金山地区、原にある追分石です。
釜渡戸道(県道238号)と小滝街道(県道5号)の合流地点から、小滝街道を北に進み、原橋の手前から右の道へ入ると見えてきます。
追分石には「左 太郎前 小滝」「右 中?」と刻まれています。
「中」の下の字は削れていて判読できません。
「中川」もしくは「中山」であれば、釜渡戸道と小滝街道の合流地点にあるはずです。
追分石から右に行っても太郎地区に行くので、追分石の場所が変わったのか?釜渡戸道の合流地点が変わったのか?不明です。
宮内から荷を出す場合、赤湯を経て米沢街道を通らずに、宮内から金山・釜渡戸を越えて中山へと行く道があり釜渡戸道と呼ばれていました。
米沢街道の赤湯・川樋・小岩沢の三つの宿駅を通らずに、次に宿駅の中山へ行くことができます。
三つの宿駅の駄賃を払う必要がないため、多くの荷がこの道を通りました。
(釜渡戸は中山村なので、新たな通行料を取ることは出来ませんでした。)
そのため、赤湯・川樋・小岩沢の三宿では、中山・宮内両村に対して「諸荷物釜渡戸通り附送り差留」についての願上書を差し出しました。
引用:南陽市史
画像1枚目は市道元中山中山線から釜渡戸道の入口です。右に曲がると(画像2枚目)花窪を通って釜渡戸に抜けます。
釜渡戸分校が在った場所の裏(字松ケ沢)から中山へ抜けたという話もあります。
街道沿いの村境にお地蔵様を建立することが多いことから、花窪地蔵堂(画像3枚目)のある花窪から釜渡戸へ通る道(県道238号原中川停車場線)が主に用いられたと考えられます。