おさむ茶マイルーム
ログイン
メモ
少年時代��
『少年サンデー』『少年マガジン』『少年キング』などの週刊少年漫画雑誌、『少年』『少年ブック』『ぼくら』『漫画王』『冒険王』などの月刊少年漫画雑誌、ワタクシが少年期を過ごした昭和30年代は、週刊漫画雑誌の相次ぐ創刊もあり、いわゆる少年少女向けの漫画が繚乱期を迎えた時期であり、幸運なことに、私達は、その両方を存分に享受させてもらったわけです。さらに、昭和30年代後半のTV時代に入り、連載漫画が相次いでテレビアニメ番組として放映されるようになり、ワタクシの勉強する時間はほとんどないという状態でした。そうなんです、学校成績が良くないのは漫画に勉強時間を奪われたためなんです(苦笑)。
月刊少年漫画雑誌発売日が近くなると、ワクワク感で眠れない日々が続いたものです。当日ともなると朝からソワソワ…学校帰りは親からもらったお金を握りしめ書店へ一目散。そのまま走って家に帰り、玄関に入るや否や、雑誌を梱包している紐をプッツン…この瞬間が至福の一時。まずパラパラと漫画を流し読みし、それから工作付録の作製に取りかかる、だいたいこの辺になると夕ごはんになる。そそくさと済ませ、それから本腰を入れて漫画を読み始める。
読み終えると、翌朝学校へ持っていって他雑誌との貸し借りがはじまるので、ほとんどの少年漫画雑誌を制覇することとなる。楽しみだったのが付録、前号予告に期待をふくらませて買うのだが、たいていは裏切られるのが常だった。でもそれが楽しい、正月号ともなれば10大付録という時もあったからスゴイ(笑)。
このころの人気連載漫画は 鉄腕アトム/鉄人28号/赤銅鈴之助/ビリーパック/七色仮面/まぼろし探偵/ぼくらは少年探偵団/月光仮面/少年ジェット/いがぐりくん…、あの正義のヒーローたちも今やスッカリおやじになってるんだろうなあ。
2005.09.08:
osamu
:
コメント(0)
:[
メモ
/
▼昭和な時代
]
純喫茶
先日、「純喫茶」の看板をみつけ、初恋の人に再会したような気持ちにかられました。
昔は、どんな田舎町でも一軒はあった「純喫茶」、古めかしい外観に壁には蔦などが絡み付いていました。
重厚な木製のドアを開ければ、薄暗い店内。サイホンでたてるコーヒーの仄かな香り。細い糸状で横にたなびいていた紫煙が、こちらが開けたドアの風圧で一瞬揺らぎます。
店内を中を進み、壁際の隅っこの席に隠れるように座り、店内は冷凍庫のようにギンギンに冷やされ、まずは一本タバコを取り出す。
そこへウエイトレスさんが間髪をいれず、スチールの盆にお冷とオシボリを載せて注文を聞きに来ます。すかさず、オシボリで顔を拭きながら(当時は、おしぼりで顔を拭くのが常識だった…俺だけか?)
