ガンバレ!みちのく屋台こんにゃく道場①-玉ゴン-
みちのく屋台こんにゃく道場 の 『玉ゴン』 です。(真ん中が卵のほう) ‘コープすずかわ’さんに水曜の午前中に、いらしているようです。 昨日は雨の中、一生懸命に呼び込みをして頑張っていました。 ポイントカードがいっぱいになったので、『玉コン』を一本サービスしていただきました!ごっつぉさま~(^^) みちのく屋台こんにゃく道場の代表 齋藤淳さんは、上山養護学校の寄宿舎の指導員を10年ほど務めておられました。 齋藤さんは寝食を共にして、ようやく社会に送りだした生徒たちが、一般の企業にはなじめず、2~3年ほどで仕事をやめて帰ってくるケースがとても多いことに、いつも心を痛めてきたそうです。 そして彼らは行き場を失って、家に引きこもってしまう。 もう一度、社会に出てほしいと、齋藤さんは学校を退職。 その退職金と預金をはたいて、立ち上げたそうです。 事実、私のダウン症の姉も米沢養護学校を卒業してからは、いろいろなところに行ってはみたもののなじむことが出来ませんでした。 家にいるしかないのかと思っていました。 そんなとき姉は長井市の【 NPO福祉支援センターすぎな 】との出会いがありました すぎなの原点 ■手を引いても なお歩けない子の手を引き続ける ■言葉を教えても なお話せない子に語りかける ■ほほえみかけても なお笑わない子にもっともっと微笑みかける そんなあたたかな「すぎな」で、姉は生き生きと最後まで輝くことが出来ました。 障がいを持つ子の親は、自分がだんだん年老いたり、先にこの世を去らなければならないとき、大切なわが子が生きていけるのか、本当に気がかりであり、心配です。 自分の子供が健康で五体満足に生まれてくるのが当たり前ではありません。誰にだってその可能性はあるのです。家族にも。 だから、他人事とは思わないで欲しい。関係のない世界だと思わないで欲しい。 地域や社会全体で支えながら、ともに安心して暮らしていける世の中でなければならないと、私は思います。 話は脱線しまくりますが、 このたび、私の父が20年前から叫び続けた「飯豊町に障がい者のための施設を!」ということがやっと実現し、この春に飯豊町福祉事業所『でんでん』が開所されました。 地域で支えるという願いがかない、父はうれしさと同時に、天国の姉に喜んでもらえたかなとホッとしています。 しかしながら、もっと早く実現させたかった・・・姉が生きているうちにと涙をにじませていました。 私はダウン症の姉から 人としてたくさん大切なことを教わりました。なのに、姉がこんなに早く逝ってしまうとは・・・何も恩返しも出来ないままに。 姉ちゃん、私も あなたの喜んでくれるような生き方をしていきたいと思ってるよ。私には何ができるかな。 あー、長くなっちゃった(^_^;) えーと、わが娘 今回は不登校から思ったより早く復活できました~。 いがったー(*^_^*) 朝の登校しぶりはあるけど、頑張ってます。 過敏性腸症候群の症状もまた出てきましたが、自分なりに上手に付き合っていって欲しいなと見守ってるところです。
2010.07.01