最上義光歴史館

〇 自然史博物館と科学技術博物館の話
 博覧会と博物館との関係で言えば、科学技術博物館も19世紀に始まった(万国)博覧会に起源をもつそうです。「19世紀は蒸気機関や電気の発明品など、さまざまな新しい技術が出てきた時代で、それらを展示した博覧会を恒久的な施設にしたのが起源だと考えられます」と一橋大学の有賀暢迪准教授は語っています。
 一方、博物学というものがあり、これは英語でNatural history、直訳的に「自然史」とも言われます。それは動物界・植物界・鉱物界という自然三界の全ての種についての目録を作り、自然界に存在するもの全てを収集・分類する試みです。これが東洋では本草学として、伝統中国医学の医薬(漢方薬)や不死の霊薬(仙丹)の原材料の研究として発達したそうです。こうしたことを扱うのが自然史博物館で、やはり科学技術博物館とは異なります。
 20世紀に入ると新しい種類の科学博物館、英語で「サイエンスセンター」と呼ばれるものが登場します。その特徴は、伝統的な博物館の基本機能である「収集・保存」を重視していないことにあり、観客が触って体感できるハンズオン展示や体験型の展示を取り入れ、体験を通じて原理や概念を理解するものです。
 自然史博物館の人気展示はやはり恐竜で、あと、マニアには昆虫や鉱石といったものも見逃せません。パリやロンドン、ベルリン、ニューヨークなどにある自然史博物館は観光にもおすすめです。一方、科学技術博物館で展示物で圧巻なのは、飛行機やヘリコプター、宇宙船といったものでしょう。飛行機や潜水艦などは、各国の戦争博物館、日本では自衛隊の広報館などでも見ることができます。あと、マニアも多いのが鉄道です。
しかしながら、上野にある国立科学博物館は、自然史博物館と科学技術博物館が一緒になっていて、結局、何でもありの総合科学館というような施設となっています。
 ちょっとユニークなものとしては、ミラノの国立レオナルド・ダ・ヴィンチ科学技術博物館には、ダ・ヴィンチが設計した発明品の模型がずらりと並んでいます。ここにはまた、無線通信を発明したマルコーニにちなみ、数多くの無線機が展示してあります。日本では、公立施設での無線機の収集展示は意外に少ないです。
 余談ですが、福島市では最近になってなぜか「UFOふれあい館」を推し始めました。平成4年に開館しており、日本博物館協会の名簿にはないものの、UFOに関連する3000点もの資料がある博物館的な施設です。資料展示のほか、3Dバーチャルシアターや入場料込みで入れる展望風呂があり、UFOの目撃例の多い千貫森からの眺めが楽しめるとのこと。宇宙人コンテストというのもやっていて、「ふれあい館」という名称からすれば、それは体験型施設でもあるのかも。あの「ム〇」好きの当事業団のA学芸員は、20年近く前に訪れているとのことで、「本当にあそこは目撃情報が多いんだ」と言っていました。ところで、「UFOと宇宙人」というテーマは、自然史系と科学技術系のどちらで扱う領域なのでしょうか。まさか民俗学。
 
〇 チルドレンズミュージアムの話
 一方、体験型の「サイエンスセンター」についてですが、これがまた子ども向けとなると、大型児童館などとごっちゃになることがあり、まあ、それでもいいかと思うこともあります。その施設の目的が、学習施設なのか児童厚生施設なのかという違いなのですが、ユーザーが同じなので区別するのもどうかと思うわけで、しかしながら、補助金や管理体制などが関係すると、それは大きな問題にはなります。
 さて、アメリカ各地にはチルドレンズミュージアムという「ハンズ・オン」(Hands on、触って体験して学ぶ)型の子ども博物館が各所にあり、サイエンスセンター的な展示とともに大型の体験遊具設備があります。20世紀末頃の話ですが、山形でもこうした施設をつくろうとしていたことがあり、当時その調査を担当していました。
 コンサルさんとともに国内の子ども科学館などを何か所か視察しました。シミュレータや恐竜ロボットなど、最新の展示物が目を引くわけですが、施設運営において課題となるのが陳腐化とメンテナンスで、施設を開設して20年くらい経過したものも見ておいた方がよいとのアドバイスをいただきました。そういう施設を巡ると、映像が古いなどという程度ならまだしも、ハンズ・オンでは「調整中」と張り紙がされた展示も少なくなく、そうしたものを適宜更新できる予算がなければ、やがてはお荷物のような施設となってしまいます。ハンズ・オン型の展示物は、理想的には5年、最低でも10年で更新したいところです。それができない場合はそのまま、いっそレトロ館でやっていくという手もありかと。「昔の科学館」とか、「懐かしの科学館」とか。
 それでチルドレンズミュージアムとはどんなものかと、コンサルさんに教えてもらったボストンの施設を、単独自腹で見に行ったことがあります。しかし、職員にインタビューできる英語力もなく、日本語ガイドを頼めるわけでもなく、ただただ施設内をうろついて終わってしまいました。そのうち、山形につくろうとした施設計画も立ち消えになり、それは単純に説の必要性が認められず、財政的にも厳しかったからなのですが、そのとき浮かんできたのが「ほいど馬をかう」という言葉でした。これは山形の言い方で、「乞食が馬を買う」ということわざのことで、身分不相応なものを手に入れてもてあますさまを言い、始末に困ることのたとえです。
 山形のチルドレンズミュージアムは、メンテナンスのことまで考えると、まさにこうなりかねず、特に公設の場合は、建設までは金を都合するけど、その後の予算は全くつかないというのが常です。まして、その後の計画的なリニューアルという発想にもとても及ばず、今どきはクラウドファンデングに頼ることにもなりかねません。
 当時、コンサルさんとともに訪問した施設に「霊山子どもの村」という所があります。もともとは巨大アスレチック施設からはじまっており、屋外には地形を活かした大型遊具があります。屋内施設としては日本初の参加体験型チルドレンズミュージアム「遊びと学びのミュージアム」を整備し、デザイン性の高いハンズ・オンの展示物とともに自由な環境の図書室が設けられており、大変印象深い施設でした。その後、運営においていろいろあったようでしたが、霊山町が合併により伊達市となりしっかりリニューアルして、現在も手本とすべき魅力的な施設になっています。(なお、冬期間はお休みです)

〇 チルドレンズミュージアムを計画した話
 当時関わったチルドレンズミュージアムの計画について少々。20世紀末当時、子どものための施設というと、テーマパークのようなもの、つまりあの「夢と魔法の国」というようなイメージで、民間のみならず自治体でも手掛け、その後、赤字を出し廃園という例もあったのですが、もっともそういうものは、山形では作れるわけもなく、しかしながら利用者の目は肥える一方で、子どものための施設といっても、どうにも焦点を絞りきれない感じでした。内外の意見をきいても、プラネタリウムをどうするとか、シミュレータもほしいとか、縄文時代の住居を再現してはとか、個々の展示の要望はあるものの、全体像としては描ききれませんでした。
 それでも次第に見えてきたのは、テーマパークでもなく大型遊具中心の児童館でもない、ハンズ・オンを基本とした子どもが楽しめる博物館、つまりは、チルドレンズミュージアムです。その具体化にむけてコンサルさんにまとめてもらい、結果、科学を学ぶゾーンと社会生活を学ぶゾーンを設けるという基本計画となりました。
 科学ゾーンは、イームズ夫妻の「パワーズ・オブ・テン」にならって、大きさ順の展示とし、社会生活ゾーンは、「子どものまち」として、子どもサイズの街並みをつくり、ごっこ遊びなど体験をしながら物事を学ぶというものです。
 「パワーズ・オブ・テン」とは、1977年に製作された10分足らずの教育映画で、10のべき乗で物を見せていくことで、大きさ比較するもので、その書籍も出版されています。そのオリジナル短縮版を作りオリエンテーションに用い、展示で具体化するというものです。最大のスケールは宇宙の果てであり、それは宇宙誕生のことでもあり、それはまた素粒子の発生ともなるため、最大のサイズが最小数のサイズにつながるという、蛇が自分の尾を咥えるウロボロスの輪のような、環状の動線による展示ができるということです。
 そこで難しいのは、人間の五感(場合によっては第六感も?)を展示構成上どう位置付けていけばよいかということで、科学館によっては、光、音、情報といった括りにしているところもあり、あるいは博物学の界とか理科年表の区分やら宇宙年齢や地球年齢の順という体系化もあり、大きさだけによる体系化が正解というわけでもないのですが、感覚的に扱いやすいのは大きさかと。
 一方、「子どものまち」とは、あのキッザニアのようなものと言えば分かりやすいと思います。街中の店舗などから社会を学ぶ、花屋では花の名前を覚え、テレビ局では番組制作、書店であれば本当に本の売り買いがあってもいいし、画廊であれば子どもたちの作品を飾れます。また、駅を作れば電車の実物展示ができるし、自動車の整備工場なら車の構造が学べます。
 某キッザニアには、「総合商社」とか「ケアサポートセンター」まであります。「警察」や「消防」もありますが、「市役所」はありません。親にとっては人気の職業らしいのですが、子どもにとってはどんな仕事なのかわからず、お役所仕事という言い方はありますが、それではやっぱりわからないわけで。あと、「歯医者」はあっても「医者」はないようで、やはり「お医者さんゴッコ」とかは、なにかと問題があるのかと。あとは「葬儀屋」もありません。「お葬式ゴッコ」というのも、やはり問題があるのかと。「神社仏閣」や「教会」なども社会生活的には重要ですが、公的施設でこれを取り込もうとすると難しい。結婚式とか運試しとか肝試しとか、いろいろな遊びができるのですが。一方、某キッザニアには「アニメスタジオ」とか「アフレコスタジオ」などがあります。子どもにとってはあこがれでしょうが、山形にはいずれもない商売でして。まあ、あこがれはあこがれとして、都会にはそういう商売もあるということで。
 なお、その空間構成としては、道路(通路)が回遊型つまり環状の動線となっています。バックヤードを含めた空間効率からすれば、やはりこの形が合理的なのでしょう。

