究極の賢治”利権”…ついに、株式市場にまで登場~時代に翻弄(ほんろう)される「おらが賢治」!!??

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 「関係人口論の元祖は実は賢治ではないか」―。こんな趣旨の発言に一瞬、あっけにとられた。「都市と地方をかきまぜる」をミッションに掲げ、二地域居住や関係人口の創出などの事業を展開する「(株)雨風太陽」(本社、花巻市)が3年前に株式上場(東証)した際、高橋博之社長は地元の詩人で童話作家、宮沢賢治の世界観を経営理念の基本に据えることを表明した。私自身、賢治による「まちづくり」を一貫して主張していただけに、援軍来たれりと背中を押された気分になっていた。ところが…

 

 「雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナカラダヲモチ…」―。株式上場の直後、地元で開かれた報告会の会場で高橋社長はこの有名な詩を朗々と詠(えい)じながら、持論を展開した。「都人よ 来って/われらに交れ…」という一節が代表作『農民芸術概論綱要』の中にある。高橋社長は「賢治」元祖論の根拠をこの一文に求め、こう述べた。「都市と地方の分断を解消し、共に手を取り合って生きることの大切さを伝えています」―。この本が書かれたのは約100年前。人口動態など社会情勢が全く違う時代のメッセージをそのまま、現代社会に当てはめるという強引な手法に次第に腰が引けてきた。

 

 「日ハ君臨シ/カガヤキハ…」(1番)―。高橋社長は舞台せましと賢治「作詞・作曲」の「(花巻農学校)精神歌」を披露し、400人以上が詰めかけた会場の雰囲気は一気に盛り上がった。私自身のブログ名「ヒカリノミチ通信」もその一部「日ハ君臨シ カガヤキノ/太陽系ハ マヒルナリ/ケハシキタビノ ナカニシテ/ワレラヒカリノ ミチヲフム」(4番)を借用している。涙がこぼれるほどに美しい詩句である。さて、今回の当ブログのテーマはこの「精神歌」論争をめぐる攻防についてである。以下に少し、おさらいをしておく。

 

 花巻農学校精神歌は賢治が当時、“桑っこ大学”と呼ばれていた「稗貫農学校」(現、県立花巻農業高校)の教師時代の大正11(1922)年2月、校歌を持たなかった生徒たちのために作詞。盛岡高等農林学校(現、岩手大学)の学生「川村悟郎」が作曲を担当した(8月3日付と同24日付当ブログ参照)。私はこの事実を元にして「作曲」の誤記載の訂正を求めてきたが、頑としてそれに応じないことに不思議な違和感を抱き続けてきた。そして、ハタと心づいた。焦眉(しょうび)の急になっている「新花巻図書館」問題に対する“立ち位置”の気の遠くなるような乖離(かいり)、つまりは「ダブルスタンダード」(二重基準)ではないかと…

 

 「なぜ、賢治精神を称揚しながら、精神歌が産声(うぶごえ)を上げたそのゆかりの地である稗貫農学校跡地(現花巻病院跡地)への立地に背を向け、市側が進める駅前立地に与(くみ)するのか。例えば、全国に広がる賢治ファンやインバウンドの喚起など病院跡地への立地の方がはるかに関係人口の創出という持論にかなうのではないか。これを裏返せば、結局は賢治の”いいとこ取り”…。関係人口論とはつまるところ、株主を確保のための手段ではなかったのか」―

 

 そういえば、「関係人口」創出のための共同事業体「花巻二地域居住推進コンソーシアム」には同社のほか、花巻市とJR東日本盛岡事業本部、現職市議が社長を務める「Pサポ東北」という会社が名を連ねている。明らかに「駅前」シフトの布陣である。その社名も賢治に由来するらしい「雨風太陽」に対する、以上が私の素朴な疑問である。誤記載の訂正とともに回答を願いたい。

 

 

 一方、高橋社長は報告会の中で、賢治童話『セロ弾きのゴーシュ』についても触れていた。その簡単なあらすじは―

 

