。山形にまた訪問してみたいと思った。ボランティアさんの話が詳しくてより歴史を知りたいと思えた。 男性/小学生 とても展示物が豊富だから(人に来館をすすめる)。(ボランティアさんが)どこがおすすめかおしえてくれたから(よかった)。 千葉県八千代市 男性/40代 案内がよかったから(人に来館をすすめる)。ボランティアさんが熱く語って下さってとても勉強になりました。ありがとうございました。歴史をもっと知りたいと思いました。 山形県天童市 女性/80代 子供や孫を連れてきた。そして説明した(ので人に来館をすすめる)。書状は見たけど年寄にはよめない(小さくて)。一部でも大き目にしてくれたらよい。 宮城県仙台市 女性/小学生 歴史が好きな人は好きそうだから(人に来館をすすめる)。 山形県・高畠町 男性/60代 (ボランティアさんが)最上義光について、しっかり説明してくださる(ので人に来館をすすめる)。子どもさんに対しても丁寧に説明してくださる。リピーターを増やすために、毎回違った「最上義光のすごいところ」特集を入れてはどうだろうか。文化人としての側面、父としての側面、平和への願いなど。 山形県天童市 女性/30代 無料(なので人に来館をすすめる)。単眼鏡のかし出しありがたいです。ムービーが増えていたり来るたびちがっていて楽しいです。 山形県米沢市 女性/20代 最上義光公のかぶとを見られるから(人に来館をすすめる)。歴史好きにはオススメします。米沢から来たとお伝えしたのをふまえて、(ボランティアさんから)ゆかりの武将の話を聞けた。とても楽しかったです。順路を分かりやすくしてほしいです。展示はとても良いです。ありがとうございました。 山形県米沢市 女性/20代 複製ではなく本物のものが沢山展示されていたし、無料なので気軽に来れるから(人に来館をすすめる)。(ボランティアさんから)直江兼続さんの知らない話をくわしくお話していただき、とても興味深かったです。これからも維持してください。素敵でした。 東京都新宿区 男性/20代 どうしても最上義光という人物について過小評価されがちだと感じる。もっと多くの人に知っていただきたいと感じた。最上家に仕えた家臣団についても、もっと知りたいと思いました。志村光安、氏家父子、鮭延氏など、家臣の優秀さももっと知りたいです。 茨城県神栖市 女性/小学生 あまり好きじゃない(ので人に来館をすすめない)。(ボランティアさんの案内が)長すぎて分からなかった。 山形県天童市 男性/小学生 自分でも気に入った物などが展示していたから(ので人に来館をすすめる)。(ボランティアさんの案内で)歴史の事がより多くの事が分かったから(大変よかった)。 山形市 男性/50代 冨神山が好きなので、最上合戦のようすが良くわかった。 山形市 女性/20代 ようかいがいかった。義光のライオンがかっこいいですね^_^。お金とってもいいレベルだと思いました。お仕事がんばってください。 神奈川県秦野市 女性/70代 (ボランティアさんから)親しみをもって説明していただきました。伊達政宗は好きですが、最上家はあまり興味なかったので、知るきっかけになりました。 ※当館サポーターの個人名は「ボランティア」または「ボランティアさん」に変更しています。 |
(C) Mogami Yoshiaki Historical Museum



「パンがなければケーキを食べればいい」という有名な言葉がありますが、「米がなければラーメンを食べればいい」と山形では言われている、わけはなく、むしろ地元大学では最近、ラーメンを週3回以上食べると死亡率は約1・52倍になるという調査結果を発表しました。
さて、某大河ドラマでは今、米騒動の話となっていますが、これがまた今の時代に不気味にシンクロしていて、政権混迷というあたりも似ていて、「令和の百姓一揆」という動きもあり、あとに続くのは打ち壊しということでしょか。ドラマの脚本は半年以上前にできあがっているはずで、けっして今の状況を織り込めるはずはないのに、そんな指摘がネット上にありました。