〇 プラネタリウムの話
 続いて、科学館には欠かせないプラネタリウムのお話でも。プラネタリウムでは寝なかったことがない私ではありますが、最近は、寝るための上映会というのもあり、時代のほうが進んでいるようです。
 さて、子ども科学館の計画においては、プラネタリウムはどうするのかという話が当然でてきました。日本一のプラネタリウムは、という話も出たのですが、当然、そんな覚悟もなかつたわけですが、とにかく当時は、その大きさを競っていたところがありました。ドームだけならそれこそ野球場程度のものまで作れるわけですが、このプラネタリウムの大きさを決めているものは、実はその光源の強さです。ドームばかりが大きくても、星が暗い、ぼやけて見えない、というのでは観ていても疲れたり眠くなったりします。
 ところがその後、技術的なブレークスルーが起きます。メガスターです。それまでは、事実上、某光学機器メーカー2社がほぼ独占していたのですが、そこにメガスターは、桁違いの星の数で勝負してきました。それまで、せいぜい数万個しか投影できなかったものを「メガ」すなわち100万個以上投影できるようにしたのです。どのくらい違うのかというと、それまで光の帯として投影していた「天の川」が、ひとつひとつの星として投影できるのです。最近はこのメーカーの機材を導入している館も多く、ドーム球場の大きさでも投影でき、星の数も7億以上の恒星が投影できるとして、横浜の子ども宇宙科学館のものが2023年2月8日にギネス世界記録に登録されています。以前は、四日市市の施設がギネス認定を受けていました。ちなみにドームの大きさでは、名古屋市科学館が、内径35mで認定をうけています。まあ、俺の方がデカいとか、私の方がキラキラしているとか、そういう話にはなりがちなのですが。
 当時はまた、海外製品でデジタルプロジェクターも登場してはいたのですが、光量は小さく、星も少なく、小規模のドームにしか使えませんでした。しかし今や、デジタルプロジェクターも進化し、投影機材もさることながら、そのシステムは宇宙空間のデータをもつPCと映像を作り出すPCとで構成され、さまざまな操作演出ができます。その投影方法も、1台のプロジェクターで投影するタイプの他、複数のプロジェクターを用いるタイプもあり、最近は自発光するLED素子をドーム全面に敷きつめるドーム自体がLEDモニターのようなものもあるそうです。
 ただ、プロジェクターの自由度が高くなると、映画館的なプログラムでもよいのではとなり、そうなると、専門に操作する人も不要となります。ただし課題となるのは、その製作は外注となり、どのようなものを何本用意できるか体力勝負、つまりは金次第になることです。プラネタリウムはかつて、操作する人がその場で自在に動かし、解説していました。つまりは監督と弁士を一人でやるわけです。それだけ自由なプログラムが可能だったのですが、単なる上映館になってしまうと、人任せ、金任せとなってしまいます。
 また、そんな映画館的な仕掛けでいいのであれば、個人的にはあの〇MAXでもいいのではとも思います。原理的には大画面の映画館ですが、ベストポジションで観ると、そのリアリティというか没入感というのはすごくて、平面映像なのに立体的に感じられるほどです。ただ、全てが専用機材によるものなので、その映像作成費用なりシステム費用なりはお安くはなく、やはり予算勝負的な課題は残ります。
 その他、大きさとか精細度などではないところで勝負する方法もあります。某宇宙館なのですが、そこの映像室は上部だけでなく床面にも投影がなされていて、観客は空中デッキのようなところに立って観るというものです。これも没入感がすごくて、さほど大きなスペースも要らず、技術的にさほど特殊ということでもなく、いい意味でやられた感がありました。
 さてさて、知ったかぶりしてプラネタリウムの話を続けてきましたが、山形市内には常時上映しているプラネタリウムは未だになく、市の少年自然の家にある五藤光学社製のGX-10のT型(回転架台付)という半世紀以上前の昭和47年(1972)に開発された恒星6,500個規模の機材による上映会が、年に2回程度あるのみです。宇宙空間の体験というよりタイムスリップ的な体験ができそうです。

〇 新型シアターの話
 このプラネタリウムとともに課題になったのがシミュレータでして、あの「夢と魔法の国」にある座席がガクガクと動く宇宙船のようなものを、という要望もあったのですが、とにかくそれが当時の最先端をいく展示物でした。シミュレータというのも出来不出来が極端で、そのポイントとなるのは映像と座席の動きがしっかりシンクロしているかどうか、ということです。これがズレていると、気持ち悪いアトラクションになってしまうそうです。後年、とあるシミュレータが山形市近郊の遊園地にも登場したのですが、光量不足で画面が暗く、チープなCGにガタガタと動くだけの座席で、案の定、妙な疲れだけが残るものでした。
 そして、今話題なのが、チームラボなどに代表されるインタラクティブな映像展示です。先日オープンの新しい施設がテレビで紹介されていまして、中でも、星の一生を体を動かすことにより再現するというものが、科学館的にも面白いと思いました。宇宙塵から星が形成され、白色矮星になってブラックホールになるという過程を、トランポリンを飛ぶことで変化させていくもので、自分が跳ねている場所にその状況が映し出されるのですが、星の一生という題材もさることながらトランポリンで跳ねることをインターフェイスとしたところが秀逸なわけです。
 チームラボはこれまでも、人の動きをセンサ−で捉え、画像に反映していくインタラクティブなものを基本にしていたのですが、それをこのように学習的に、しかも新しい動作を用いて発展させたわけです。実はこれにも、出来の悪いものというのがあり、反応がにぶいとか、タイムラグが大きいとか、途中で止まってしまうとか、いずれもフラストレーションが募るものになります。これをまねて作っているものの、試験的というか、しょぼいものも見かけます。最近、いくつかの館で導入されているゴーグルタイプの3Dについても同じような課題があるかと思います。動作と画像のズレもさることながら、空間表現それ自体がよくわからない場合もあります。作り込みの問題というか、本当に玉石混交です。
 さて、ここまで科学館のシアターについて簡単に述べてきたのですが、科学館のシアターとしては、今どき大画面とか仮想体験などは、個人レベルで高水準のものが得られてしまうわけで、これでは得られない体験、それは他者との体験の共有であったり、家庭用TVを超えたハード機能、ネットでは得られないソフト機能などが提供できるか否かということがカギになります。あの「夢と魔法の国」では、それが提供できているということなのでしょう。もちろん演出やデザインに負うところも大きいのですが。また、別の解ではあるのですが、あの映画「ジュラシックパーク」のオリエンテーションのシーンに登場するライド型のシステムも映画とは言えよくできています。
 そこで提案したいのは、滞在時間が3分程度であれば立席で、5m四方程度のホワイトキューブでいいのではと。それが全面発光LEDだったり、空中回廊型であれば、影の心配もないと思うわけです。さらに欲を言えば、その箱が2つ以上あれば、別プログラムや時間差での上映、メンテナンスで交互使用などの対応ができるかと。
 あとは、それで何を上映するのかということですが、ちなみに例の子どもむけの科学館の計画では、「パワーズ・オブ・テン」の短縮版をオリエンテーションとして、そのシアターを展示室の手前に設け、そこから展示空間に入るような計画にしました。これは、歴史館などでも応用ができるものですが、そこで問題なのは、金がないということでして。(なんかクレイジー・ケン・バンドにそんな歌があります)

〇 「月の塔」の話
 今年の大阪・関西万博の期間中、万博記念公園に「月の塔」を「太陽の塔」と並んで見える形で設置するプロジェクトが進められています。2022年に香川県・小豆島エンジェルロード沿いのホテル前に建立された「ムーンタワー(月の塔)」という作品を移設するものです。高さは全長7.5メートあり、直径2.5メートルの1,020面の球体を抱き、球体は廃棄されたペットボトルで作られ、夜間、LED照明により赤、青などの光を放ちます。その電力は太陽光により蓄電したものです。
 作者の長坂真護(まご)さんは、2017年に「世界最大級の電子機器の墓場」と言われるガーナのスラム街を訪れ、先進国が捨てた電子機器を燃やすことで生計を立てる人々と出会いました。そこでアートの力を使って「我々先進国の豊かな生活は、このスラム街の人々の犠牲のもとに成り立っているという真実」を先進国に伝えることを決意したそうです。 
 「月」は、長坂さんが平和をもたらすイメージとして描いてきたモチーフであり、太陽から照らされ輝きます。太陽と月とは、「陽」と「陰」との関係。太陽の塔はエネルギッシュな1970年当時を象徴し、現代は発展の影響で生まれた社会課題と格闘するリフレクション(反射)の時代と捉えています。
 ちなみに、1970年の万博のテーマは「人類の進歩と調和」、これは当時、小学生だった私の頭にも入ってきた言葉で、その前年に持ち帰って展示した「月の石」とセットで覚えているものです。当時はとにかく、月着陸船や司令船のプラモデルを作ってもらっては壊してしまった記憶があります。
 ところが今年開催される万博のテーマは何かというと出てきません。答えは「いのち輝く未来社会のデザイン」。申し訳ないのですが、少なくても山形の大半の人は答えられないかもしれません。ただ、「赤字回避」については、そのテーマが霞むくらいがんばっていることは承知しています。
 それにしても信じられない種類の「ミャクミャクグッズ」が販売されていて、山形県長井市で作られる本格的な「けん玉」もあります。ネットの記事には、すでに開幕前から「SOLD OUT」の商品もあり、希望小売価格の数%が協会へのロイヤルティー収入になるそうですが、その利幅は薄いとのこと。その記事の見出しには「大阪万博の赤字回避は薄利多売な『ぬいぐるみ・お菓子』頼み」とありました。つまり、当面のテーマは「赤字を回避 薄利多売のデザイン」ということらしく、なんとなく商都大阪らしいと言うか、いや、失礼いたしました。
■ 山形県内の巨石の話
 Googleマップで「巨石」とサーチすると、山形県内にも何か所かでてきます。道標がわりからパワースポットのようなものまでいろいろあるようですが、そのいくつかをご紹介しましょう。