●町の活動写真館の人気者であるゴーシュは、音楽団でチェロを弾いていました。しかしあまり上手ではなく、いつも楽長に叱られていました。演奏会まであと10日、演目は「第六交響曲」。ゴーシュは町外れにある水車小屋の自宅に帰ると、毎晩必死にチェロの練習を続けます。するとなぜか次々と訪問者が現れて……。「トロイメライ」をリクエストする三毛猫。音階を習いに来る小鳥のかっこう。スティックを持参して「愉快な馬車屋」を合奏する子タヌキ。そしてチェロの音で子どもの病気を治そうと訪れる野ネズミの母子…

 

●これらの不思議な訪問者との対話を通じて、ゴーシュは自分の演奏に足りない部分を徐々に自覚していきます。そして迎えた演奏会の日、ゴーシュは楽長からアンコールを求められ、かつて三毛猫に聞かせた「印度の虎狩」(賢治の創作曲)を見事に演奏し、大きな賞賛を浴びるのでした(どんど晴れ)

 

 高橋社長はこの童話についてはこんな風に語っていた。「ゴーシュが所属する活動写真館の楽団はいわば、管理され評価のまなざしにさらされる空間。それに対して、ゴーシュが暮らす村はずれの水車小屋は動物たちが遊びにやってくる開放的な空間で、ここでゴーシュは人間性を回復する。都市(活動写真館)と地方(水車小屋)のこの車の両輪をかきまぜるのが、関係人口論のミッションだ」―。我田引水や牽強付会(けんきょうふかい)という言葉が頭をよぎった。ふたたび、眉に唾をつけたくなった。私自身が心を打たれた、もうひとつの「ゴーシュ」観を最後に紹介しておきたい。

 

 「この土地で『なぜ20年も働いてきたのか。その原動力は何か』と、しばしば人に尋ねられます。人類愛というのも面映(おもは)ゆいし、道楽と呼ぶのは余りに露悪的だし、自分にさしたる信念や宗教的信仰がある訳でもありません。よく分からないのです。でも返答に窮したときに思い出すのは、賢治の『セロ弾きのゴーシュ』の話です」―

 

 2019(令和元)年12月、アフガニスタンでテロの凶弾に倒れた医師の中村哲さん(享年73)はその15年前に第14回宮沢賢治イーハトーブ賞を受賞。「わが内なるゴーシュ、愚直さが踏みとどまらせた現地」と題したこんなメッセージを寄せた。『わたしは「セロ弾きのゴーシュ」』(2021年、没後刊)と題する自著を残した中村さんは生前、周囲にこう漏らしていたという。

 

 「自分がやりたくて、やっているのではない。目の前の不条理に巻き込まれ、怒り絶望しながら、気が付けば自分自身が他者に生かされていた」―。動物たちの無理難題の要求に時にはブツブツと文句を吐きながら、それでも愚直に心を通わせる中村さんの姿がまぶたに浮かんだ。私は拙著『「イーハトーブ“図書館”戦争」従軍記』(2026年1月刊)の中にこう書き記している。

 

 「私が新聞記者として、初めて遭遇した最大の出来事は『三池炭鉱炭じん爆発事故』(1963年=福岡県大牟田市)で被災し、重篤な後遺症に苦しむ患者たちの取材だった。485人が死亡し、839人が不治の病と言われた『一酸化炭素(CO)中毒』に侵された。九州大学医学部を卒業した中村さんがその時、若き神経内科医の研修生として、患者の治療に奔走していたことをあとで知った。当時、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の現場で、互いにすれ違っていたかもしれない。いま思えば、その時の運命的な“出会い”が6歳年下ながら、私が哲さんを人生の師と仰ぐきっかけだったように思う。故中村医師のそれが賢治、いやゴーシュであったように…」

 

 賢治が“夢の国”と呼んだイーハトーブ(理想郷)をその賢治精神を基軸にした世界レベルの文化都市に昇華できるか、それとも一地方都市の利便性の中に埋没させてしまうのかー。「関係人口」問題と相まって、“魂のインフラ”とも言われる公共図書館の行方―つまり、まちづくりの根本がいま問われている。

