NORIYOs NOTE

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昼休み。

まったりとテレビをみていたら、ロッテリアの特集。

10月の日にち限定、個数限定の

「タワーチーズバーガー」&「エビツリ―バーガー」

どちらもパティが5段まで選べて500円

こんなのやってるって知らなかった〜!!!

チャンスはあと1日。

夕方、一番近い店舗へ行くと店からはみ出るほどの長蛇の列。

やっとのことで注文すると

「一時間待ちですぅ…」

一度帰って出直した。


食べさせたい一心で何とかゲットして帰宅すると大喜びでパクつくわらすたち。

しかし

「もう駄目だ、もう食べれない・・・」

あまりのヘビー級にさすがの食べざかりも「KO」

野菜が恋しくなってしまった。

この経験を通して、

パティは1段がちょうどいいんだとあらためてわかった。



休日、献血センターに向かう。
行きつけの献血センターは中庭があり、とっても開放感のあるビルの5階。

最初の採血で、今日は血液の濃度が薄く400ml献血は無理だったので
急きょ成分献血に変更。

成分献血は、血液を採取しながら遠心分離器にかけ、成分だけを取り出す方法。
残りの鉄分を含んだ血液は体内に戻される。
この方法だと貧血にならず、間を2週間置けば再び献血可能。

取り出された成分の液体は470ML。色は薄い黄色。
採血中は最初の「チクッ」を我慢すればとっても安らげる時間。
耳元のチェアから音が聞こえるイスに座りながら、自由にテレビを見て過ごす。
心地よくてついウトウトしていると、あっという間に終了。


その後は休憩室でゆったりとできる楽しい時間。
メダルを2枚もらい、好きな飲み物を飲んだりアイスが食べられる。
5種類ほどの美味しいミニパンもあり、自由にOK。

インターネットをしたり、マッサージ器で全身をほぐしたり、テレビを見たり、雑誌を読んだり…。

私が終わるまで中庭で宿題をして待っていた子供たちもメダルをもらい、コーンスープを購入。
中庭は少し寒かったらしい。

お腹も心も満たされて今日の献血は終了。

イイ事もして心地いい時間を過ごさせてもらったココは私の安らげる空間の一つ。




「いつもわがままいってごめんね…。」

と、娘が照れくさそうに渡してくれた似顔絵とプレゼント。

「ありがとう。大事にするよ♪」


壱岐産業で働く私はこんな顔です‼
これからもよろしくです。

仙台の桜は今が見頃。

きもちいい風に吹かれながら桜吹雪を眺めていると、
四季のある日本に生まれてきて、本当によかったなーと感じる。



仙台市郊外にある大型ショッピングモール
アミューズメントコーナーの一角にひときわキラキラした
クレーンゲームコーナーが新登場。

左右に押し出し一定のラインまでくればGETできる。

ちなみにこれが本日の戦利品(夫談)


ご近所にある人気のケーキ屋さん特注ケーキである。

これで1000円なら安いかも。
夫の小遣いだから、財布も傷まず味も格別だった。

 



2011年3月13日(日)

朝方、強い余震で目が覚める。
お菓子少々とジュース・カンパンを食べて引越し作業に取りかかる。

お世話になった会社の一室にお礼をこめて、隅々まで掃除をする。

自宅へ戻って片付けをしていると、団地の会長さんがメガホンを手に大きな声を張り上げていた。
「温かい豚汁とおにぎりを用意しました。団地の方はお椀を持って集会所前の公園に来てください!」

