◆高畠の歴史 005号◆
日向洞窟は昭和30年から32年にわたり3回の発掘調査が行われました。 しかし、日向洞窟は偶然に見つかったものではなく、 昔から土地の人たちは鬼の穴として熟知していたのであります。 記録によると江戸時代貞亨2年(1685年)ころ、今の時沢は、 竹の森の枝村であった、開拓の時代である。当時日向洞窟は 鬱蒼とした樹林の地であった。 密林の中に傲然と立ちはだかる褐色の岩肌、 それにもましてその奇怪な大洞穴は、まさに鬼の岩屋のごとく 見えたのかもしれない。だれが言うともなく、 立ち入り禁止の地にもなったという。 かくて時代は進み江戸の末期以後、 開拓が進むに従い洞穴は白日の陽をまともに受け、 周囲の目を引くとともに、 石の鏃などを拾うことができる周知の事実となった洞窟である。 特に昭和の大戦後(昭和25年)付近の18町歩が 地主竹の森長谷川家から解放され耕地となってからは、 人々は先住民の居住遺跡としての存在を 思い描くようになったわけでございます。 そのようなことから、当時の山形大学柏倉教授を中心として 高畠町教育委員会の方々などが発掘調査に携わることとなり、 調査が実現したのでございます。
2013.04.10