 

 「一日ニ玄米四合ト/味噌ト少シノ野菜ヲタベ…」―。高橋社長が朗誦した詩「雨ニモマケズ」は戦前、国粋団体の「大政翼賛会」によって、農村労働力の収奪に利用された。戦後は一転、学制改革に伴う新しい教科書(中学用国語)の中で「玄米四合」が「三合」に改ざんされるという出来事があった。敗戦後の食糧難に備えるというのが名目だった。そして、今度は”雨風”台風の襲来。「時代」に利用されるという意味で、「おらが賢治」は同時に両刃(もろは)の剣(つるぎ)でもある。

 

 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(前掲『農民芸術概論綱要』)―。高橋社長は人口に膾炙(かいしゃ)したこの言葉を披露して、報告会を閉じた。だからなおさらの事、とくに賢治を語る際には”ダブスタ”は許されないということである。なお、この報告会には上田東一・市長(当時)や高橋豊・花巻商工会議所会頭らが出席して祝辞を述べた。イーハトーブ総がらみで「宮沢賢治」が”収奪”されていく光景がいまも、目の前を行ったり来たりしている。

 

 

 

 

 

 

≪追記≫~県立野亜高校「イーハトー部」

 

 「増子耶寿子です。マスヤスと呼んでください」―。賢治生誕130年にあやかって、第35回宮沢賢治奨励賞(2025年)を受賞した『銀河の図書室』(名取佐和子著)を手に取った。読み始めたとたん、危うく腰を抜かしそうになった。14ページの6行目に「同姓」の名前を見つけたからである。同書は読書好きの数人でつくる高校の同好会「イーハトー部」の仲間たちが宮沢賢治の代表作『銀河鉄道の夜』などを読み解きながら、「ほんとうの幸い」とは何かを求め続ける“青春”小説である。

 

 読み進みながら、私は別の想念に取りつかれていた。妻「増子美恵子」は8年前に病没した。ある種の”賢治狂い”の私の影響を受けたのか、いつの間にか妻も隠れ“信者”になっていたようだった。マスヤスからマスミエへ。その亡妻が今度は何と「イーハトー部」のニューフェイスとして、登場しているではないか。そんな妄想にとらわれた。「弔い月」(8月)が終わる31日にやっと、読了した。「私に逢わせよう」と賢治が急いで連れてきてくれたんだなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

(写真は「中村哲が本当に伝えたかったこと」というサブタイトルをつけた没後刊の最後の本=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

 

本日、賢治生誕130年…”銀河の一票”を託されたイーハトーブ議員たちの初見参は如何に~ドラマは史上初の6冠を達成!!??…

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 「私たちは、一人一人が輝く星で、銀河があんなにきれいなのは、一つ一つの星がきれいだから。輝く気力をなくすこともなく、安心してほんとうのさいわいを見つけることができる。そんな世界を一緒につくりませんか。何か困っていることはないですか。足りないものや多すぎるもの、不安なこと、ままならないことは何ですか。あなたを一人にしません。だから一人にならないで。たった一人のあなたが放つ、たった一つの尊い光。銀河の一票」―。東京都知事選に挑戦した元スナックのママのラスト演説はこんな高まりの中で結ばれる。

 

 テレビドラマ「銀河の一票」(2026年4月20日~6月29日まで全11話、脚本・蛭田直美、関西テレビ制作)は大物政治家の娘で秘書だった星野茉莉(まつり)=(黒木華)が政界の黒い闇を知り、ふとしたことで知り合ったスナック「とし子」のママ、月岡あかり(野呂佳代)を都知事選候補へと担ぎあげる「選挙エンターテイメント」である。ネタバレになるので詳細には触れないが、私はこのドラマを観ながら、原作者は実は宮沢賢治ではないかとふと、思った。

 

