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公民館 Little things

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おはようございます。金曜日です!

どんよりとした曇り空ですが今日はこのまま雨は降らなさそうです。

 

公民館前の草刈りを実施中です。

花壇の花ももっさりと大きく育っています!

2020.07.17:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

御詠歌の旅

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公民館日記に掲載していました「岩部山三十三観音」の記事を冊子にまとめました。

令和2年度山形ふるさと塾補助事業の一環で行っているもので、今後古くなった御詠歌を更新します。

交換作業の日程が決まりましたらお手伝いボランティアの方を募集いたします!ぜひご参加ください!

2020.07.16:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

修理

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2階手すりの「ガタガタ」しているところを館長が修理してくれました。

これでまた安心ですね!

2020.07.16:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

供養塔

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川樋諏訪神社の拝殿に向って右側に供養塔が建立されています。

正面に「南無観世音菩薩」と陰刻され、右側面に「延享三丙寅(1746)八月十八日」、左側面に「講人衆廿六人」と刻まれています。

 

今野竹蔵氏によれば

「神社裏にあった鉱山の事故で亡くなった人々を供養したものであろうか。」

と推測しています。

 

大洞金山は寛永十九年(1642)に廃抗となりましたが、寛政四年(1792)の「樹蓄建議」に川樋村の鉱山について、

「川樋村の内、千枚、二十枚、北ノ沢、山居沢、処沢、各金山也」

と記されていますので、場所を変え鉱山は続いていたことを示しています。

(この頃は川樋村の中に新田も入っています)

 

諏訪神社の西側にある鉱山は、戦前まで掘られていて、残土で社殿前を平らにしました。

廃抗後、鉱山跡地は川樋の子供達にとって水晶取りのメッカとなりました。

 

左側面に「講人衆」と刻まれていることから、観音講※の石碑とも考えられます。

 

※観音講は定例の集りをもち御詠歌を奉詠する講で、札所観音巡りを行うこともあります。

延享の時代ですと岩部山三十三観音はありませんが、置賜三十三所や最上三十三所巡りが行われていました。

 

参考:今野竹蔵著「北条郷鉱山史話」・南陽市史 民俗編

2020.07.16:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

7月16日号

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中川公民館だよりを掲載いたします。

2020.07.16:nakagawako:コメント(0):[◇中川公民館だより]