有限会社コンサルネット

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 島崎藤村は、故郷を「血につながるふるさと」「心につながるふるさと」「ことばにつながるふるさと」と謳い上げたが、故郷とは目に見えぬ糸で人をつなぎ合わせ、つなぎとめ、心の安らぎを感じさせるところだと思う。
 血につながり、心につながり、ことばにつながるとなると、それは家庭であり、ファミリーである。
 狭い意味でのファミリー経営ではなく、血のつながる仕事、心の通い合う取引き、意思疎通がうまくいく管理を「故郷経営」といいたい。
 血がつながっているからこそ、そこにはウソもケレンもない。親戚付き合いのできる取引先、親子のような労使関係も生まれるだろうし、心がつながっているから、やる仕事についてもデタラメではなく、愛情のこもったものになるだろう。
 ことばにつながるとなると、社内での全ての指示、命令、施策は相手が理解できるようにしなければならないし、外部に対しても話の分かるやり方をしていかねばならない。 ことばが通じ、話が分かるというのは、自分を相手の線までもっていくことが先決であるから、上司、同僚、部下、取引先、消費者と立場が異なる相手に対する基本的なあり方を示すことにもなろう。
 一方的なやり方ではダメで、通達、提示、書式、カタログ、セールス、仕入れ、内部管理も、ことばが通じるように改めていかねばならない。ことばで通じないなら、心で、血で訴えることもできる。聞き手が心で、血で、ことばで聞くというようにもっていくことを「対話」というのである。
”血のつながる仕事””心のつながる仕事””ことばのつながる仕事”ができれば、企業に少しでも縁のあった人々は、絶対にそれを忘れることはないであろう。
 魅力には、いろいろな解釈の仕方がある。物質面での魅力となると、その企業がもっている力には、それぞれ差があり、なかなか理想どおりいかないものである。
しかし、精神的な魅力、つまり、人を引きつけるたずなとなるものは、どこにでもあるのではないだろうか。それは誠実に裏打ちされた、「故郷経営」から生まれてくる。
スポーツの解説を聞いていると「精神力」という言葉がよく出てくる。
スポーツに耐えることを期待しているのは、日本人は人生全般についても耐えることが好きなためではなかろうか?
勝利を得るためには、耐えや苦しみがなければならないと思っている。
人間の精神の力はもっともっと豊かなものであり、例えば「イマジネーション」こそ人間の「精神」の働きそのものではないだろうか。
「耐える」ことだけを精神力と思う日本のスポーツマンの訓練法や人生訓が、イマジネーションという豊かな精神の働きを破壊していないか反省してみる必要がある。
(こころの処方箋より)

人間の心のエネルギーは、多くの鉱脈のなかに埋もれていて、新しい鉱脈を掘り当てると、これまでと違ったエネルギーが供給されるようである。
片方で、エネルギーを費やすほうが、他方のエネルギーを増加させることもある。
心のエネルギーは節約しようとするよりも、上手に使っていくほうが、効率もよいし、新しい鉱脈の発見につながることもある。

(こころの処方箋より)


思春期は、毛虫が蝶になる前に「さなぎ」になるようなものである。
外から見ると何もしていないように見えるが、そのなかでは大変革が起こっている。
しかし、自分の内部で何が起きているか分からないから無口になるし、内に閉じこもるようになる。このような子はよく不登校になる。
これに対して内部で起こる大変革が外に漏れだしてしまう場合は、非行になる。
子供達は本当のところ、自分がなぜそんなことをするのか分からないのだ。
ともかく、何かをやらかさない限り、こころが落ち着かないのだ。
その時に「さなぎ」を守る者としての大人が、しっかりと逃げることなく正面から会うことが大切なのだ。
それを避けて、「悪」とか「異常」のレッテルを貼るだけでは、子供がよりおかしくなるのを助長するだけである。

(ココロの止まり木より)

日本神話の全体としての特徴は「均衡」ということであろう。
二つの対立する力のどちらかが勝ち、どちらかが敗れる、というのではなく、ふたつの力が均衡し共存する。
これは世界の神話の中でも珍しいと言ってよく、日本人の心性を表すものとして、示唆するところが大きい。

(ココロの止まり木より)


心配や苦しみも楽しみの内などといっても、その渦中にあるときは、心配に打ちのめされたり、苦しみから逃れようと、のた打ち廻ったりで、楽しみどころではないかもしれない。
しかし、そのような状況から抜け出した後で、思い直してみると「やっぱり楽しみの内だったかな」と思えたりしてくる。
このような経験を重ねていくと心配や苦しみに対して他の人よりは落ち着いて受け入れられるようになるだろう。

(こころの処方箋より)