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釜渡戸の地蔵堂

  • 釜渡戸の地蔵堂
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釜渡戸地区の赤坂にある共同墓地の中に地蔵堂があり、二十体近くの地蔵様と六地蔵塔(六面幢ろくめんどう)が安置されています。

 

引用:「釜渡戸」を中心とした社会科資料 錦 三郎 著

 

明治※1、釜渡戸分教場が建てられたが、その地ならしの時、瀬戸くずや、白壁の崩れたのを彫りだしたそうである。(中略)また、分教場の入口あたりには多くの地蔵が立ち、六地蔵※2も二基立てられ、その一基には于時※3元禄九天(1696)霜月吉日の銘文がみられる。(中略)

これらの石地蔵、六地蔵は皆赤坂の共同墓地に移された。

 

※1 明治24年12月2日、中山尋常小学校に釜渡戸分教場を設置しました。

   なお、釜渡戸は大字中山に属していました。

   当時、中川地区にあった小学校は川樋尋常高等小学校になります。

※2 次回、紹介します。

※3 于時=時に

2021.10.19:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

10月16日号

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中川公民館だよりを掲載致します

2021.10.18:nakagawako:コメント(0):[◇中川公民館だより]

ウィンク

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ブドウを頂きました。

品種は「ウィンク」

皮ごと食べられて甘酸っぱく、パリッとした触感。

美味しかったです(*^-^*)

2021.10.15:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

小岩沢 道標2

  • 小岩沢 道標2
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「花山道」の道標(みちしるべ)と同じ大正14年(1925)に建てられたのが、県道原中川停車場線と市道小岩沢南沢山線の交差点にある道標です。

 

こちらの道標は風化と削られた跡があり、判読できない文字があります。

正面に「子易観音□二□□□」

側面に「二井宿□□□□□□」

反対側の側面に「大正拾四年四月建設 中川青□會」

(□は判読できず。會は会の旧字体)

と刻まれているように見えます。

 

この当時は青年団と青□会の2つの組織があったようです。

2021.10.15:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

元気

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児童館の子供達はいつも元気です!

楽しそうに園庭をかけまわっています(*^^*)

今年最後のトマト収穫も・・・

2021.10.15:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

赤湯中体育祭

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少し遡りますが、10月7日(木)は赤湯中学校体育祭でした。

今年は女子の応援団長が引っ張ります!

しかも中川の子なんです(*^-^*)

 

2021.10.15:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

小岩沢 道標

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小岩沢地区にある道標(みちしるべ)です。

小岩沢公民館前の坂道を登っていくと右側に建っています。

 

正面に「花山道」

側面に「子易観音経二井宿近道」

背面に「大正十四年五月建 中川青年團小岩沢支部」

と刻まれています。

市道小岩沢南沢山線は「花山道」という名前だったことを初めて知りました。

 

この道は子易観音堂までは車で行けますが、観音堂からは標高600mの急な山を通る山道です。

高畠町二井宿を経て七ヶ宿・奥州街道に通じる近道でした。

2021.10.14:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]
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