最上義光歴史館

歴史館からのお知らせ

     《平成21年3月分の入館者アンケート集計結果》
 
 この集計結果は平成21年3月1日から同31日の間に入館した利用者を対象に
行ったアンケートを集計したものです。



        企画展示 (3/1〜3/31)

    開館日数・・・・・・・・・・26日間

    入館者数・・・・・・・・・1,600人

    回答者数・・・・・・・・・・ 19人



 1.歴史館をどこで知りましたか

  (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・・5%
  
  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・・5%

  (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・26%

  (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・・5%

  (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・・0%

  (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・16%

  (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・16%

  (8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・22%

  (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・・0%
   
   (10) その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・5%


 2.歴史館の入館は何回目ですか

  (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・79%

  (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・16%

  (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・5%

 3.ご覧になられた感想

  (1)内容はいかがでしたか

    �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・・53%

    �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・・42%

    ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・・・5%

    �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・・・0%

  (2)最上義光と最上家について

    �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・・37%

    �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・・53%

    ��わからなかった・・・・・・・・・・・・・・5%

    �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ�%

  (3)入館料について

    �々發ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ隠�%

    ��適当である・・・・・・・・・・・・・・・53%

    �0造ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ械�%


 〜利用者の声〜

 ◎展示規模は小さいが、とても丁寧に解説されており感心した。

 ◎ホームページの更新を楽しみにしています。

 ◎丁寧に説明を頂いて非常にわかりやすかった。

 ◎とても勉強になった。

 ◎甲冑体験ができて良かった。4月からも続けてほしい。

 ◎クイズが楽しかった。

 ◎企画展示が楽しかった。このような市民向けの展示を増やしてほしい。

 ◎直江兼続との関わりが深い事がよくわかった。

 ◎義光の正室、側室についても知りたかった。

 ◎長谷堂合戦以外の合戦についても展示してほしい。


▼スクリーンセイバーをダウンロード

・種類:スクリーンセイバー
・内容:虎将変身シーン
・対応:Windows OS

※変身シーンは「こどもページ」でも見ることができます。

 (」゜ロ゜)」 突然ですが・・・

 渡邊館長が、歴史館を3月31日で卒業となりました。

    ( ̄△ ̄;)エッ・・?

 寂しいですねぇ・・・

 閉館後、義光と駒姫の像の前で挨拶をする館長を見て、

 

 2年間の思い出が・・・

 

    [ナッツの目からポロリ (;_;)  ]

 館長、とても楽しかったです。

 2年間、お疲れ様でしたぁ。

 最後に満面の笑みをいただきました♪

    
ヾ(@°▽°@)
【平成21年4月1日からの変更】


1.最上義光歴史館の入館料が無料になりました。

2.最上義光歴史館の開館時間が下記のとおり変更になりました。  
   ↓↓↓
  午前9時から午後5時まで(受付は午後4時30分まで)
【楯岡甲斐守光直/たておかかいのかみあきなお】 〜兄・義光のために祈った〜
   
 「立石寺の薬師様の御前に、鰐口一箇を寄進します。そのわけは、出羽の国守、義光公の寿命が長く息災にて、文武ともに久しく発展するよう祈願するものです。」
 慶長13年(1608)10月26日の銘がある巨大な鰐口には、このような内容の漢文がしっかりと刻みつけられている。願主は「山形甲斐守源光直」、義光の弟の祈りのことばである。
 光直は一門の家老として、楯岡城主、1万6千石を与えられていた。
 この年の前後から、最上義光の領国内は、明るい発展のムードがみなぎってくる。
 山形専称寺、宝幢寺、鶴岡極楽寺には京都の「天下一道仁」の鋳造した鐘が納められ、羽黒山の五重塔や慈恩寺の三重塔が落成し、加茂の港は整備され、鶴岡三日町にはじめて橋がかけられ……と、出羽は新たな時代へと変わっていく。
 華やかな桃山文化が、ここ出羽の国につぎつぎと移入され、うつくしく花を開かせはじめていた。
 光直だけでなく、最上家の重臣たちもきそって、寺院や神社に土地、建物や美術品などを寄進して、領内の平和と発展を祈願した。
 この鰐口は、そのころの様子を物語る貴重な史料の一つであり、現在は立石寺の宝物として県文化財の指定を受けている。
 だが、最上家の繁栄を願った光直の祈りもむなしく、1622年(元和8)最上家はわずか一万石で近江に移されてしまう。
 光直は、幕府の命令で山形を離れ、九州小倉城主細川忠利に預けられることとなった。
忠利は、江戸から国もとの家臣にあてて、わざわざ手紙を書いた。(『細川実記』)
 「甲斐守が小倉に着きしだい、百人分の手当てをせよ。宿舎はしばらくは寺をあてるように。家は自分がそちらに行ってから申し付ける。……家来を百二、三十人も連れているのだから、その心得をするように」
 奥羽の雄藩、最上家の改易は、諸大名にとって大きな驚きであったのだろう。手紙につづけて、「光直ハ最上義守ノ次男ニテ、義光ノ弟、其姉ハ伊達政宗ノ母堂ナリ」と注があるが、そういう人物を預かるのはやはり大変なことと受けとめられていたのである。
 光直はやがて出家して「哲齋」と号し、七年後の寛永6年(1629)5月21日に病没する。年齢は65歳、71歳、二つの説がある。
 近くの柳川(福岡県)には、最上家後継ぎ問題で対立した一族の松根光広が住んでいたはずだが、顔を合わせる機会もなかっただろうと思われる。
 光直の子孫は、細川家が熊本に移ったのちも千石を与えられ、代々同家に仕えて明治維新を迎えた。
■■片桐繁雄著
    《平成21年2月分の入館者アンケート集計結果》
 
 この集計結果は平成21年2月1日から同28日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。


        企画展示 (2/1〜2/28)


     開館日数・・・・・・・・・・24日間

     入館者数・・・・・・・・・1,162人

     回答者数・・・・・・・・・・ 14人


 1.歴史館をどこで知りましたか

  (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・22%

  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・・7%

  (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・14%

  (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・・0%

  (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・・0%

  (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・・7%

  (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・29%

  (8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・・7%

  (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・14%
   
   (10) その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・0%


 2.歴史館の入館は何回目ですか

  (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・72%

  (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・14%

  (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・14%


 3.ご覧になられた感想

  (1)内容はいかがでしたか

    �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・・43%
 
    �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・・29%

    ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・・21%

    �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・・・7%

 (2)最上義光と最上家について

    �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・・36%

    �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・・50%

    ��わからなかった・・・・・・・・・・・・・・0%

    �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ隠�%

 (3)入館料について

    �々發ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ横�%

    ��適当である・・・・・・・・・・・・・・・65%

    �0造ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ隠�%


 〜利用者の声〜

 ◎現在の写真でいいから長谷堂の写真を展示してほしい。

 ◎企画展は、市民が気軽に出展し、見学に来やすいのでいいと思う。展示物に統一性があれば、更に良くなると思う。

 ◎音声ガイドを借りるのではなく、ボタンを押せば説明が聞ける方がいいと思う。

 ◎わかりやすくて、よかった。

 ◎ストラップなど、もう少し可愛い物を置いてもらいたい。