多田耕太郎BLOG
中国 東北地方旅行記その10(集安市から瀋陽市まで)
5日の夜に丹東の金さんに電話を入れると、七月末からの、特に北朝鮮方面の大雨のため鴨緑江が増水し、丹東市内には軍隊も出動して復旧に当たっている状況なので、ホテルなども機能が麻痺しているから今回はパスしたほうがいいですよ。と言われました。
予定ではバスで丹東まで行って一泊し、翌日金さんに半日ほど丹東市内を案内してもらい、その後大連に向かうつもりだったのです。金さんの電話の内容からすると、とても案内どこではなさそうなので、今回は丹東行きも諦めて、瀋陽市から大連に向かうことにしました。
集安市から通化市までバスで戻り、通化市から瀋陽市まで汽車かバスで行こうと思って、午後一時半発のバスで通化市へ向かいました。三時半に通化のバスターミナルに着いて、バスと汽車の時刻表を見てみると、汽車は寝台券が売り切れで、バスは当日の最終便が出たばかりでした。
バスターミナルの前で思案していると、タクシーの運転手が声を掛けてきて、瀋陽まで350�辧�500元(日本円で6800円)でどうだ、と言うので乗り込むことにしました。
運転手の話では、通常は4時間半位で着くけれども、途中、洪水のために橋が流されたり土砂崩れの箇所があるので、今日はもっと時間がかかるかもしれないとのことでした。
通化をでると一時間ほど高速道路を走り、その先は一般道路になり、いたるところで洪水の跡が見て取れました。実際に橋が流されていて、迂回道路で大型トラックが立ち往生していたり、土砂崩れのため大きく迂回する道路が造られていました。洪水の直後であれば通行止めで、通化に一泊しなければならなかったな、とも思いました。
撫順市の手前で暗くなり、結局瀋陽に着いたのが九時半でした。
タクシーの中から電話で予約した遼寧賓館にチェックインし、ハンナ先生と相談して、清真(回族)料理を食べに出ることにしました。写真は、清真(回族)料理店の前に出された、中国のどんな街にもある屋台風の出店です。羊の串焼きと、野菜炒め、それにあまりおいしくない枝豆をつまみに生ぬるいビールを飲みました。
8月6日の夜です。
2010.09.11:
多田耕太郎
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予定ではバスで丹東まで行って一泊し、翌日金さんに半日ほど丹東市内を案内してもらい、その後大連に向かうつもりだったのです。金さんの電話の内容からすると、とても案内どこではなさそうなので、今回は丹東行きも諦めて、瀋陽市から大連に向かうことにしました。
集安市から通化市までバスで戻り、通化市から瀋陽市まで汽車かバスで行こうと思って、午後一時半発のバスで通化市へ向かいました。三時半に通化のバスターミナルに着いて、バスと汽車の時刻表を見てみると、汽車は寝台券が売り切れで、バスは当日の最終便が出たばかりでした。
バスターミナルの前で思案していると、タクシーの運転手が声を掛けてきて、瀋陽まで350�辧�500元(日本円で6800円)でどうだ、と言うので乗り込むことにしました。
運転手の話では、通常は4時間半位で着くけれども、途中、洪水のために橋が流されたり土砂崩れの箇所があるので、今日はもっと時間がかかるかもしれないとのことでした。
通化をでると一時間ほど高速道路を走り、その先は一般道路になり、いたるところで洪水の跡が見て取れました。実際に橋が流されていて、迂回道路で大型トラックが立ち往生していたり、土砂崩れのため大きく迂回する道路が造られていました。洪水の直後であれば通行止めで、通化に一泊しなければならなかったな、とも思いました。
撫順市の手前で暗くなり、結局瀋陽に着いたのが九時半でした。
タクシーの中から電話で予約した遼寧賓館にチェックインし、ハンナ先生と相談して、清真(回族)料理を食べに出ることにしました。写真は、清真(回族)料理店の前に出された、中国のどんな街にもある屋台風の出店です。羊の串焼きと、野菜炒め、それにあまりおいしくない枝豆をつまみに生ぬるいビールを飲みました。
8月6日の夜です。