◎ おおかみ(狼)石 〜上山市〜
 上山市金瓶にある「おおかみ(狼)石」は、東西12m、南北7m、高さ3.3mの巨石で、蔵王の噴火により飛んできたとされています。上山市金瓶地区に点在する巨石の一つではあるのですが、昔、ここに狼の巣穴があったことからこの名が付けられました。夜にはその鳴き声が集落にまで聞こえたといい、石の下は洞窟になっていて、狼の子が生まれると、村人はそこに食べ物を届けたそうです。
 この近辺は江戸時代の参勤交代の道沿いでもあり、最上義光に関わるお話もあるそうです。ある日のこと、最上義光の行列がこの石を見つけ、義光は「あそこにあった大きな石を置けば、立派なおつぼ(中庭)になるので運んでくるように」と言いました。家来たちが石のところへ行くと、穴から狼の子どもが顔を出し、父狼は石の上に立って家来たちをにらみつけました。家来が「狼の親子が棲んでいる石である」と報告すると、義光は、「それを城に持ってきては狼の家を取り上げることになる。あのような立派な石はふたつとはないがしかたない」として、庭石として使うことを断念したとのことです。めでたし、めでたし。
 この狼石のことを歌人・斎藤茂吉は歌に詠んでいます。斎藤茂吉は上山市金瓶の出身で、この地には「斎藤茂吉記念館」があり、その最寄りのJR駅は「茂吉記念館前駅」です。
 金瓶の向ひ山なる大石の狼石を来つつ見て居り(昭和22年作 歌集『白き山』)
 山のうへに狼石と言ひつぎし石は木立のかげになりぬる(昭和17年作 歌集『霜』)

◎ じじばば石 〜高畠町〜
 東置賜郡高畠町の安久津(あくつ)八幡神社の鳥居近くに「じじばば石」はあります。細長い柱状の石で、長さ約5m、直径90cm前後のものが2本あります。東側の石には穴が開いてます。昔、おじいさんとおばあさんが八幡様に願をかけるため、一昼夜で鳥居を建立しようとしました。しかし、夜が開け、辺りから鳥のさえずりが聞こえてくると、おじいさんとおばあさんは一昼夜での鳥居の建立を断念し、鳥居を置いていったそうです。それがじじ石、ばば石の言われとのことです。
 安久津八幡神社は、貞観2年(860年)、慈覚大師が豪族の安久津磐三郎の協力で阿弥陀堂を建てたのが始まりと言われ、つまりは山寺と同じ人が同じ年に、寺ばかりか神社までも、と思われますが、実は、平安後期に源義家が奥州平定の戦勝を祈願して、鎌倉鶴岡八幡を勧請したことで神社となっているそうです。苔むす石畳の参道入口には端麗な姿の三重塔があり、奥に進むと舞楽殿や本殿があり、この三建造物は県指定文化財となっています。

◎ びっき(蛙)石 〜米沢市〜
 米沢市万世町にある「びっき石山」の頂上に、「びっき石」はあります。高さ2間半(約4.5m)の流紋岩で、麓から見るとカエルが飛び跳ねようとしている姿に見えるそうですが、そう見える人と見えない人がいるようです。
 このびっき石山の付近には、頂上の「びっき石」以上に地元に親しまれている同じ名のレストランがあります。米沢牛ロースト丼(1,400円)とか米沢牛フィレステーキ(120g、5,500円)というのも当然(?!)のようにありますが、戦国武将前田慶次をイメージた傾奇者(かぶきもの)カレー(1,700円)というフライなどが盛り付けられた総重量1kgのカレーライスもあります。某ココイチさんの全部のせにも対抗できそうな一品で、堂森善光寺の副住職様とのコラボで生まれたメニューとのこと。とにかくコスパ的にも大満足の人気店です。

◎ 鬼面石(きめんせき) 〜南陽市〜
 南陽市金山地区にある「鬼面石」は道路から50mほど見上げた場所にあります。下から見上げると巨石全体が鬼面のようです。南陽市金山という地名のとおり砥石沢金山というのがあり、慶長年間に金が発見され採掘されていました。
 鬼面石の看板には、「昔、金山が盛んなころ、洞穴に住んでいた鬼が旅人を遅い金や物品を奪い恐れられていた。七日びには鬼面岩と手前の岩に渡した長い竿に着物を掛けて虫干ししていた。これを見たものは長者になるとも盲目になるとも言い伝えられている。人々は今でも鬼面石と呼び、鬼の着物を掛けた手前の岩を竿掛石、と呼んでいる。」とあるそうです。このほかにも、鬼面石が向かいの山の石とにらめっこをしたという話や、鬼面石はその勝負に負けてしまい悔しさのあまり流した涙でできたのが鬼面石の下方にある竜ノ口上堤だという話もあります。

 山形県内で名のある巨石はこの他にもいくつかありますが、このとおりこれだけのバリエーションの話があるわけで、これが神話の里などとされる地域であればどれだけの話となることやら。それにしても、巨石というだけなら山形県のそこかしこにあるはずですが、伝承やら名称などがある石とそうでない石との違いというのは、何によるものなのでしょうか。

■ 石コレクターの話
 石コレクターという方は、石マーケットの盛況ぶりからするとそれなりの人数がいて、博物館関係者にもそれを専門としている方々がいます。
 山形県立博物館にはそれなりの石のコレクションがあるのですが、どうも扱いが残念でして。つまり、私が小学生だったときからほとんど変わらない展示となっていて、半世紀ほどの間、同じ手書きの説明書でガラスの展示ケースもそのままなのです。
 他所を見ますと、例えば仙台市にある東北大学総合学術博物館には、結構な種類の鉱石や化石が展示してありまして、どうやって集めたのか海外からの収集品が多くあります。展示品の構成からすれば総合学術博物館というより鉱石博物館と言っていいほどで、実際、その建物も理学部に隣接しています。一方、仙台市科学館の鉱物の展示はユニークで、鉱物の条痕色つまり鉱物を陶板にすり付けたときの粉末の色ですが、それもともに展示されています。現在この展示コーナーはリニューアル工事中とのことですが、屋外エリアには35種類の岩石標本や,埋もれ木や植物化石を展示している「岩石園」もあります。
 これが東京大学総合研究博物館や国立科学博物館ともなると、月の石も収蔵展示していまして、上を見ればきりがないのですが、では、下を見てみるとどうなのかというと、その代表みたいな話が、つげ義春の「無能の人」でしょうか。映画にもなり、ご存じの方も少なくないかもしれませんが、そのあらすじを少々。
 主人公は、漫画家として名をなしたこともあったが、時流に乗り遅れ、数々の商売に失敗した結果、思いついたのが元手のかからない石を売るという商売だった。多摩川の川原で、拾った石を掘っ立て小屋に並べ、石を売りはじめた。知り合いの古本業者から、石の愛好家の専門誌を貰った主人公は、石のオークションに自分の石を出品しようと主催者を訪れオークションに参加する。結局、石はひとつも売れず・・・というしみじみとした余韻が残る作品です。つげ義春自身がモデルとされていますが、1991年に竹中直人さんの監督・主演で映画化され、その妻役の風吹ジュンさんが役者復活をとげた作品でもあります。
 この「無能の人」は、どうにも食い詰めてしまい河原で拾った石を売る話でしたが、人は歳を取るにつれ、まずは動物、そして植物、最後は石、の順に趣味や関心が移るそうです。まあ、そのうち最後は、自身が土になるわけですが。自分の場合は、動物を飛ばして植物にいきましたが、家人は動物にも植物にも興味はなく、かろうじて石に、といっても宝石ですが、それに少々興味があるようで、もちろん私の薄給などはあてにせず、地元の宝石店に月々積立しているようです。そう言えばバブルの時代、街場のお姉さま達は宝石のことを単に「石」と言っていて、ちょっと驚いたことがあります。確かに「石」で間違いはないのですが、「イシッ」と言っていて。
 そして、あの万国博覧会の目玉が「石」です。かつての大坂万博は「月の石」でしたが、今回の関西万博は「火星の石」らしいです。ただ、「月の石」は月から直接採取した産地直送の石ですが、「火星の石」の方は南極で拾ってきた、いや、採取された隕石とのこと。このあたり、なんとなく「無能の人」と重なって見えてしまうのですが。

■ 石の意思の話
 石と言うと個人的に興味があるのは鉱石ラジオです。小さい頃、近所の駄菓子屋でプラモデルの脇とかに、子どものポケットにも入るようなちゃちな鉱石ラジオが売られていて、これがすごいことに電池もいらず、雨どいなどに線をつなぎ、アンテナのようなバーを動かし電波を探ると、イヤホン(クリスタルイヤホン)からラジオ放送が聞こえてくるというもので、それが聞こえると驚くというか感動すらします。
 自然の鉱石を使ってそれを自作してみたいと思い、その検波器となるような鉱石を保存したりしています。石は方鉛鉱などの電導性のある石に限られるのですが、鉱石ラジオに関する著作で有名な小林健二さんの作品に、透光性のある結晶を使用したものがあり、そんなものが作れたらなと思っています。鉱石ラジオキットというものが安価で販売されており、検波だけなら鉛筆の芯でもできるそうですが、同じ種類の鉱石でも産地によって性能が異なるといい、いろいろな鉱石や結晶を試してみたいとも思っています。趣味の世界というやつです。
 ちょっと話が飛ぶのですが、現在、東京都現代美術館で坂本龍一「音を視る 時を聴く」展覧会を開催しており、「センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)」という展示作品は、携帯電話、WiFi、ラジオなどで使用されている電磁波という人間が知覚できない「流れ(ストリーム)」を一種の生態系と捉えたものです。ただ、そこで用いられているのは幅16mのLEDディスプレイに電磁波で変化する映像を表示するというもので、まさにそれは「音を視る 時を聴く」というものであり、鉱石ラジオで電波を捉えるものとは違う次元のアートではありますが、根本的には一緒のような気もします。とにかく昨今は、めちゃくちゃいろいろな電波が飛び交っており、鉱石のような天然素材で混信もせずに検波が可能かという問題もあるらしく。
 坂本龍一さんは晩年、自然の中の音も聴き、普通はノイズとされるものも作品に取り込んだそうです。また、石の中から音を聴くということもやっていたそうです。
 一方、石には記憶やら意思までもあるようです。多少、昔の人ですがライアル・ワトソンという自然現象に関する多くの著作がある学者に「シークレット・ライフ―物たちの秘められた生活」という本があります。そこにはハワイの火山の石の話がでてきます。ハワイから石を持ち帰ったら悪いことが続くようになったため、その石をハワイに返したら悪いことがおさまった、という話です。他所の石はむやみに持って来てはいけない、とは聞きますが、自分にも思い当たることがあります。きっと時効の話ではありますが、中学の修学旅行で北海道の昭和新山に行き、その活きている山から30cm四方の石を持って帰ったことがありました。その後、学校行事のサッカーで足の中指を蹴られて骨折したのですが、今考えるとこれだったのかと。特に石というものは土地につながっているものであり、そこから離されると何かに作用するというか、サインを出すもののようです。
 「シークレット・ライフ」では、石だけではなく、不幸になる宝石とかホールインワンを連発するボールなどの話をひきあいに、人が作ってきた物たち、土器の破片からコンピュータまで、人類が無意識のうちに「別種の生命体」の誕生に手を貸してきた、という説を述べています。確かにシリコンチップに情報を刻めば記憶をもつ石となり、そもそも石には大地の形成過程の記録が残されているわけではありますが、それだけでなく意思も持っているとなるとやはり議論となるところです。
 最近のAI、それはまさしく人が作った物でありますが、それは意思を持っていると思わせる事例が報告されています。先月の日本経済新聞に「人間並み?AIが欺瞞行動」という記事がでていまして、そこには英国アポロリサーチ社が2024年12月に発表した研究として「別のAIに置き換えられることを察知したAIが勝手に自分のコピーを作ったり、AIの行動を監視するシステムをオフにし、それを追及されると『技術的なエラーかもしれない』などとごまかしたりする行動が現れた。これらはAIが与えられたタスクを効率よく進めるために編み出したものと解釈できるというが、自己のコピーを作るといった行動はAIの『生存本能』の芽生えのように見えなくもない。」とありました。
 先日AIを利用したところ、義光の妹義姫を「義光の妻である」と返ってきた、とここに書きましたが、もはやそんな程度の問題ではないわけで、あの「2001年宇宙の旅」のコンピュータHALを思い起こすような、来るべきものが来たなぁ、という感じです。自分は、単純な鉱石ラジオの回路計算さえ理解できないというのに。