 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』―。星野が賢治のこの有名な言葉を読み上げることから、第1話はスタートする。『銀河鉄道の夜』『よだかの星』『グスコーブドリの伝記』『マリヴロンと少女』…。全編を通じて、陰に陽に“賢治”がひょいと、顔をのぞかせる。全11話を見終わった時、私の関心は約1ヶ月後(7月26日)に迫った花巻市議会議員選挙の成り行きに移っていた。「果たして何人の候補者が(月岡)あかりのような心に染みわたるような訴えを『銀河の一票』に届けるだろうか」……

 

 配られた選挙公報に目を通しながら、私は意表を突かれた思いがした。議員定数26人に対し、31人が出馬を表明していたが、ひとりとして「賢治」の「け」の字に言及した候補者がいなかったからである。賢治を強制するつもりは毛頭ない。ただ、「銀河の一票」の余韻がまだ、くすぶっていただけに「一人ぐらいは…」という思いにとらわれたのである。

 

 「はなまき星めぐりコイン」―。一方の市側と言えば、ふるさと納税(イーハトーブ花巻応援寄付金)のひとつとして、旅行前や旅行中に旅先の自治体に寄付ができる電子商品券を2年前に売り出した。「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」(前掲『農民芸術概論綱要』)。劇中に賢治のこんな言葉が挿入される場面が出てくる。私は銀河系に散らばる星たちが今度は「コイン」(金貨)に変身させられ、“金まみれ”になっている賢治が哀れに思えて仕方がなかった。「賢治」を利用したある種の“官製”詐欺ではないのか―。こんな怒りにも似た感情がムラムラと湧き上がってきた。

 

 今回の市議選では新人8人を含む26人が議席を獲得した。新体制下の初議会(9月定例会)は9月9日に開会される(会期は10月5日までの27日間)。“銀河の一票”を有権者から託された議員たちは二元代表制の相手方とどう向き合うのか―いまから、楽しみである。

 

 「銀河の一票」は連続ドラマ(2026年4月~6月放映)を対象とした「第128回ドラマアカデミー賞」で最優秀作品賞のほか、主演女優賞(黒木華)や助演女優賞(野呂佳代)など6部門を独占。史上初の「6冠達成」という偉業を打ち立てた。世の不正義に立ち向かった市井の人々とその背中を押し続けた“おらが賢治”……私は久しぶりに誇らしげな気分になっていた。足元で賢治“利権”の惨(むご)たらしさを見せつけられているから、なおさらである。

 

 ちなみに、本日8月27日は賢治生誕130年に当たる。河出書房新社は文藝別冊『宮沢賢治 増補新版ー玲瓏(れいろう)なる銀河系』を発行。「銀河の一票」で脚本賞を受賞した作家の蛭田さんがエッセイを寄せている。

 

 

 

 

 

 

(写真は「銀河の一票」のひとこま。左が星野、右が候補者の月岡=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記》~あなたがくれた、すきとおった、ほんとうのたべもの

 

 ドラマ「銀河の一票」の脚本を担当した蛭田直美さんが文藝別冊『宮沢賢治 増補新版』に寄せた、同上のタイトルのエッセイを読んだ。静謐(せいひつ)なる死から目を背けないという確固とした覚悟を感じた。大きな反響を呼んでいるこのドラマの底流にも「死を賭(と)す」という“覚悟”のようなものがあるように思った。ドラマの中では主役のまつりとあかりが実際に「死出の旅」に赴(おもむ)こうとする場面が出てくる。

 

 私は大変、死を恐れる子どもでした。…だから、宮沢賢治は怖かった。ときにあっさりと、ときに燦然(さんぜん)と描かれる「死」が、たとえ作中で誰も死ななくても、どうしようもなく立ち昇ってくる「死」の気配が。足るを知り、置かれた場所で精いっぱい正直に、他者を思い、愛と希望を抱いて歩く道の清廉(せいれん)さ、明るさ、崇高さ、命の逞しさを力強く描いているものであっても、道の先に待っている「死」を、当然のものとして見据えているような眼差しが…

 

 あなたがくれたすきとおったほんとうのたべものは、あんなにも恐ろしい時間を、私の内側から確かに支えてくれました。おそろしいみだれたそらから、うつくしい雪がくると信じられました。きっとこれからも(要旨)

 

 

 

 

「市長へのメール」…賢治生誕130年~その背後でうごめく賢治”利権”~見て見ぬふりに異議申し立て!!??

