草木塔の郷 DENTAKUJI なあまず日記

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 明治22年に三澤村ができたわけですが、「田澤」の名の由来についても記述があります。



「現今の口田澤・神原・入田澤」の三大字、いわゆる三田澤(さんたざわ)は、上長井郷に属し、後亀山帝の御宇(?)天授年間中までは新田冠者 藤原経衡の孫 新田遠江守の居館地たり。
 同氏の門族に澤頼母という者あり。
 よく農民を撫育し、慈仁至らざるなし。
 後故ありてこの村里を発す。
 民その仁徳に感じ永くその恩澤を記念せんとし、澤の一字を採り田澤村と称すという。
 慶長6年、上杉景勝の所領となり…」


 以下は、�,侶�り返しとなるのです。


 ただ、小樽川をはじめとした澤々があることからついたものと考えていましたが、このような地名の説が伝えられているのでした。

 
 
2009.06.12:あら:count(1,347):[メモ/田沢コミセン]
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