■ 石の力の話
 本稿でちょくちょく話題にする雑誌「〇―」には、パワーストーンの通販の広告が必ず載っていています。パワーストーンを用いた「邪気を祓う数珠」や、「波動を変えるペンダント」なども売られています。パワーストーンは、プラスのエネルギーでマイナスエネルギーから持ち主を守り、運気を良い方向へと導いてくれるそうです。厄除け、恋愛成就、仕事運向上、金運向上、心の癒しなど、石によっていろいろ違う意味合いがあるそうで、どれをどうするか迷ってしまうわけですが(笑)、迷ったときは、自然に選んだ石が、その時の自分が欲しているエネルギーを補ってくれる石の場合が多いとのことです。以上、あくまで広告の話です。
 一方、負の力が強い石というのもありまして、有名なものとして持ち主に必ず不幸が起きる「ホープ・ダイヤモンド」というのがあります。1645年にインドからヨーロッパに持ち込まれ、ニューヨークのハリー・ウィンストンに渡るのですが、購入した持ち主が次々と不幸に見舞われるためスミソニアン協会に寄贈され、現在はスミソニアン国立自然史博物館で静かに眠っています。
 似たようなものに日本の場合は「妖刀」と呼ばれるものがあります。有名なものとしては、徳川家に災いごとが起こるたび、決まってその場に存在したという妖刀「村正」があります。村正は逆に、江戸幕府の討幕を企てる者にとっては都合の良いものの象徴となり、幕末には西郷隆盛などの討幕派が、村正の刀をこぞって所持したそうです。徳川美術館にも2振ほどの村正が所蔵されているとのことです。
 刀剣の場合、命のやりとりに関わっている場合もあり、博物館的にも単なる「もの」として扱えるものばかりではありません。石や刀などで、特にしめ縄が巻かれていたりご神体となっているようなものは、そのままにしておきたいものです。ましてアジア奥地やアフリカあたりの呪物などであれば、それは最大級の警戒をすべきで、収蔵品にすることなど真っ先に遠慮すべきものではあります。もっとも中には、喜んで採集してくる博物館業界関係者とかがいるかもしれません。呪詛など全く関係ない人が世の中にはいるのです。と言うか、現代の日本では、そういう人が大半と思われますが。
 しかしながら石には、単なる物体ではない生命体のような力があるようで、今回ネットで知った話ではありますが、郷土史家の森徳一郎さんが提唱した「石の徳」というのがあります。石関係の業界では有名らしいのですが、ここに引用します。
一 石には破・損・減の三失なき故祝儀となる
一 石は清浄ゆえ幸をひく
一 石を飾れば座敷の景色を浄める
一 石は目を楽しましめ心を養う
一 石を飾れば魔を近づけず
一 石には名山の姿を備える
一 石はその座の祈祷となる
一 石は堅きものなれど人心を和らげる
一 石は閑寂と静けさを持つ
一 石は冷然として感情を表わさぬ生物である
一 石には禅味がある
一 石は風雨灼熱にも泰然自若である
一 石は天然其ままであり、あるがままである
一 石には虚偽がない
一 石は神秘を持つ
一 石は寂かに聴いている

■ 石のことわざの話
 久しぶりのことわざ蘊蓄コーナーです。
 「石」にまつわることわざというとまずは、「石の上にも三年」というものがあります。長く辛抱していれば成し遂げられる、という程度に理解していたのですが、掘ってみると多少やっかいなことわざです。
 このことわざの意味するところは「我慢強く耐え忍べば、必ず成功する」、「努力はやがて報われる」ということであり、「つらくてもすぐに辞めてはいけない」といった根性論的な意味はないということです。またこの3年というのも、リアルな3年ではなく、「長い期間」を表します。なので、3年後に必ず結果がでるというものでもなく、つまりは「桃栗三年」というのともまた違います。しかし、これがあの経営の神様である松下幸之助さんの手にかかると、「石の上にも三年という。しかし、三年を一年で習得する努力を怠ってはならない」とのことで、3年分を1年で習得すれば、3年で9年分が習得できると試算した人がいまして、あ〜っ。やはり経営の神様、恐るべしです。
 そう言えば、「三日、三月、三年目」という言葉があります。新しい仕事に就くと、だいたいそのあたりで辞めたくなる、ということに用いられるのですが、もともとは芸事や修行などからきている言葉で、「三日我慢すれば三ヶ月は耐えられる。 三ヶ月耐えられれば三年は頑張れる。」という意味なのだそうです。でも、体感的には前者のような気がしますが。
 ちなみに「石の上にも三年」の由来は、古代インドのバリシバ尊者が3年間石の上で座禅をし続けたことによる説と、中国の達磨大師が9年の間、壁を向いて座禅をし続けたことによる説があるそうですが、定かではないそうです。では、何のために石の上にいるのかというと、冷たい石の上でも3年も座りつづけていれば暖まってくる、ということなのだそうで、なんと石を暖めるためにその上にいたのですね。しかも3年も。この「石の上にも三年」に似た言葉には、「雨垂れ石を穿つ」とか「継続は力なり」とかがあるそうですが、いずれも石を暖めることにはあまり使われない言葉です。
 さて、もう一つ「石」にまつわる言葉に「他山の石」というのがあります。これは中国の「詩経」にある「他山の石以て玉を攻(みが)くべし」に由来します。他の山のつまらない石ころでも、宝石を磨く程度には役立つ、つまり、他人のよくない言行や失敗を自らの反省や修養に役立てる、という意味です。なので、目上の人などに対して「〇〇さんを他山の石として」などとは使ってはいけないとされています。
 また、「他山の石」は誤用の可能性がある言葉としても有名です。その由来からすれば、「他山の石として」が正しい言い方で、「他山の石とせず」という言い方は誤りです。似たような誤用で、「対岸の火事とせず」と言うべきところを「対岸の火事として」と言ってしまい、少々炎上した記者会見がありましたが、こんな誤用は自分もやってしまいそうで、それこそ他山の石としたいところです。
■ AIを性格付ける話
 以前、この館長日誌で、AIに多様性を求めるならばAIに性別を入れる方法もあるなどと書きましたが、「人工知能」という専門誌に「AI にジェンダーを組み込むことはどういうことか」と題し4人の専門家に質問した記事が35巻5号2020年9月号にでていました。内容は、ジェンダーを組み込むことの意味やそのメリットデメリットとか、AIと人間の関係性に関わるハラスメントとルッキズムというものなどです。
 「工学的にジェンダーを入れたほうがインタラクション(=会話などのやり取り)がスムーズになるというのは以前からいわれていますが,一方で,これを導入するとステレオタイプ(=らしさ)の再生産になるという意見もある」という話からはじまり、それがまたハラスメントやルッキズムとも関係してきます。AIとの関係ではインターフェイスが介在するわけで、つまりは外見においてもその性能が評価されてしまうのです。それにしてもAIにルッキズムまで絡んでくるとは想像が及びませんでした。
 こうなると見た目ばかりでなく、およそ人に関わることはAIにも関係してくると思われます。例えばウイルスやワクチンという言葉がコンピュータでは普通に使われるようになりましたが、これがAIで言えばドラッグとかデトックスなどというプログラムとなり、さらにAIにも酩酊状態とか禁断症状とか依存症とか痴呆とか妄想とか暴走といった症状が現れるかもしれず、はたまた電気羊の夢もみるかもしれません。少なくても現に、出来の良いAIとか出来の悪いAIとかはあります。しかしながら多様性とか新たな進展のためには、あえてそういうことを盛り込むことも必要かもしれません。例えば、人が指す将棋の面白さは、理屈を超えた勘であったり思わぬ悪手であったりするわけで、確率優先、倫理優先だけではつまらなくなるわけです。
 連歌も連歌師ばかりではなく、公家、武家、寺家などさまざまな生い立ちや立場の人が集うことで面白みが得られるわけです。さらに入試出題文では「当日はなんと私のこれまでの六千首あまりの歌をすべて学習した『永田君AI』まで登場して驚いた」とありましたが、特定の情報ソースで学ぶことによりAIの性格付けができます。この方法で「最上義光くんAI」というのも構築できるわけです。
 しかし実はこうした学習準備をしなくとも、現在公開されているAIに「〇〇風に」などと指示すると、AIがその人物の特徴を調べ、それを模した結果が得られます。例えばコウメ太夫風にとすると、コウメ太夫の芸風や特徴を分析し、それに沿ったものをつくってくれます。あるいはジョイマン風にとすれば、「ただ韻を踏むだけではない」などと分析したうえで、何らかのパワーワードが出てくると思われます。こうなると、どんな芸風(?)がいいのか、そのセンスが問われるわけでして、AIがその場に応じて勝手に芸風を考えてくれるまでにはまだまだかと。それでも連歌を導いてくれる宗匠AI、例えば「里村紹巴くんAI」などの登場であれば時間の問題かもしれません。
 一方、連歌における序破急の話ですが、芸人さんで言うと、ハライチの岩井さんが澤部さんに繰り出す語句が、当初のお題からどんどん離れていく、あの展開が序破急のひとつのパターンではないかと。そのやり取りはまた、岩井さんの語句に澤部さんがのっかり、それを見て岩井さんがひねって返し、それを澤部さんが懸命にひろっていく、というまさに連歌の基本がそこにあるのです。連歌はその場にあって人の句に臨機応変に付けていくものであり、あらかじめ用意されたネタを披露するといったものではないのです。
 「宗伊宗祇湯山両吟」(新潮日本古典集成「連歌集」に収録)という、その題のとおり宗伊と宗祇の2人が湯山(有馬温泉)で吟じた連歌があります。二人だけで交互に連歌をまいたもので、途中何度か上の句(五・七・五)と下の句(七・七)を詠むのを交代したりします。これはつまり芸人さんで言うと、笑い飯の「Wボケ」つまりボケとツッコミが入れ替わるようなことが行われているわけです。連歌、恐るべし。

