天気も良くお出かけ日和なので歴史探索がてらちょっとそこまで、上山の「前川ダム」まで足を運びました。
平日だからでしょうか人はまばらでしたが、釣り人がチラホラ釣りを楽しんでいました。(私も釣りしたい・・・)
せっかく来たのでダムを一周して帰ろうとなり私も何度か前川ダムに来たことはありましたが、ダムの周りを一周できるのは知りませんでした。
結局一周はせず途中で慶長出羽合戦時、最上・上杉両軍の戦死者を葬ったと云う首塚を通り公民館に帰ってきました。
前川の支流北川に架かる蛇ヶ橋(じゃがばし)は小巌橋(こいわばし)とも呼びます。
明治14年(1881)に竣工されたアーチ式の石橋です。
全長6.0m、幅員6.7mで、手すり部分は両端に柱状の石を立て、3枚の厚い板石を並べています。
平成21年に選奨土木遺産に指定されました。
名前の由来は
昔、木橋が洪水で流出した。そこへ旅人が通りかかったが橋がなく川を渡れない。
困っていると、どこからともなく一匹の大蛇が現れ、川を横切り橋になってくれた。
旅人は喜んで杖をつきながら大蛇の背を渡っていった。
ところが誤って大蛇の片方の目を杖で突いてしまった。
大蛇は驚いてどこかへ姿を消してしまった。
それから、この辺に棲む蛇は全部片目になってしまったという。
(殿様が渡ったとする話もあります。)
蛇ヶ橋は平成26年の豪雨で被害に遭いましたが、改修工事が行われ平成27年10月に開通しました。
参考:山形県歴史の道調査報告書 米沢・板谷街道
一字一石経塚(きょうづか)※は元中山公民館西側に所在していました。
平成7年県道改良工事の際、地中に残存する経塚が発見され、調査後隣接地に移設・再埋納されました。
出土したのは経石のみで、その大半は扁平な自然石に1文字ずつ墨書されたものです。
経塚の経碑には寛延元戊辰宿十月吉祥日(1748)と刻まれています。
この経塚が建立された時代は、延享二年(1745)から4年間、東北一円が凶作にみまわれています。3年連続の凶作の秋を迎えた村民が経塚を建立し、翌年の豊作と生活の安定を祈願したと考えられます。
※経典を土中に埋葬し盛土をした塚。追善供養や現世利益などを目的に平安中期から近世にかけて造られました。
参考:南陽市遺跡分布調査報告書(1)