9月12日の地元紙に「山形鉄道にかける2人のベテラン」と題するコラムが掲載された。2人とは、山形鉄道の運輸部長である村山洋正さんと鉄道写真家で地域おこし協力隊員である米屋こうじさんのことである。
米屋さんについてはこれまでも何度となく紹介してきたので、今回は村山さんについてコラムから抜粋して紹介したい。村山さんは大阪生まれで、昭和62年に地元の近畿日本鉄道に入社。車掌や運転士、助役などを歴任後、京都丹後鉄道を経て鉄道サービス学科のある専門学校の講師となった。「あなたたちは、何のために生まれてきて、何のために働くんや。なんで鉄道業界なんや。」と学生に問いかけてきたという。そして、自分自身の生き方として山形鉄道で働くことを決意したという。
森山さんは乗車してきた子供たちに手製の「列車カード」をプレゼントしている。米屋さんは成田駅の荒れ地にヒマワリ畑を造ろうと汗を流している。こんなことは私たちが気づき、実践しても良かったことだ。「森山さんと米屋さん、歩んできた道は違えど、2人の挑戦には共通した思いを感じる。そしてベテランたちの熱量は、地域の人々に確かに届いているようだ。」とコラムは続く。この言葉を社員はもちろん、私たち住民も噛みしめなければならないだろう。
米屋さんが作成した村山さんのインタビュービデオはこちらからどうぞ