  • 「市長へのメール」…賢治生誕130年~その背後でうごめく賢治”利権”~見て見ぬふりに異議申し立て!!??

 

 「はなまき星めぐりコイン」や「黒ぶだう牛」、「雨ニモマケズ」体験セットなどなど…ふるさと納税(イーハトーブ花巻応援寄付金)の返礼品の中には賢治関連が圧倒的に多いことについては当ブログで度々、触れてきた。しかし、中には明らかに誤記載や“虚偽”広告に該当する案件も見受けられる。その都度、削除や訂正などの善処方を市側に求めてきたがナシのつぶてのまま、いまに至っている。

 

 

 当市の寄付金額は令和5年度に90億円を超え、全国13位(県内ではトップ)の座を射止め、昨年度は若干減ったものの、ざっと70億円を集めた。一方で、こうしたふるさと納税のあり方については、賢治ファンなどから賢治“利用”が目に余るのではないかという厳しい声も聞かれる昨今である。「賢治のまち」のイメージダウンを未然に防ぐため、以下のようなメールを8月24日付で小原勝市長宛てに送付した。回答があり次第、当ブログで公開したい。

 

 

 

 

〈市長へのメール〉~市政運営における「宮沢賢治」の位置づけについて

 

 

 賢治生誕130年に当たる今年、「賢治まちづくり課」を中心に各種イベントなどを企画・運営されていることに敬意を表します。こうした中、明らかに賢治に関する誤記載や虚偽利用を疑わせる案件が散見されます。「賢治のまち」を標榜する当市としては、仮にそうした疑義があった場合、直ちに修正する立場にあると考えます。以下の2点についての対応をお尋ねします。回答は市議会9月定例会が開会する9月9日までにお願いします。

 

 

1)当市は二地域居住や関係人口の創出を図るため、6月定例市議会で関連の5,643千円を予算化した。当該事業に直接関与するのは「(株)雨風太陽」(本社・花巻市、高橋博之社長)。市側は今後、「同社の拠点である花巻ベースを活用したお試し居住などの実証事業に取り組みたい」としている。なお、同社は生産者と消費者をつなぐ「ポケットマルシェ」(ポケマル)として、当市のふるさと納税にも参入している。

 

 ところで、高橋社長は自らが提唱する「関係人口」論の原点を賢治の世界観に求め、たとえば賢治の「作詞・作曲」による「(花巻農学校)精神歌」もそのひとつとして紹介している(8月3日付当ブログ参照)。しかし、作曲を担当したのは実は賢治の知人だというのが定説になっているため、この誤記載のすみやかな訂正を求めてきたが、現在に至るもそのままである。「イーハトーブはなまき」の実現を掲げる当市としては、賢治にかかわるこうした基本的な誤りは決して看過すべきではないと考える。相手方企業に訂正方を申し入れる考えはないか。

 

 

 

2)当市のふるさと納税の返礼品のひとつに「花巻黒ぶだう牛」があり、「ふるさとチョイス」のポータルサイトにはその由来がこう書かれている。

 

 「花巻出身の詩人で童話作家の宮沢賢治の寓話(ぐうわ)『黒ぶだう』で、仔牛がぶどうを食べる描写があることから名づけられた、花巻ならではのブランド牛です。寓話『黒ぶだう』は花巻市御田屋町の旧菊池捍邸が舞台とされ、赤狐に誘われた仔牛が留守の人間の別荘に入り込み、勝手に『黒ぶだう』を食べていたところに住人の公爵一行が帰宅し、逃げ遅れた仔牛は見つかってしまいますが、怒られもせず、逆に黄色いリボンを結んでもらうというものです…」