すぐさま小さなお鍋を抱えて公園に向かう。
皆で持ち寄った肉・野菜・お米で作ってくれたそうだ。

電気もガスも水道も使えないのに良くこんなに作ったなぁと
驚いた。

ここでもまた助けられ、命がつながった。

集会所の帰り道、近くに住む弟夫婦と子ども達が心配して駆けつけてくれた。
「お姉さん大丈夫でした!?携帯にかけても全然繋がらないから・・・」

・・・充電はとっくに切れておりました。
近所だというのに、弟の住むところは電気・水道が使えるようで、たくさんのおにぎりと飲み物を持ってきてくれた。

別れ際に携帯を渡し、充電をお願いする。


夜七時、暗闇の中ロウソクをともしながら、もらったおにぎりを食べていると、
「ピンポーン♪」

「はい?」懐中電灯で足元を照らし、足をぶつけながら玄関へ向かう。
「お姉さんうちに来て。電気つくから!!!」

義妹が災害救助隊に見えた。
気持ちをありがたく受け止め、3人の子どもと一緒にボストンバックをしょって移動した。

こんな状況にもかかわらず、子ども達はDSの充電が出来ることを何よりも喜んでいるようだった。

初めてテレビの映像を見た。
凄まじい状況にショックのあまり涙も出ない。

夕食は皆でインスタントラーメンとおにぎりをごちそうになり、早めに眠りについた。


2011年3月14日(月)

弟の家で子どもを見ててもらい、徒歩で会社へ出勤する。

道路の亀裂、建物のひび割れがひどく、ありえないような段差もいたるところで見つかった。

朝礼をし、無事を喜び合う。

すぐさまメーカーさんなどに商品の問い合わせをするが、被害の大きかった会社はまったく連絡がつかない。
東京や大阪の本社に問い合わせて、何とか対応をする。

他県メーカーさんから、たくさんの心配する電話をいただいた。
本当にありがとうございました。

一日も早く、元通りお客さまに喜んでいただける商品をお届けできるよう、社員一同歯を食いしばって頑張ります!!!


仕事が終わって帰る途中、近所の肉屋さんに20人ほどの列が出来ていた。
ありったけのブロック肉をスライスし、入り口で揚げたての
エビフライ、カツ、コロッケを売っていた。

一時間半並んで、熱々のコロッケとエビフライをゲットした。

甥・姪も合わせて6人の子ども達に喜んで食べてもらえたことが何より嬉しかった。

もう一泊だけ泊めてもらい、明日は自宅に帰ろうと決めた。


2011年3月15日(火)

朝4時半起床。余震に揺られて目が覚める。

まだ夜明け前だが、服を何枚も重ね携帯ラジオを装着し、懐中電灯と財布を持って家を出た。

昨夜から断続的に振り続いた雪で、道路は凍っていた。
自転車をあきらめ、5キロほど先のスーパーへ徒歩で向かう。

車はまばらだが、至る所で段差が出来ているため、通る車が一瞬盛り上がって見えた。

5時すぎ、目的地のスーパーに到着するとすでに10人ほどの人が並んでいた。
吹雪になり、皆肩をすくませて足踏みしている。

知らない人ばかりなのに、お互いの話を聞き気遣ったり、
「あそこの店が開くらしい」と情報交換をしていた。

開店8時、最初の20人がカゴを持って店内へ入る。
”お一人様10点まで”という制約の中、前にどんどん押されて進む。
「米10��4000円!?・・・ホウレン草300円!?・・・小粒イチゴ500円!? 」
普段は格安で販売しているお店なのに・・・ちょっぴりがっかりしてしまった。

次はいつ入荷するかわからない不安から、米もホウレン草も購入した。

米を担いで帰ろうと思った時、私の前に並んでいたおじさんが「乗って行きな!」と声をかけてくれた。

朝8時半帰宅。
生きていくために、こんなに食料を必死に買い求める事なんて今までなかった。

食料をあまりストックしてなかったので、明日は3�狙茲離后璽僉爾�開くらしいので並ばないと。







2011年3月16日(水)

今日は自転車で3�狙茲離后璽僉爾吠造屐�

まだ開店1時間前なのに200人近く並んでいる。
ここは40人ずつ店内に入り、制限時間10分での買い物。

店内に入るまでの一時間の間、私の後ろに並んだ80代後半位のご老人は
足が悪く、立っているのが辛そうだった。
近くの方たちと話をし、順番が回ってきたら呼びにいくことを約束し、近くのベンチで休んでいてもらった。