メニューも見ず一言「コーラ」、そのうちコツコツとヒールの音を立てて、「コーラ」を持ってきてくれます。コカコーラのボトル丸ごと1本。そしてぶ厚いグラスに氷を八分目入れています。レモンのスライスも不可欠なアイテムです。
添えてあるストローを無視して、ガボガボとコーラを入れて、レモンのスライスを唇で押して止め、一気に飲み干します。まだコーラの瓶には1/3ほどコーラが残っています。「ハァ〜」「ゲボ」盛夏の昼下がり、束の間の涼しさを楽しんだものです。
そんな「純喫茶」定番といえば軽音楽、程よい音量で店内を静かに流れます。「純喫茶」では誰もが一様に静かです。本を読むもの、目を瞑っているもの、おしぼりを額に乗せ天を仰ぐもの、声を押し殺してヒソヒソ話をするもの…、誰も彼もがホッと息をついていましたから小市民の「オアシス」だったのかも知れません。
2005.09.07:
osamu
:
コメント(0)
:[
メモ
/
▼昭和な時代
]
「六甲おろし」
ペナントレースもセは阪神と中日に絞られてきたようですが、星野タイガースが優勝したのがちょうど2年前。その前はというと20年前さかのぼること昭和60年、吉田タイガースの時代です。開幕の巨人戦で岡田、掛布、バースのバックスクリーン3連発は語り草になってますが、その秋優勝を決めて凱旋ゲームにたまたま大阪にいて、その興奮を甲子園で立ち会いました。それはもう大変なお祭り騒ぎで、大阪の町中も大フィーバー(今は死語かな?)で、ワタクシも「六甲おろし」を歌ったものでした。お土産に買ってきたターガースグッズを無理やり子供に押し付けて撮った写真がこれ!今では相手にもされませんが…。
2005.09.01:
osamu
:
コメント(0)
:[
メモ
/
▼昭和な時代
]
「少年時代」
ガキのころ、夏休みはよく遊びましたね。もちろんあの当時はプールなどなかったし、もっぱら近くの川へ泳ぎ…、というよりは川遊びでしたね。飽きてくると鉄橋へのぼったり、果樹園の桃をだまっていただいたり、ともかく何もないなかで遊びを見つけて1日過ごしたものです。今だったら「危ないから00しちゃダメよ」みたいな遊びばっかりでしたからね、そんな「少年時代」でした。
2005.08.24:
osamu
:
コメント(0)
:[
メモ
/
▼昭和な時代
]
VAN
昭和な話1回目。今から40年以上も前にアイビールックが流行したのを覚えているだろうか?当時高校生だった自分は「VAN」に、心の底から憧れたものである。おしゃれにめざめた頃でもあり、VANの洋服が欲しくてしかたがなかったが、でも値段が高くてとても手が出なかった。だから、比較的お坊ちゃんのおしゃれ振りを指をくわえて見てるしかなく、ファッション誌「メンクラ」をながめては我慢したものだった。
とにかくVANは高かった。なけなしの小遣いを貯め込んではVANのシャツを買い、それを学校で見せびらかしたものだ。また「VAN」の紙袋(紙袋の中身は弁当しか入ってなく、時々汁が漏れちゃたりして…w)を抱えて通学したのを覚えている。ただジャケットだけは高くてどうしても手が届かなかったな〜。
アイビー・ルックの影響だろうか、今でもブレザーやボタンダウン・シャツ、レジメンタル・タイは好んで着るから「三つ子の魂百まで」といったところか。ただ、おじさんになって腹もせり出してくると、ジャンパーやチノパンでおしゃれしたつもりでも、「それ作業着?」と聞かれてガッカリすることも…。
当時の服は残ってる由もないが、リーガルのローファーはまだ残っています(奇跡ぃ)。それがこの写真のもので、保存状態もいいでしょう、ワタクシのお宝です。おじさんにも、そんな時代があったのです、信じられないでしょうけど…。
2005.08.23:
osamu
:
コメント(0)
:[
メモ
/
▼昭和な時代
]
<<
▼ローカルな話題
▼B級グルメ日記
麺/ラーメン
家庭料理
今日のお弁当
▼わが家のペット
▼音楽
ロック&フォーク
歌謡曲?
▼バウンドテニス
▼山形の方言
▼健康
▼オヤジの独り言
▼青春グラフィティ
▼WARABANA(笑える話)
▼昭和な時代
▼映画&読書感想文
▼旅の思い出
▼季節
▼いろいろ
▼食べ物いろいろ
▼ブログリンク
☆イタリアンレストラン「Bellezza」
☆バウンド・フォー・バウンド
テニス&バウンドテニス
☆さがえBT
ケータイサイト
プロフィール
インフォメーション
ALL
メモ
メール
Q&A
暦
リンク
地図
ウィキ
特集
プラン
ログイン
copyright/osamu
Powered by
samidare
ケータイサイト
インフォメーション
プロフィール
Powered by
Communications noteβ