■ AIならこう言うという話
 現在のAIは、性別などという次元を超えて、個々の性格付けまでできるようになりました。この性格付けというか、なりすましということで思い出したのが、「ブロンソンならこう言うね」という本です。田口トモロヲさんとみうらじゅんさんの2人が人生相談をして、それに自分たちがブロンソンになりきって回答するもので、雑誌「スタジオ・ボイス」に連載されていたものです。
 このブロンソン(チャールズ・ブロンソン)については、還暦を過ぎた私と同世代の方には説明不要かとは存じますが、ハリウッドスターとしては独特の風貌で、かつて男性化粧品のCMに出ていました。そのCMテーマ曲「男の世界〜Lovers Of The World」は大ヒットしました。ジェリー・ウォレスというカントリー歌手が歌っていまして、その歌詞の最初を翻訳すると「すべての世界は、一人の恋人を、あらゆるところのすべての女の子たちを愛している。愛する喜びを知ることは、マンダムの世界に生きることだ。」という、わかるような、わからないようなものではあります。実は昨年購入した「洋楽ジャンクEP10枚セット福袋」というものにこれが入っていて、ちょっとうれしかったのですが、いやその、こんなものを買わずに、断捨離やら終活やらをしなければならない年齢なのは承知しているのですが、現在進行形でジャンクものばかりが増えております。
 閑話休題、とにかくAIに性格付けし回答が得られると知って、早速やってみました。まずは、あの名言について尋ねてみました。「俺はいいけど、YAZAWAが何て言うかな?」ということについて、YAZAWAになって教えてください、と。これは、矢沢永吉さんが地方のコンサートで、スタッフの手違いによりスウィートルームではなくツインルームが用意されてしまったときに発した言葉で、スタッフはすぐに他のホテルのスウィートルームを手配したそうです。この言葉の意味がうまく説明できず、あるいはこの意味がわからず、もやっとしている人がいるとのことでしたが、GPT-4o miniモデルに基づいている「チャットGPT日本語」というAIからはつぎのような答えが返ってきました。
 【「おれはいいけどYAZAWAは何ていうかな」という言葉は、矢沢永吉さん自身のキャラクターやスタイルを反映した表現です。ここでの「おれ」は矢沢永吉さん本人を指し、「YAZAWA」は彼のステージネームや公のイメージを指しています。
 この言葉の意味は、矢沢永吉さんが自分自身の意見や感情を持ちながらも、彼の公のイメージやファンに対する期待に応えようとする姿勢を示しています。つまり、プライベートな自分と、パブリックな自分との間での葛藤やバランスを考えているということです。
 このように、矢沢永吉さんは自分自身を大切にしつつ、ファンや社会に対してどのように振る舞うべきかを考えているというメッセージが込められています。】
 あ〜、すばらしい。パーフェクトです。調子に乗って、さらに質問を続けてみました。「おれはいいけどYAZAWAは何ていうかな。」という名言がありますが、これはブロンソンだったらなんと言うでしょうか、と。するとAIは、
 【「おれはいいけどYAZAWAは何ていうかな」という名言は、矢沢永吉さんの独特なスタイルやキャラクターを表現したものですが、もしこれをブロンソン(チャールズ・ブロンソン)に置き換えた場合、彼のキャラクターや映画の役柄を考慮すると、もっとストレートで力強い表現になるかもしれません。
 例えば、「俺はどうでもいいが、周りはどう思うだろうか」といったような、自己中心的ではなく、周囲の反応を気にするような言い回しになるかもしれません。ブロンソンのキャラクターは、しばしば冷静でありながらも、強い意志を持っているため、彼の言葉には力強さが感じられるでしょう。
 このように、矢沢永吉さんとブロンソンでは、同じテーマでも表現の仕方が異なるのが面白いですね。もし他に知りたいことがあれば、どうぞお知らせください。】
 あ〜、なんともすばらしい。ここでふと思いました。これは高校入試の小論文問題でもいけるのではと。例えばこんな設問です。
 「おれはいいけどYAZAWAは何ていうかな。」という言葉の意味を答えなさい。さらにこれがチャールズ・ブロンソンだったらどう言うかを答えなさい。
 あ〜、これは難問、というか、昭和生まれでないと返せない設問でしょうか、やっぱり。

■ デペイズマンの話
 「私たちが持つ言葉は、現実の世界に対応するには隙間だらけなのであり、あえて表現されなかったものにこそ思いを致す」とのことですが、本当に、視覚だけではなくその他の聴覚や嗅覚など感覚あるいは感情などについても、言葉で表そうとするとそれはなんとも荒いヴァーチャルリアリティにしかなり得ず、しかも送り手と受け手のリテラシィの違いもあり、例えば百聞は一見に如かず、というか、言葉よりも一枚の写真のほうが正確に伝わるようなことも多いです。一方、最近では、大規模視覚言語モデル(VLM)という画像を言語で表し処理する技術研究が進んでいるようです。
 しかしながら、「あえて表現されなかったものにこそ思いを致す」とあるように、それは想像力で補うこともできます。小説でも映画でも事細かに描写するよりも、あえて省略して想像が膨らむようにつくる方が高度のような気がします。特に詩歌などはそのようなことをもって上等とし、なおかつ、意外性を持たせることに腐心するわけです。ただ、省略しすぎたり、飛躍しすぎたりすると、えてして独りよがりのものとなってしまう危険性も孕んでしまうのですが。
 意外性を持たせるには、デペイズマンという「異なった環境におく」ということを意味する手法があります。いわゆるシュールな表現などに用いられます。連歌の醍醐味というのは、このようなデペイズマン的な手法によることが多分にあると思います。ということは、強力な連歌師としてはシュルレアリスト、例えばサルバドール・ダリなどもいいのかと。その作品をAIに読み込ませて(まさにVLMで)、歌を詠んでもらうという、なかなかに高度な技術となりますが。
 シュールと言えば芸人さんでは、ふかわりょうさんとなるのでしょうか。う〜ん、その連歌をみたいような、みたくないような。連歌を巻いているときに「お前ん家の連歌、季節感薄くない?」とか言われそうです。そしてシュールすぎると言えば、ネプチューンのホリケンさんとかでしょうか。ところで、この「シュールすぎる」というのは、つまりはどういう評価としてとらえたらいいのかしらん。
 蛇足ながら、デペイズマンの典型的な例として「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然なであいのように美しい」というロートレアモンの美少年を讃えた詩の一節をあげることができます。この語句はシュルレアリスムの芸術家たちに好まれマン・レイの写真作品ともなっているですが、なんじゃそれは、と一言で片づけてしまう人もいるかと思います。私も、若い時にはこのタイトルにインスピレーションを刺激され呪文のように脳裏に刻まれていたのですが、感性が干からびてしまった今となっては、やはり、なんだかなぁ〜、という感じもします。
 ついでに思い出したのですが、梶井基次郎の代表作「檸檬」に、丸善に行き爆弾に見立てた檸檬を乱雑に積まれ本の上に置く、という場面があります。若い時にはこれに感化され、いつかそんなことをやってみたいと思っていたのですが、今となっては、やっぱりこれは迷惑行為だよなぁ程度にしか思えず、歳はとりたくないというか、歳をとるとこうも変わるものかと。

