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幻の山辺町湯舟神楽獅子頭発見

  • 幻の山辺町湯舟神楽獅子頭発見
 山辺町に山形市㊀餌鷹神楽の流派である湯舟神楽があった。
昭和54年12月山形放送テレビ出演最後に廃絶している。湯舟神楽は山辺町北山(湯舟地区)に何時からか不明
だが伝承されていた。神楽は冬季の間の出稼ぎとして伊勢神宮や大阪まで足を伸ばし公演を行なっていたとい
う。その神楽で用いられた獅子頭の写真が町史に掲載されていた。
神楽は峯田桂太郎氏の代まで行われ、孫の英四郎氏が所蔵されているという事で、山辺地区に訪れた。

調べた住所を元に、峯田氏宅前にたどり着き車を停車させると、玄関から英四郎氏らしき方が現れた。
なんと、待ち受けてくれた様なタイミングである。事情をお話しすると、湯舟神楽の獅子頭が確かに所蔵され
拝見することを許された。

獅子頭は神楽の獅子頭特有に軽く作られ、和紙で作ったタテガミの付いた幕も取り付けてあった。
町史の写真で気づいたが獅子頭の歯が下の歯の前に重なる構造で、上山の山元地区前丸森や菅の獅子頭の特徴
と同様で興味深い。
獅子頭の目が天を見る様な構造で少し寄り目がかっている。何となく新潟県村上の獅子頭風な印象である。
軸棒は歯で噛んだ後でささくれだって年季が入っている。舌の形をみるといわゆる伊勢大神楽の型では無く
西置賜で見られるL型の形状に作られ、しっかり固定されている。


獅子頭が置かれていた「長持」の木組みの横に収納する場所に神楽で用いる「神鈴」と「語弊」が入っていた。
神楽は7・8人で行われ役割は「かぐら」「あとかぶり」「ひょっとこ」「笛」「語り」「鉦」「太鼓」で一人
二役をする場合もあったという。

戦後、青年団員を中心に神楽を習得し、地区の祭礼や小学校の創立記念日などに後援していたが、以前の様に
村外に出て興行することはなくテレビが普及するにつれて郷土芸能への関心は薄れていった。
2026.04.26:shishi10:[コンテンツ]

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