草木塔の郷 DENTAKUJI なあまず日記

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米沢市の田沢地区は昭和28〜30年の市町村合併まで、南置賜郡三沢村の一地区で、所謂その昭和の大合併で米沢市になりました。

昭和2年当時、田沢尋常小学校で郷土学習に用いられたと思われる資料があり、その中に田沢地区の沿革について記しているので、書き出してみようと思います。


三沢村沿革
「本村は、往昔、置賜郡上長井郷に属し、慶長6年 上杉景勝の所領となりしより以後、上杉家の領地たり。明治2年6月 藩主上杉公の封土人民奉還以来 米沢藩に属し、明治4年7月置賜県の管轄となり、明治9年8月 山形県に属す。

明治22年6月1日、市町村制の改正により従来一ヶ村を成せる赤芝・吹屋敷・舘山・小野川・簗沢・口田沢・神原・入田沢を合し村制を布きたる一大村となる。

人家は鬼面川の上流なる大樽川・小樽川の流域に散在し、山川の形勢から小野川・簗沢・田沢の三大渓流をなすにより三沢村と命名したるなり。」


 というわけで、三沢村ができあがったというわけです。

2009.06.11:あら:count(1,296):[メモ/田沢コミセン]
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