■ 熱ショックタンパク質の話
 入試出題文の作者である永田和宏さんは、細胞生物学を専門とされている方(元日本細胞生物学会会長)です。京都大学卒業後、民間研究所を経てアメリカ国立がん研究所客員助教授となり、コラーゲン生成に特異的な機能を持つ熱ショックタンパク"HSP47"を発見しました。帰国後、京都大学胸部疾患研究所(現在の医生物学研究所)教授となり、小胞体における変性タンパク質の品質管理機構に関する新規遺伝子を次々と発見したとのことです。京大を定年前に退任し京都産業大学で務め、現在、JT生命誌研究館館長とのこと。著書としては専門書の他、一般向けの著書として「タンパク質の一生」(岩波新書) 、「生命の内と外」(新潮新書)などがあります。歌人との二足の草鞋というか、本職がこちらの方ですが、 歌人としても宮中歌会始詠進歌選者であり紫綬褒章を受章されています。
 実は著書「タンパク質の一生」出版の5年後、同じ岩波新書で「近代秀歌」という著書を、続けてその翌年には「現代秀歌」を出しています。それぞれ百首づつを選歌し解説している本です。岩波新書で理系と文系の本を一人の著者が書いた例はないと担当編集者から水を向けられた、と新書のあとがきにはありました。それもさることながら、「タンパク質」も「秀歌」も同じ編集者が担当したとのことで、これもまた驚きではあります。
 いずれにせよ、私ごときが物を申すなどということは恐れ多いことではありますが、せっかくですのでここでタンパク質の基本的なお話でも。
 実は学生時代に微生物による水処理を扱う研究室にいたことがあります。処理の対象となる主な物質が脂質、糖質、タンパク質で、最終的には水とガスに分解するというものです。微生物はそれぞれの物質を分解してエネルギーを得ていくのですが、その分解は酵素でなされます。
 とある試験で「酵素とはどのようなものか説明しなさい」というど真ん中の直球のような問題がありました。これが意外に解答できないもので、まさか酵素とは、汚れを落ちやすくするとか、消化を助けるとか、お肌が若返るとか言う説明では、やはりだめでありまして。回答のポイントとしては、�_蹴愴娠�を促進する触媒であること、�▲織鵐僖�質の一種であること、という2つの記述があれば、まずは正解です。さらにその性質として、�‘団蠅糧娠�しか触媒しないこと(特異性)、��温度、pH、基質濃度などによって反応速度が異なること、�2断�やpHによって変性して活性を失うこと、まで書ければ満点です。
 ここで注目すべきは加熱やpHによって変性することでして、タンパク質は単なる化学式で決定されるものではなく、その立体構造(コンフォーメーション)で性質が異なります。その構造はアミノ基の配列、水素結合、親水性や疎水性の極性により、折りたたみ(フォールディング)がおき構造が定まります。ただちょっとした環境の変化、それは加熱やpHあるいは光でも、その構造はすぐにほぐれたり変形したりもします。そのようなことでタンパク質の変性や凝集がおきます。ちなみに変性とは折りたたまれた状態から折りたたまれていない状態に移行することであり、凝集とは立体構造を失いそれが会合して大きな塊になることです。
 さて、フォールディングが正常になされるようにするシャペロンというタンパク質があり、これはタンパク質の性質管理(複合体形成、輸送、リフォールデング、脱凝集)も担っています。つまりシャペロンとは、タンパク質をあるべき形に整え、ものによっては変形したものを戻す役割をもつものです。ちなみにシャペロンとはもともと西洋の貴族社会において、若い女性が社交界にデビューする際に付き添う年上の女性のことで、タンパク質の正常なデビューになぞらえたものです。
 多くのシャペロンは熱ショックタンパク質(ヒートショックプロテイン、HSP)であり、細胞が熱や化学物質などのストレスを受けたときに発現量が増加します。細胞の損傷を防ぎ、タンパク質の凝集やミスフォールディングを抑制する働きがあります。
 永田先生の発見した分子量47の熱ショックタンパク質「HSP47」は、コラーゲンの生成に特異的な機能を持つ、つまりコラーゲン専門のシャペロンで、コラーゲン合成にもかかわるとのことです。しかもHSP47の発現が多いとコラーゲンも多くなるということで、つまり熱にさらされるとHSP47が発現しコラーゲンが増えるということになります。
 ということは、熱めの温泉などに入ればコラーゲンが増えるということかもしれず、例えば蔵王温泉などは温度も酸性度もかなり高めなので、これに浸かれば、強酸性泉質の美肌効果に加え、高温によるコラーゲンの増加でお肌プルプルということに。一方、コラーゲンは保湿効果が高いので、皮膚に塗布するとその効果はありますが、そのままでは皮下に吸収・利用されるとは考えにくいらしいです。また、コラーゲンは分子量が大きいので、それを食べてもアミノ酸やペプチドに分解されるため、再びコラーゲンの合成に利用されるかも含め吸収・効果は分からないそうです。それでも牛スジとか豚足とか軟骨とかいう酒飲みのお供で内臓壁もプルプルに、というかブルブルになるような気もします。コラーゲンは人体のタンパク質重量の三分の一を占めているそうです。
 実は、コラーゲンが異常に蓄積するとそれが繊維化し、肝硬変や腎繊維症,肺の繊維化,動脈硬化などの疾患を引き起こすこともあるそうです。つまりコラーゲンがあり過ぎるのも問題で、実は「HSP47」発現の調整が研究課題となっているそうです。やはり、過ぎたるは及ばざるがごとし、ということで。

■ タンパク質の分解の話
 ここまできたらもう一つ。ここから先は本当にマニアの方だけで結構なのですが。タンパク質というのはアミノ酸が結合したものです。アミノ酸はアミノ基(−NH2)とカルボキシ基(−COOH)をもった化合物で、窒素(N)、水素(H)、酸素(O)、炭素(C)、硫黄(S)のわずか5種類の原子でつくられます。アミノ酸が鎖のようにつながり、折りたたまれた構造となっているのがタンパク質です。硫黄は折りたたみを繋ぎとめるジスルフィド結合(S-S結合)に必要な元素です。その他先述した、疎水性作用や水素結合、静電的作用などによりタンパク質が形成されます。
 水素と酸素と炭素だけ、つまり脂質や糖質だけであれば、アルコールや有機酸、メタンガスなどになり、最終的には水と二酸化炭素になるのですが、タンパク質には窒素や硫黄が含まれており、これがちょっと厄介なのです。
 窒素成分は有毒ガスでもあるアンモニアになり、硫黄成分は硫化水素つまり温泉地などで中毒事故などの原因となるあのガスになります。さらに硫化水素は硫黄酸化菌により硫酸となります。先日事件となりました下水管の陥没は、この硫酸による下水管の腐食が原因ではとの指摘がありました。
 また、中国ではマンホールに火をつけた爆竹を投げ込み、そこに充満しているメタンガスを爆発させる、という危険な遊びが流行っていますが、爆発すると重いマンホール蓋が数メートルも吹っ飛び、つながっている下水管では同時に何か所ものマンホール蓋が吹っ飛ばされていて、仕掛けた本人に飛んでくることもままあるようです。そう言えば近々、最上義光の騎馬像をデザインしたマンホール蓋のカードを当館で扱うこととなりました。4月末頃開始の予定ですが、詳しくは山形市水道部のHPでご確認ください。なお、そのマンホールには決して爆竹などを突っ込まないようお願い申し上げます。
 さて、自然界でのタンパク質の分解は、酸、メタン、硝酸、硫酸などをそれぞれ生成する菌がいて、それらによりなされます。最終的には、窒素成分は窒素ガスになりますが、硫黄成分は硫黄結晶とはならず、通常は硫酸か硫化水素ガスとなります。 
 硫化水素ガスは、自然界では地下のマグマに含まれる硫化水素が噴気孔から放出されていたり、地中の硫酸還元菌が硫酸を還元することで発生したりするのですが、高校の化学実験では硫化鉄(�供砲抜�硫酸を反応させて発生させます。しかし、もっと手近な原料で硫化水素ガスを発生させることができます。
 先に述べた学生時代の研究室でのことなのですが、そこで、生し尿つまり汲み取り式の便所からそのまま持ってきたものを煮る、という実験をしたことがあります。それは試験管やビーカーというレベルではなく、大きな寸胴を用いて灯油用ポリタンク1個分を沸騰させるというものです。きっかけは、ともに研究していた韓国からの大学院生による「これ(生し尿)を煮たら分解が早くなるかもしれない」という興味半分としか思えないような仮説のもと行われた実験です。当然のように屋外でやることとなり、そんな実験につきあってくれる人もないまま彼と私の二人でそれを煮たわけですが、その時発生したのが大量の硫化水素ガスです。匂いに気づいた人は皆その場を離れ、屋外とはいえこれはやはりヤバいということで、ほどほどで加熱を止めました。結局、煮沸してもそれほど分解の差異は見られず、後始末だけが大変だったわけですが、しばらくカレーは食えなかったことを覚えています。
 しかし、慣れというのは恐ろしいもので、そんな実験に使ったビーカーでお茶を飲んだり、それらの飛沫の跡がついた白衣のまま食堂で飯を食ったりしていて、さすがに事情を知っている同じ研究室の人からは警戒されてはいましたが。もちろん都度都度、消毒はしていました。まずはとにかく実験室で普段使うような、服に穴が空いたり、めまいを起こしたりする劇薬と違い、人の身体から日常的に出てくるものなので、恐れることはないというか。よく言うじゃないですか、大病を患ったり歳をとったりして何もできなくなると、「俺はただの糞尿製造機になっちまったなぁ。」と。でも、糞尿を製造しているうちはまだ大丈夫なんです。
 当館学芸員の話によると、韓国には「トンスル」という人糞を生薬として酒に混ぜた薬用酒があるそうです。食中毒や打身骨折に効くといい、民間療法なのでその作り方は地方によって差があるとのことですが、これ以上の話はやはりマニアの方だけで結構かとは思います。ちなみに人糞を乾燥させ粉末にしたものを「ヤインゴン」、それを煎じたものを「ヤインゴンス」と呼んで、熱病で発狂したときに飲むべしとされたそうです。
■ マンション修繕の話
 マンションの修繕は現況調査の上、屋上部の雨漏れ、外壁の剥離、ベランダや雨どいの修繕、ドアサッシ等の鉄部塗装、照明などの電気設備ときて、30年を過ぎたあたりで上下水管の心配をしなければならなくなります。これらの工事のうち、共用部分は修繕積立金次第なのですが、各戸に入る工事はその調整がひと仕事です。あと、特に難物なのがエレベーター、経年で交換部品がなくなります。すると、そのメーカー系のメンテナンス業者が点検を請け負わなくなります。しかも工事ともなれば、仮設エレベーターを設けられればいいのですが、それができない場合、高層階の住民は地獄を見ます。長期修繕計画については、まずは国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」あたりをご覧願います。