ところで時代劇などを見て思うのは、そこで食べている米のことでして、「べらぼう」では長屋住まいでも白米を食べていて、しかしながら当時、地方では米すら口にできないという話もあります。これを調べてみると「江戸時代、白米を普通に食べていたのは江戸や大阪などの大都市の人だけです。日本全土にわたって白米が常食されるようになったのは戦後ですよ。」とネット上にありました。「戦後」というのはどうかとも思いますが、確かに戦前を時代背景とする小説などでは「銀シャリが食えるのはありがたい」などという話がよくでていますし、あの「おしん」では大根飯でした。他にネット上
には、農村部で白米を食べるのが当たり前になったのは明治になってから、ともありました。
さて、八代将軍の徳川吉宗(1684〜1751)は「米将軍」とも呼ばれ、享保の改革(1716〜1746)により米の生産を拡大し、武士階級だけでなく時には農民も白米が口にできるようになりました。しかしながら、収穫米の相当部分は年貢として徴収され、農家に残るのは自家消費と種籾・翌年用の備え程度。そのため農村の日常の主食は粟・稗・麦などの雑穀が中心で、白米はハレの日のご馳走という位置づけでした。しかも1732年(享保17年)には冷夏と虫害による「享保の大飢饉」が、1782〜1788年(天明2〜8年)には悪天候と浅間山噴火による「天明の大飢饉」が起きています。
大名の領地は「何万石」で表されますが、武士の給与も米で支給されました。目安として1石は成人男性の1年分の米(約150kg)で、家で消費する以上の分は売却して現金化し、生活物資の購入などに充てました。一方、各藩の年貢米は江戸・大坂・京の蔵屋敷へ集められ、市場に放出されました。それを精米したものが小売りされ、都市部の町人や職人が買い求めました。その食べ方は、とにかく多量の飯(1日5合とも)を食べて、おかずは漬物程度。豊かさを競うように白米ばかりを食べたので、米糠に含まれるビタミンB1が摂取できなくなり「脚気」になる人が増え、これは「江戸患い」とも呼ばれました。江戸に出てきた藩主がこれにかかり、地元に戻り食事も元通りになると治ったこともあったそうです。
また江戸時代では、精米技術も向上しました。従来の杵を手にしての米搗きだけでなく、足踏み式の「唐臼」が中国から伝わりました。木臼が石臼になり作業効率が飛躍的に伸びたそうです。また、玄米のままでは火の通りが悪いため白米が求められました。
一方、地方では、玄米に近い分付き米に雑穀などを混ぜて食べていたそうです。
実質100万石とも言われた仙台藩の事例ですが、「農民は年貢以外の貢租を納めるため米を換金せざるをえず、村には食料にするための米がわずかしか残らなかった。江戸の庶民が普段、仙台米を食べているときに、仙台藩の農民の主食は、麦・粟・稗・大根・大根の葉などをいれた「カテ飯」であった。白米だけのご飯は「いっそ飯」または「えっそ飯」と呼ばれ、正月などめでたいときに食べるごちそうであった。おかずは漬物と梅干、それにみそ汁が基本であり、みそ汁には具の野菜をたくさん入れておかずにした。」との記録があるそうです。
1796年(寛政8年)に出された「昇平夜話」という武士の教訓書には「東照宮上意に、郷村の百姓共は死なぬ様に、生ぬ様にと合点致し」とあり、東照宮上意とは徳川家康が言ったことには、という意味ですが、家康云々は別として、この時代の統治のあり方、年貢の取り方がうかがい知れるものではあります。
ということで、「べらぼう」で江戸に住む長屋の庶民が白米を食べるのは、時代考証的に合っているのですが、地方回りをしている水戸黄門では、武家以外で白米がでてきたらこれはどうかとなります。ちなみにある放送回で、黄門様御一行が貧しい村人の家に宿を求め、そこでの食事は囲炉裏にかけられた鍋にある雑炊のようなものだけだったのですが、これを食べた助さんだったか格さんだったかが思わず「ウッ、ウッ、これは」とその不味さに顔をしかめるシーンがあり、やはり間違いのない演出ではありました。
(→ 裏館長日誌に続く)