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小岩沢 岩崎神社

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岩部山の東麓に岩崎神社が祀られています。創建年は不詳ですが、宝暦年間(1751~

1764年)に社殿を再建したと伝えられています。

境内には赤ん坊を抱いた子安観音も見られます。

参道入口には水道の記念碑が建立されています。昭和31年に赤痢が大発生し、これが直

接の起因となって簡易水道の創設につながりました。(竣工:昭和35年3月10日)

 

赤湯町史より引用

 岩崎神社 元指定村社 大字小岩沢字岩部山

 祭 神 天手力男命

 由 緒 創立年月詳かでないが宝暦年中社殿を再建す

     大正九年二月炎上、昭和九年新築

 社 殿 木造の本殿と幣殿及び拝殿あり

 境 内 二一五坪

 例祭日 十月十八日

2020.06.10:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

岩部山三十三観音めぐり紀行15

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第15番「新那智山 今熊野観音寺 十一面観世音菩薩」

 

昔より 立つとも知らね 今熊野 ほとけの誓ひ あらたなりけり

 

今熊野の観音様は昔から人知れず、人々を救う誓いを立てておられ、

それは今も新たな誓いとして変わらない。

 

◇「あらたなり」と山号の「新那智」をかけています。

 

今熊野の霊験記(引用:今熊野観音寺ホームページ)

後白河法皇は持病として激しい頭痛がおありでした。今熊野観音に頭痛平癒のご祈願を

続けられたところ、ある日の夜、法皇の枕元に観音様が現れ病める頭に向けて光明を

お差しかけ下さいました。すると永年苦しんで来られた頭痛が、不思議にもたちまちに

癒えてしまいました。

 

◇上記の説話を踏まえると「枕元に立つ」と「誓いを立てる」をかけているのかも

しれません。

2020.06.10:nakagawako:コメント(0):[◇岩部山三十三観音]

岩部山三十三観音めぐり紀行14

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第14番「長等山 三井寺(園城寺) 如意輪観世音菩薩」

 

いで入るや 波間の月を 三井寺の 鐘のひびきに あくる湖

 

出入りする月の明かりが、琵琶湖の波間を照らしている。

やがて夜明けの鐘が響きわたり、湖の水面が明るく輝きだす。

 

◇月を「見る」と「三井(みゐ」」をかけています。

2020.06.09:nakagawako:コメント(0):[◇岩部山三十三観音]

岩部山三十三観音めぐり紀行 番外編

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岩屋堂地蔵尊

こぶし荘さんの北側にある岩屋堂には第2番から第5番の観音様が彫られています。

岩屋堂には洞穴があり、その中に一基の地蔵尊が鎮座しています。

享保御絵図(享保2年・1717年)には「岩屋戸 此処の中に地蔵あり」と

記述されていることから、観音様よりも古く300年以上前から鎮座しています。

2020.06.09:nakagawako:コメント(0):[◇岩部山三十三観音]

岩部山三十三観音めぐり紀行13

  • 岩部山三十三観音めぐり紀行13
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第13番「石光山 石山寺 如意輪観世音菩薩」

 

後の世を 願ふ心は かろくとも 仏の誓ひ おもき石山

 

現世を重んじて、後の世を願う思いは軽くても

石山寺の観音様のご誓願は、石山のように重く揺るがない。

 

◇「かろく(軽く)」と「おもき(重き)」が対句になっています。

また、おもき「石山」と「石山寺」をかけています。

 

第13番の観音様は8番・11番と共に眺岩に彫られています。

岩の上に彫られていますので、見落とさないようお気をつけください。

2020.06.08:nakagawako:コメント(0):[◇岩部山三十三観音]

川樋山津見神社

  • 川樋山津見神社
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市道川樋線沿いに川樋山津見神社(山の神様)があります。

 

春3か月、つまり1、2、3月の17日は、山に入って木を切ってはいけないとして、この日山仕事を休む。これは置賜一円共通した伝承で、今も守られている。山の神が木を数える日なので、この日山に入ると、木に間違えられて数え込まれ、大怪我をするからだという。

2月17日に祭りが行われる。

山の神はこの日以後田に降りて田の神になるとの伝承がある。再び山の神に戻るのは10月17日である。

山の神社には木製の男根が奉納されていた。山仕事の安全を祈願したものである。山の神は女性で、しかも醜女であったといわれ、そのため男子の参拝は喜ぶが、女には嫉妬するので、女は参拝しないことにしている。

引用:南陽市史

 

 

2020.06.08:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

鬼面石

  • 鬼面石
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天気もすこぶる良くてドライブ日和!

市道川樋線を通行すると「鬼面石」が迫力満点に顔を出します。

南陽市史によると、その昔、ここには大蛇が住んでおり、金山地区側からの山の登り口は「竜の口」とも呼ばれていたそうです。

隠れ座頭という仙人が住んでいて、旧盆には向かいの山まで綱を張って、忍びの道具や衣装を虫干ししていたそうで、その時期には山に入ってはいけなかったそうです。

このほかにも、鬼面石が向かいの山にある石とにらめっこをしたという話も伝わっているそうです。鬼面石はその勝負に負けてしまい、悔しさのあまり流した涙でできたのが鬼面石の下方にある竜の口上堤(たつのくちうえつつみ)だといいます。

 

2020.06.05:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]