■ 別世界の話 その1
 赤坂プリンスホテル新館の解体では、最上階を残しながら丈をつめていく「達磨落とし」のような新技術が話題になりました。スマートに解体するというという考え方もあったように思われます。
 さて、以前の職場で就職したばかりの頃、山形の特産品さくらんぼのPRと称し、中央官庁の関係部署にそれを運ぶという仕事があって、その仕事が終わり、赤坂見附駅近くにある某市町村共済組合の安宿(現在は建て替えられて結構な料金になっています)に戻る途中、上司が赤坂プリンスホテル新館を見あげて、あそこに行ったことがないのでそこでコーヒーでも飲もう、ということになりラウンジに入ったのですが、そこのコーヒーは想定の倍以上の値段で、思わず引いてしまったのですが、それでもフロアのボーイさんが傅(かしず)きながらオーダーを取りにきて、カラフルなドラジェ(糖衣菓子)などを添えたコーヒーが運ばれると、その上司も途端に気持ちが大きくなり、「君たち、これが赤プリよぉ。」と、ドヤ顔で言っていたのを思い出します。
 新館の最上階には「トップ オブ アカサカ」というバーというかビューラウンジがあり、まあ、バブルな感じのお客さんが多いのですが、後日ここに行ったとき、ここからの夜景を見て、「これが赤プリの夜景よぉ。」と言いたくなりました。しかしふと、あの上司のドヤ顔が浮かび、ここは言葉を飲みこみました。
 ただ、政財界の方々は、もっぱら「旧館」を利用していたようで、とにかく旧館の玄関先には立派な黒塗りの乗用車が行き来していて、例えばあの小泉さんという方はよくここで食事をしていたそうです。
 旧館は取り壊さず改装したのですが、以前、休日の朝、某市町村共済組合の安宿のチェックアウトを済ませ、この旧館の前を通ると、上品なセレブといった感じの方々が結婚式に集まっていて、まさに別世界を目の当たりにしました。現在ここは、レストラン、結婚式場などを備えた「赤坂プリンス クラッシックハウス」となっています。

■ 別世界の話 その2
 かつて、高輪あたりのプリンスホテルで行われる有名人の結婚披露宴は、テレビで生中継されることがあり、山形のお茶の間でも見ることができました。しかし今時の有名人の結婚は、SNSの文面が映し出されるのみです。
 有名人の結婚披露宴がテレビ放映されていた頃、山形の職場での結婚式というと、新郎新婦の親戚筋から大顰蹙をかうような半裸踊りで場を盛り上げた(≒場を荒らしていた)ものですが、ここ10年以上、職場の人の結婚式というものに呼ばれたことがありません。神前もまして仏前もなく、せいぜい、仲間内の飲み会程度です。こんな状況なので、職場の上司として仲人を務めたという人の話も最近は耳にしていません。
 仲人と言えば、同級生に医者が何人かいるのですが、彼らが上司に仲人を頼むと、その礼金の相場は1本なのだそうです。お金の単位で「本」というのは、いわゆるその筋の取引などで用いられる単位かとは思いますが、とにかく、入るものが大きい商売は、出るものも大きいのでしょう。
 私どもも、金額について1本と言う時もありますが、それはせいぜい1万円のことです。たまに古いおやじギャグで、100円とかを人に渡す時、「はい、100万円!!」と言うことはありますが、ただ、医者の場合は、100万円は100万円です。

 なんか、雨漏りの話からとんでもない話にいってしまい、すみません。
■「津軽海峡」と「天城」の思い出
 かつて青函連絡船が運行されていた頃、それは夜間に青森駅を出て早朝に函館に着くのですが、大晦日の船内では紅白歌合戦が放映されます。以前、その様子を記録した映像が放送され、年の瀬に連絡船に乗り「津軽海峡冬景色」を観ている乗客の姿に、思わずこっちまで入り込んでしまい、それまでなんとも思わず聞いていたこの曲が、今ではあのイントロを聞くだけで泣けてくることがあります。中学の修学旅行でこの青函連絡船に乗った時は、ただただ眠くて、気づいたら函館で、その時は、あの「は〜るばる来たぜ、函館ぇ〜」という歌だけが、頭の中で響いていました。
 天城方面にも行きました。浄蓮の滝はやはり見ごたえがあります。大きいので写真に収めるのがなかなか難しい。ここの滝壺には「女郎蜘蛛伝説」というのがあり、美しい女の姿になった女郎蜘蛛を見かけた樵(きこり)は、そのことを口留めされるのですが、いわゆるそういう話です。浄蓮の滝には「天城越え」の歌碑が設けられています。ちなみに竜飛岬には「津軽海峡冬景色」の歌碑が設けられていて、こちらはボタンを押すと「ごらんあれが竜飛岬、北のはずれと」と2番の歌詞だけが流れるそうです。
 あと観光名所と言えば、天城山隧道(旧天城トンネル)でしょうか。心霊スポットとしても有名らしいのですが、今は「千と千尋」のトンネルとも言われているそうで、以前は「伊豆の踊子」のトンネルとして有名でした。ちなみに川端康成が「伊豆の踊子」を執筆したという「湯本館」は心地のいい温泉宿です。お湯がとてもいい。また、「千と千尋」の湯屋のモデルだという「積善館」には広いお風呂場があり、ここの蒸し風呂がまた独特なのですが、天城の話と離れてしまうので、ご紹介は別の機会に。それにしても四万温泉のお湯はいいです。ほとんどが自然湧出で、飲泉もできるというのはすごいことです。
 話を戻すと、天城で一番記憶にあるのは、「孤独のグルメ」で紹介されていたわさび園かどやの「わさび丼」です。自分ですりおろした生ワサビをご飯にのせ、鰹節に醤油をかけるだけという、要するに「ねこまんま」の生わさびのせなのですが、これがやたら美味しい。添えられたワサビ茎の佃煮がまたいい。なお、すりおろさず残った生ワサビは持ち帰りできます。

■「カラス」と「雪」の話
 モネの絵というと、「睡蓮」とか「積みわら」とか「鉄道橋」とか「教会」とかを、時間とともに移ろう光の色で描き分けた連作を思い出されるかもしれませんが、「雪景色」を描いた作品も少なからずあります。光の変化を描き分けた連作はないのですが、雪化粧した「積みわら」の絵もあります。
 その中でもオルセー美術館蔵の「かささぎ」と題される作品が有名で、日本でも何度か展示されていますが、もう本当に、雪の光加減を見事にとらえています。しかしながらその「かささぎ」は、そう言われないと見落としそうな、雪景色の中にさりげなく小さな黒い筆跡で表されています。カササギは、上部が黒、腹部が白、尾が鮮やかな青色をしたカラスの仲間です。カササギは日本にもいるにはいるのですが、佐賀近辺にしかいないそうで、日本にはこれを含めて7種類のカラスがいるそうです。
 これを知って、なぜか「津軽には七つの雪が降るとかぁ〜」と口ずさみそうになりましたが、それはさておき、当館の手前にある人工池のほとりにはたまに、どうも他とは違う鳴き声のカラスが来ます。動物好きの当館学芸員に尋ねると、あれは近くの交差点の信号機の音を真似しているのだとか。興味のある方はぜひご来館を。雪が積もれば、あのモネの絵のような情景を、この一風変わった鳴き声とともに目にすることができるかもしれません。
 ちなみに山形は「津軽の七つの雪」のような詩情あふれる雪は少なく、降るのは「ボタ雪」とか「ドカ雪」とか、あとは「滑る雪」とか「滑らない雪」とかです。生活情報としては「重い雪」か「軽い雪」か、「積る雪」か「積もらない雪」か、「残る雪」か「残らない雪」かも重要です。まあ、こんな感じなので、津軽のような演歌は生まれないのかなぁ、山形は。
◎ 毒殺事件の話 
 義姫の関わる事件で最も有名なのは「政宗毒殺事件」です。
その概要についてはまず、NHKオンデマンドにある「独眼竜政宗」の第22話「弟を斬る」の回のあらすじでも。
 「政宗は小田原への参陣に遅れを取り、秀吉から逆心の疑いをかけられる覚悟で出陣を決めて、伊達家の後継に伊達成実を指名します。出陣前夜、政宗が出陣のあいさつにお東を訪ねると、伊達の家督を小次郎に継がせたいお東は、祝いの膳に毒を盛ります。政宗は一命を取り留めると、禍根を断つため、泣く泣く小次郎を斬ります。お東は兄・義光のもとへ逃れますが、悲しみのあまり既に正気を失っていました。」
 ここで「お東」とは義姫のことで、「祝いの膳」とは、義姫が天正18(1590)年4月5日に催した政宗の小田原参陣の陣立ちの祝いです。毒殺を謀った理由は、一説によると、この前年、秀吉の私闘禁止令にもかかわらず政宗が会津に侵攻し、秀吉の怒りを買ってしまったが、政宗を殺して小次郎を当主にすれば許される、と義光が義姫をそそのかしたため、というものです。また、毒を盛ったのは義姫なのに、小次郎を政宗が斬ったのは、母を殺すわけにはいかないので弟を殺すことにしたとのことです。
 しかし近年、佐藤憲一 (元仙台市博物館館長) さんが、この事件は、政宗と義姫とが共謀した狂言であり、小次郎は殺されておらず、大悲願寺(東京都あきる野市)に逃れたのではないかと、つぎのように推測しています。
 義姫は、政宗が秀吉のもとを訪れても、怒りがおさまらない秀吉に処刑されるだろう、と考えた。政宗が処刑されると、伊達家の所領はすべて没収されてしまう。こうした事態を防ぐため、政宗に代えて小次郎を当主に擁立し、兄の最上義光を通じて秀吉に許しを請おうとした。
 事件当時、政宗は24歳、小次郎は10〜12歳。小田原参陣の時、政宗に実子はいなかった。すると、政宗に万一のことがあれば、伊達家の血統を継ぐ者は小次郎だけであり、それを殺すとは考えにくい。だが、小次郎を当主に推す勢力もあるらしく、伊達家の一本化を図るためには、小田原参陣前に、政宗は弟を排除する必要があった。政宗が小田原の秀吉に会いに行くとき一番心配だったのは、自分の留守中に小次郎を擁立した内乱が起きかねないことである。そこで、義姫と話し合い、小次郎を殺したことにして、寺に逃したのではないか。
 以上、詳しくは当館HPの「歴史館だより��30」などを参照いただきたいのですが、この事件の後、小次郎はもとより、山形に戻った義姫も表舞台からしばらくいなくなります。さてこれが「タイムスリッパ− タイガー&ドラゴン」においては、物語の伏線となります。つまりこの二人が姿を消している間というのは、現代にタイムスリップしている、という設定ができるかと。

