見立てといえば
西国三十三所第1番観音の青岩渡寺本堂の後方には那智の滝があります。
岩部山の第1番の観音様も、立岩の割れ目を那智の滝に見立てています。
第30番「巌金山 宝厳寺 竹生島 千手千眼観世音菩薩」
月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 船に宝を 積むここちして
月の光、日の光に照らされて琵琶湖に浮かぶ竹生島。
女神のいるこの島の美しさはまるで宝船のよう。
参考:竹生島 宝厳寺 ホームページ
◇島を船に見立てています。
また、本尊は弁財天であることから宝船を連想したと考えられます。
(竹生島は日本三弁財天のひとつに数えられます。)
◇船は「弘誓(ぐせい)の船」※とも推測できます。
※観音様のご誓願で、人々を苦しみから救って彼岸に送ること。
船が人を渡すことからたとえた言葉です。
洞穴を琵琶湖に、立像の観音様を竹生島に見立てた造りになっています。
岩部山第29番の観音様は第28番・第30番の観音様から離れた場所にあり、第5番と第6番の観音様の間にあります。
北山道から100mほど登った場所で山の麓になります。
その理由は33の観音様で唯一の馬頭観世音菩薩であることが関係していると見ています。
旧中川村には米沢街道の宿駅が中山・小岩沢・川樋の3ヶ所に設置され、伝馬がいました。馬は農耕馬として、山からの材木出しとして大切に飼育されていました。
文政十年(1827)の村目録によれば、馬の保有数は
中山(元中山・釜渡戸含む) 82疋
小岩沢 29疋
川 樋 52疋
新 田 3疋
となっています。
新田村が少ないのは宿駅が置かれていないことと、山を保有していないことが理由です。
(五十匁山は昭和になってから譲り受けました。)
ちなみに牛は中山に2疋いるだけです。
大切な馬を供養するため、中川地区内に複数の馬頭観世音の石碑が建立されました。
川樋では分かるだけで上と下の2ヶ所にあり、どちらも山から木材出しをした道の近くにあります。上の馬頭観世音(画像の左側)は米沢街道沿いで、近くには馬浸場(うまひしゃば)が残っています。
第29番の馬頭観世音菩薩もかつて木材出しに使ったであろう緩やかな山道を見下ろす場所にあります。
また、村民に一番身近な観音様であることから、参拝しやすい生活道路の近くに彫られたと考えます。
参考:南陽市史・ふるさと中川