いよいよ順番が回ってきた。ご老人はすでにフラフラになりながら店内に入り右往左往していた。

若い人なら制限時間いっぱいに店内を回れるが、そうはいかない。カートにしがみつきながらひっしに商品を探していた。
棚には皆が欲しいと思っているものはほとんど無く、なかなか買い物が進まない。
そんな時に流れる「お時間あと5分です!」のアナウンス。
あまりにも気の毒で、私の買い物を切り上げて、ご老人のところへ急いで走る。

「ちょっと見せてね。」
チラシの裏側に書いたメモを見せてもらい、売っている限りの商品をかき集めた。
グットタイミングで入荷してきた貴重なフランスパンも人だかりの中ゲットし、ご老人のカゴに入れた。

その方はすでに曲がってしまった背中を少しだけ下げ、「ありがとう」と私の目を見て言ってくださった。

皆が助け合っていかないと、赤ちゃんのいる人やご高齢の方は大変だと思う。

私はもう被災者ではない。
自宅は電気と水道が復旧している。

宮城県に住んでいても誰かの役に立ちたくて日々悶々としている中の一人だから、
少しでも地域の人たちのお役に立てるよう、これからも努力していきたい。



この1ヶ月を自分の中で振り返ると、あっという間だった感じはしない。
日々精一杯生きてきた濃い時間だった。

スーパーの商品棚にはまだ空きがみられるが、少しずつ以前のように戻りつつある。

建物全てが復旧した訳ではなく、各階のフロアで売っていた商品を少しずつ運び、食料品と共に販売している。

夕方食料品を買いに行くと、売り切れているのがヨーグルト。
ちょっと前まではパンやマーガリンがなかなか入ってこなかったが、最近店頭に並び始めた。

品薄なのがラジオ・懐中電灯・乾電池だ。
棚には「次回入荷未定」と貼ってある。

慌てて購入した人も多く、なかなか入ってこない。
もうしばらく待つことにしよう。

車で道路を走っていると、閉まったままの店がまだまだ多い。
道路も凸凹でジェットコースターに乗っているようだ。

このところ「緊急地震速報」が入らない日はなく落ち着かないが、耐えながら、すこしずつ前へ進んでいこうと思う。







2011年3月12日(土)

夜も明けだした朝5時半過ぎ、玄関ポストにはもう新聞が届いていた。

一時帰宅をしてきた夫と共に、倒れたテレビ、食器棚、冷蔵庫、下駄箱を順に起き上がらせていった。

靴を履いたまま自宅の中を歩くのは何だか抵抗があったが、
歩くたびに「ミシミシ、バリバリ」と音がするので仕方がない。
ほどなくして夫はまた会社に向かってしまった。

午前中いっぱいかけて子供達は子供部屋を片付け、
母は居間を何度もホウキで掃いて危険物を取り除いた。

やっと部屋らしくなった頃、もう昼をとっくに過ぎていた。

近くに住む両親が開いている店を探して、お菓子・ジュース・果物を買ってきてくれた。
私達がお腹を空かせているだろうと、携帯用のガスコンロでチャーハンを作り、芋を焼き温かいうちに持ってきたのだ。

「実家の中もめちゃめちゃだというのに・・・」
とてもありがたかった。

会社に戻ると、社長が豚汁の差し入れを持ってきてくれた。
さらに寒いだろうと寝袋や毛布までも。

心遣いが、ただただありがたく、でも自分にはお礼しか言えなかった。

小学校で配給してるという事を聞き、4人で行ってみると、
校門の周りは給水をしに来た車で渋滞していた。

配給はおにぎり2人で1つと、クラッカー。
ありがたくいただき、会社へ戻る。

途中立ち寄ったコンビニでは、店頭販売をしていた。
食料はなく、マスク、雑巾、栄養ドリンクが売っていた。

日が落ち、ロウソクに火をともす。
余震に敏感になりながらも、6時半には三人とも眠りについた。
今日は作業台の下に布団を敷き、下の兄妹2人が眠った。

少しでも睡眠をとらないと体力が持たないと感じ、母も強制的に目を閉じて体を休めた。










 