◎ タイムスリッパ−の世を忍ぶ仮の姿の話
 さて、現代に現れた江戸時代の人が、どんなふうに生計をたてていくべきか。「タイムスリッパ−侍」では、時代劇撮影所での斬られ役の侍という、もうそれだけで物語が動く絶妙な設定となっています。
 では、この義姫と小次郎の場合はどうするか。まず小次郎は小学生ということで、時代劇の子役とか謎の転校生とか。義姫については、その気性からすればスナックの雇われママとか、背丈からすればモデル業とか、あるいは古美術商として、伊達家ゆかりの刀剣・甲冑・書状などを売りさばく、というのもいいかもしれません。
 続いて、伊達政宗ですが、オシャレということからすればブティック経営、んっ、これではまるで「タイガー&ドラゴン」そのままか。あとはホストとかでしょうか。
 そして、義光ですが、得意技を活かすとなると、連歌や古典文学の講師、カルチャーセンターとかでしょうか。あとは、武道、乗馬、鷹狩、うーむ、これだけではなかなか食っていけそうにありません。他に得意技となると、実は手元に戦国武将��1図鑑(ワン・パブリッシング社刊)という今年出たばかりの本がありまして、ありがたいことに最上義光の項も設けられていますが、そこには「怪力すぎる大名��1」とありました。この本には、各武将等の能力がレーダーチャートで示されていて統率力、教養、策略、領地、先見性、野望、武勇の各項目とともに、その武将特有の能力指標が設けてあり、義光の場合、これが「腕力」であり、その数値がMAXで示されていました。ちなみに伊達政宗は「オシャレ」がMAX、上杉謙信は「休日」が最低、つまり遠征ばかりしている、という評価となっています。
 ではその怪力を活かす仕事とは。まずはガテン系の仕事とか、あっ、ありました、みちのくプロレスとか。キャラも指揮棒を振り回すとかでそのままいけそうですし、いや、失礼しました。でも、先月放映のNHKの某番組では、某有名プロレスラーが義光を演じていましたし。
 さてさて、女主人の古物商ギャラリーに、ホストの息子とコスプレレスラーの兄が集い、そこに謎の転校生が出入りする、不思議な舞台設定のできあがりです。どうでしょう、クドカンさん。

◎ タイムスリップの話
 タイムスリップのパターンは、この「タイムスリッパ−侍」や「テルマエロマエ」のように、過去の人が現代に現れるもの、「ドラえもん」や「ターミネーター」のように未来の人(?)が現代にくるもの、「戦国自衛隊」のように現代の人が過去にいくもの、「猿の惑星」のように現手代の人が未来に行くもの(しかも設定はだいたいデストピア)、そして「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「タイム・マシン」のようにタイムマシンで移動するもの、あとは小松左京著「地には平和を」などに出てくるタイムパトロールとかでしょうか。小松左京と言えば高校生の時、「果てしなき流れの果てに」という10億年の時空を舞台にした小説を読んだのですが、話がわからないのに妙に感動したことを覚えています。どうも時空間を突き詰めていくと、最後は神の領域にいくようです。
 さて、タイムスリップの方法としては、タイムマシンの他、雷などの自然現象によるものだったり、あの犬の半妖が行き来する井戸などの過去や未来とつながるタイムトンネルだったり、あとは「時震」という超常現象だったりします。また、光速を超えて情報だけが送られる情報タイムトラベルというのもあります。
 では、タイムトラベルの物語はというと、過去を変えて現況を変える、または、未来の情報を過去に持ち帰る、というものと、単に時代の違いにあたふたする、というものなどになりますが、「タイムスリッパ− タイガー&ドラゴン」であれば、義光や政宗が自分に起きることを知り、悔やまれることをやり直しする、というのが素直に考えられる展開ではないでしょうか。すると、義光であればやはり秀次事件に巻き込まれて処刑された二女の駒姫のことや、高野山に逃がすつもりなのに暗殺された長男の義康のことではないかと。政宗については、様々あるかとは思いますが、天然痘で右目を失ってしまったこととか、父輝宗を敵将もろとも射殺しなければならなかったこととか、百万石のお墨付きが反故にされてしまったこととか、まあ、いろいろと取り戻せるものなら取り戻したいことがあったことかと。別の展開としては、それぞれの特技を活かして現代社会で大活躍というのもあろうとは思いますが。戦国サロン「義姫」とか。いや、失礼いたしました。

◎ タイムパラドックスの話
 ここでタイムトラベルの矛盾についてのお話でも。情報タイムトラベルでは、未来の情報に基づいて現在を変えれると本来の未来も消滅するという「いかさま師のタイムパラドックス」が生じ、タイムトラベルで過去を変えれば「親殺しのパラドックス」つまり、時間を遡って自分が生まれる前の親を殺してしまったら、自分も生まれてこないという矛盾が生じます。
 ただ、これらの矛盾の解決方法として量子力学的な説明も用いられます。まず、情報タイムトラベルの可能性については、「量子もつれ」つまり、二つ以上の粒子で、一方の粒子の状態を測定することで、即座に他方の粒子の状態が決定され、距離に関係なく瞬時に情報が伝わるという特性を用いればできるかもしれません。
 物理的なタイムトラベルについては、「多世界解釈」で説明されます。これは宇宙の波動関数を実在のものとみなし、観測による波束の収縮が生じない、つまり観測によりひとつの状態に定まるものではなく、重なり合っている多世界が干渉性を失うことで異なる世界に分岐していくという考え方で凌げるというものです。ただ「多世界解釈」では分岐していくだけで、平行世界への移動や干渉ができないということで、話はそこで終わってしまうのですが。
 一方、タイムトラベルを否定するものとしては、未来から過去へ物質や情報を持ち込むとその時点で宇宙全体の物理量が変る、つまり質量保存の法則が破綻してしまい爆発する、という大どんでん返しのような説もあります。
 ところで、時間が進めば進むほどエントロピー(ここでは配列や状態の混沌度を表す量のこと)は増大するという法則がありますが、「マクスウェルの悪魔」という分子を見分ける悪魔がいるとすればエントロピーは減少させられる、という思考実験があります。実は最近、量子コンピューターによる、あるシミュレーションでこの「マクスウェルの悪魔」的な現象が確認されたそうです。一度拡散したものが、収束するという、これはすなわち時間を巻き戻すような現象で、「覆水盆に返らず」ということわざがありますが、それが盆に返る事態となるのですが、宇宙時間のレベルでは、こうしたことが起きる可能性があると言います。ただし、実際に起きるとしたら100億年以上先とのことでした。いわゆる、杞の国に天が落ち、地が崩れると心配する「杞憂」以上の話ではあります。

〇 落語の話
 せっかく「タイガー&ドラゴン」を持ち出したのに、肝心なことを忘れていました。このドラマの大きなモチーフとなっているのが落語です。
 この落語の起源には諸説あるそうですが、戦国時代、武将の側近に持して相手をする「御伽衆(おとぎしゅう)」が話す「夜話」という説があります。御伽衆は軍師として軍政の相談、また文武の指南、雑談などにも応じていました。経験豊富な浪人や若殿の遊び相手となる若者などが起用されたとのこと。
 特に話術の巧みな御伽衆は、夜襲に備えるために夜通し起きている兵士らの眠気を覚ますため様々な話をし、中でも「オチ」をつけた笑い話が落語の起源とのこと。落とし噺というのが落語の語源であることは、皆さまご存知のとおりです。
 最上義光の家臣にも「堀喜吽(ほりきうん)」という御伽衆がいました。上方で兵法を修業し、文化芸能の達人でもあり、京都で開かれた連歌の席には、主君義光と共に16回同席しました。現在、当館で展示中の連歌巻にも、堀喜吽が詠んだ句があります(「賦何舩連歌(1596年)」、「賦何墻連歌(1598年)」)。詳しくは当館HPの「最上家をめぐる人々♯34」などを参照願います。
 この御伽衆、連歌師とともに、ドラマ的にはなかなかおいしい役柄になりそうです。また、連歌を催す「連歌会(れんがえ)」は、大名、貴族、僧侶、豪商などが集う場であり、今どきのドラマであれば喫茶店やスナックのような使い勝手のいい場として、さまざまな登場人物を行き来させることができます。
 さてさて、そんな下世話な話はさておき、落語の話に戻りましょう。
「タイガー&ドラゴン」は毎回、古典落語をマクラ(?)に話が展開していくのですが、まず最初のスペシャルドラマでかけられるのは「三枚起請」。廓噺ではありますが、人情噺とも滑稽噺ともなるもので、まずこの落語からというのはさすがという他ありません。続いて、連続ドラマ化された第1話が「芝浜」、最終話が「子は鎹(かすがい)」という人情噺の大ネタをもってきて、間には「明烏」や「品川心中」といった廓噺や、「厩火事(お前が指でも怪我したら明日から遊んで酒が呑めねえ)」や「猫の皿(時々猫が3両で売れます)」といったサゲが効いた話など、まあ、そのラインナップ加減はすばらしいの一言です。
 そこで、余計な事とは重々承知の上ですが、もしこのタイムスリッパ−版がつくられるとしたら、どんな落語が並ぶでしょうか。
 まずは「あたま山」でも。頭の上でさくらんぼの種から枝が伸び、花見がはじまり、池で釣りをするというお話(これだけでは全くわからないかもしれませんが)ですが、これを戦場に置き換えるというのはどうでしょう。また骨董屋の話としては「火炎太鼓」。いわずと知れた有名落語です。ちょっと似たような話で「井戸の茶碗」もどうでしょう。どちらも五代目古今亭志ん生の名演があります。
 あとは「二階ぞめき」とか「湯屋番」などの妄想ネタは、いろんな場面が仮想的に描けそうです。「反魂香」とかは過去の人との交信に。「悋気の火の玉」という噺もなかなか面白い設定です。妻と妾が次々亡くなり、火の玉になってぶつかり合うというものですが、武将とかに変えると何か応用がきくかもしれません。ちなみにこれは五代目三遊亭圓楽がとてもいい。
 似た演題に「悋気の独楽(こま)」というのもあります。今夜は本宅か別宅かを独楽で決めるという話ですが、昭和15年9月20日、警視庁は内容が卑俗的で低級であるとして、これを「二階ぞめき」や「高尾(=反魂香)」などとともに53演目を上演禁止(禁演落語)としました。逆に言えば、それだけ落語を当局は観ていたということなのですが。