最上義光歴史館
現在、東京国立博物館内の工房で三鍬形を復元中の、義光所用「三十八間金覆輪筋兜」の作業が無事終わりました。
厚紙で三鍬形の型紙をつくり調整 ↓↓↓ ![]() 型紙に基づいて銅板で三鍬形を製作 ↓↓↓ 銅板で製作された三鍬形を消鍍金の技法で表面を鍍金加工 ↓↓↓ 勇ましい姿に復元された兜は3月25日(火)から一般公開されます!! |
現在、東京国立博物館内の工房で三鍬形を復元中の、義光所用「三十八間金覆輪筋兜」の作業が順調に進んでいます。三月末には勇ましい姿に復元された兜を皆様にお見せできると思います。画像は、厚紙で三鍬形の型紙をつくり調整しているところです。
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最上義光、騎馬揃の事」の地、天童の野はどこか【1】
1.はじめに 慶長5(1600)年9月最上義光公は長谷堂合戦で直江兼続の率いる二万余の上杉軍との攻防戦で勝利し、翌年、庄内酒田東禅寺城落城をもって出羽の戦が終結した。その論功により徳川家康公から庄内を与えられた。同7(1602)年には江戸幕府が開かれ、世も安定したため、同12(1607)年に天童の野において騎馬揃を命じたのである。最上郡天童の野とは果してどこなのか、古絵図や文献などで検討してみたい。 ■執筆:矢野光夫 次をみる>>こちら |
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奥羽永慶軍記の「最上義光、騎馬揃の事」の地、天童の野はどこか【2】
2.奥羽永慶軍記に見る騎馬揃の状況について ��奥羽永慶軍記(以下「軍記」という。)巻37に最上義光、騎馬揃の事が記されている。 最上義光、同年(慶長十年のこと)江戸在勤に言上して、駿河守に国を譲り、庄内鶴ヶ岡に隠居の身とぞ成られける。同十一年冬、義光一門・郎等を鶴ヶ岡に召れ、「扨も近年は諸国静謐にて、諸人遊山栄輝(えいよう)のみに誇ぬれば、家中の武道取失ふ事も有べし。来正月は最上郡天童の野に於て騎馬を揃へて見物せん。其用意せよ。」といはれければ、「相心得候。」と一々相触けり。是を聞て、山形・鶴ヶ岡の旗本はいふに及ばず、温泉・藤島・櫛川(引)・亀崎・由利・赤尾津・上の山・長谷堂・白岩・谷地・寒河江・鮭登・小国・清水・延沢・楯岡・東根等の与力・陪臣に至るまで、馬・武具・母衣・旗指物・馬印などとて爰(ここ)を晴と出立(いでたち)ぬ。同十二年正月十一日義光申されけるは、「秋田の境赤尾津の与力二百十一騎、鶴ヶ岡百五十騎・亀崎百騎・寒河江三十騎は諸境の押なれば、今度の騎馬揃に出(いず)べからず重て一見すべし。」と、境毎に相触れ、用心稠しくせらる。 馬揃は正月十五日と定めらるゝに、此事・越後・米沢・仙台・山北の境を隔し所へ聞えければ、最上騎馬揃をするよし委しく見て参れと、目付の者を遺すに、皆物に紛れて在々所々にぞ充満(みちみち)ける。其外隣郡より来り見る者も貴賤群集せり。既に今日出んと触を待つ所に、義光昨日山形に来り給ひて、今度の役人安食大和守を召れ、騎馬帳を見給へば、都合三千七百廿騎ぞ有ける。義光、「此騎馬は皆々山形に相詰けるか。」と問ひ給ふ。安食承(うけたまわる)に「一騎も残らず相詰候。」と申す。義光聞給ひて、「よしよし天童に出て汰(揃カ)ゆるに及ばす、騎馬帳を見ても同前なり。皆々帰すべし。」といはれければ、爰を晴と出立(いでたち)し、者ども、己々が宿所にぞ帰りける。所々より来る見物衆も皆々帰りけり。義光父子三人、其外一門も仮屋夥しく、帳幕を打せけるが、空くぞやみにける。其心底奥深しと感じける者も多かりけり。 ■執筆:矢野光夫 【参考文献】 � 岷�羽永慶軍記」 P.943〜944復刻 今村義孝 校注 2005.2.20(有)無明舎出版発行 前をみる>>こちら 次をみる>>こちら |
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奥羽永慶軍記の「最上義光、騎馬揃の事」の地、天童の野はどこか【3】
3.「最上の郡天童の野」について、自治体史などへの記述について (1)��「奥羽の驍将 最上義光」 著者誉田慶恩によると義光は当地方の向背を試みようと尾花沢の原野に馬ぞろいを行った。という記述はあるが何の史料によるものか明らかでない。 (2)��「尾花沢市史」 最上義光は村山郡北部の武将たちの向背をみるため、尾花沢の原野に馬揃えを行ったと記している。 (3)��「新庄市史」 尾花沢の原野で行った馬揃の儀は「奥羽の驍将 最上義光」から引用したと執筆者は述べている。 (4)「最上町史」 内陸地方諸氏の向背を試そうとして尾花沢で馬揃えの儀を行ったと記している。執筆者は「新庄市史」と同じである。 (5)「山形市・天童市・東根市史」や「延沢軍記」「新庄古老覺書」などには軍記でいう馬揃えの記述は見当たらない。 尾花沢市史の出典は明らかではないが、上記(3)・(4)と同様「奥羽の驍将 最上義光」を参考にしたと思われる。 ■執筆:矢野光夫 【参考文献】 �◆岷�羽の驍将 最上義光」 P.39 誉田慶恩著 昭42.6.15 (株)人物往来社発行 ��「尾花沢市史」上巻 P.274 平成17.10.15 尾花沢市発行 �ぁ嵜珪瓜垰法彎經� P.588 平成元.10.31 新庄市発行 前をみる>>こちら 次をみる>>こちら |
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