きょうはたのしいひなまつり。

我が家のメンズ達は休みを満喫するのに忙しいようなので
レディース3人でお料理づくり。

ケーキ担当はヤングな2人。
スポンジにまんべんなくホイップを塗り、若い感性でデコレーションしていく。

オールドな母はメイン料理づくり。
ワイワイ楽しく食べれるよう気持ちを込めつつも、いつもの手抜き料理を完成させる。

ついでに結婚記念日でもあり、結婚式で使った大きいロウソクを一目盛消す予定だったが
あの震災のときに大活躍し、この先三年分くらい消してしまっているので当分省略。

この先子供たちが大きくなって、それぞれが家庭を持った時に
家族でのイベントを大事にしてくれたらいいな〜と秘かに願う。

2012年2月22日
仙台市中心部のAER(アエル)ビルで開催された

「リビングミセスの文化祭」

協賛各社がイチオシの商品の展示やサンプル品の配布、試食、情報などを提供する。

大塚製薬・日本製粉・ミツカン・アマノフーズ・岩松旅館
ホンダ・パナソニック……

仙台の情報誌である仙台リビング新聞社が主催。
事前にはがきで応募して案内状をもらう。

会場につくと、すでに200人以上が入口の外で列を作っていた。
メーカーの商品がたくさんもらえるとあって、奥様方の気合の入れようはハンパない。

入ったとたん、マイバックを広げて少し早足で入場する。

企業側は商品について詳しく説明してるが、ミセスの気持ちはすでに次のブースにある。

サンプルをもらうにはアンケートが必須。
さすが主婦、個人情報は書かず、感想のみを記入してサンプルをゲットしていく。

こんなに山ほどサンプルを配って、損してるように思うけど、
企業としてはコマーシャルを製作するより直接消費者に訴えかけられるので効率がいいのかもしれない。

確かに私もインプットされた気がする。
ミツカンのブルーベリー黒酢を希釈したサンプリング品の味が忘れられない。
「買いたい」という衝動にかられてしまった。

ちゃんと宣伝効果はあったのだと自分の体で実感した一日である。



 



娘が中耳炎になってしまい、耳鼻科へ行った帰り道

すぐ向いの公園に隣接した沼に立ち寄った。

キーンと張りつめた空気の中、白鳥の鳴き声が響く。
吐く息も白くて驚いた。



鴨が足元までやってきて、何か食べたそうに近寄ってくる。
「ごめんね、今日は食パン持てこなかったの…」
娘が鳥さんたちに話しかける。

体調が良くなったらお兄ちゃんも連れてまた来ようね。








今週は不覚にもA型インフルエンザに感染してしまい、
一週間会社をお休することとなった。

寝たり起きたりしながら新聞や雑誌、本などをパラパラと見ていたら
こんな言葉が飛び込んできた。


どこの会社でも 二割の社員が

残り八割の社員の生活を支えている。

しかし

支えられているはずの八割の社員は

そのことに気づかず

自分は給料以上働いているつもりでいる。

二割の社員が全社を背負って

黙々と働いているにもかかわらず。

他人から言われた仕事をこなすのは当たり前

与えられるのを待っていないで 仕事は自分で発見せよ



なんでこんな記事を見つけたんだろう…と思いつつ、
インフルエンザの頭痛とは違う痛みに襲われる。

むむむむ…パートの私は八割か…


いや、でも何とか二割に食い込んで微力ながら力になりたいと思う自分。

まずはご飯をモリモリ食べて体力を回復することにしよう。