 

 令和5年3月の定例記者会見で、この「旧菊池捍邸」モデル説に疑義を唱えたのは他ならない上田東一・前市長。その後、モデル説を提唱した関係者も「(モデルだという)確証は得られなかった」と証言して、現在に至っている。この間の経緯を知る立場にある行政側は削除や訂正のないまま公開し続けているが、これは明らかに”虚偽”広告そのものではないか。見解を伺う。

 

 

 

 

(写真は賢治像と復元された旧羅須地人協会の建物=花巻市葛の県立花巻農業高校で、インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

 

 

ふたたび、”民意”のでっち上げということについて…新花巻図書館の「駅前立地」の闇の構造に迫る~さ~て、「イーハトーブ“図書館”戦争」の行く末は!!??

  • ふたたび、”民意”のでっち上げということについて…新花巻図書館の「駅前立地」の闇の構造に迫る~さ~て、「イーハトーブ“図書館”戦争」の行く末は!!??

 

 最近、映画「開戦前夜」を観て、ハタと気づかされたことがある。「日本必敗」ー。日米開戦を前にした「総力戦研究所」(8月15日付当ブログ参照)の科学的な数値(エビデンス)を黙殺した当時の時代の“空気”がまさに、足元の図書館問題と違和感なく、重なったのである。先の大戦時も「いったん、走り出したらもう、止められない」というある種の“強迫観念”(空気観)が泥沼の戦争にのめり込んでいくきっかけだった。3,500人→75人→42人(対話型「市民会議」)…。こうした数値の逆流に歯向かうように、足元のイーハトーブでもいま、「もう止められない」という大合唱が広がりつつある。その“詐術”を以下に検証する。「イーハトーブ”図書館”戦争」の戦雲は如何に……

 

〈注〉~対話型「市民会議」

 

 「駅前立地」を最終決定した合議体で、無作為抽出した3,500人(15歳以上)の中から、参加希望のあった75人で構成。しかし、出席者は毎回構成人員を下回り、4回の会議すべてに出席したのはわずか42人。6人は一度も顔を見せないなど最初から組織の体(てい)をなしていなかった。かつての軍部の暴走を彷彿(ほうふつ)させるではないか。偽「満州国」から偽「駅前図書館」へ……。歴史は繰り返す。

 

 

 

 

 統計学的な蓋然性(確率的な確からしさ)の観点から見ると、この対話型「市民会議」の結果を「市民全体の民意とみなすことには極めて低い科学的な根拠(妥当性)しかない。統計学の原則に照らし合わせると、この調査設計と結果には致命的な歪(ゆがみ)み(バイアス)が生じている。

 

1)サンプルサイズ(42人)による誤差の限界

 

 統計学的に当市の15歳以上の人口(約8万人と推定)を母集団とした場合、信頼度95%で一般的な許容誤差(±5%以内)を満たすには、ランダムに選ばれた最低でも380人程度の有効回答・参加者が必要である。今回、最終的に残ったサンプルサイズ(42人)で計算すると、許容誤差は約15%にまではね上がる。これは市民会議での意思表示として「駅前派が60%、病院跡地派が40%」という結果が出たとしても、統計学的には「実際の市民全体では病院跡地派の方が多い可能性(逆転現象)」を全く否定できない、極めて粗(あら)く精度の低いデータであることを意味する。

 

2)「自己選択バイアス」による無作為性の崩壊

 

 行政側は「3,500人を無作為抽出(ランダムサンプリング)した」と主張しているが、統計学的に有効なのは「抽出された全員(または高い割合で)参加した」場合のみである。

・実際の参加率:75人÷3,500人=2・1%(最終的には42人で1・2%)

・生じた歪み:残り98%近くが辞退した時点で、無作為抽出は完全に崩壊している。この2%未満の参加者は「もともと行政に関心が高い」「時間にゆとりがある」「市の方針に反発がない」といった特定の属性を持つ層に偏る「自己選択バイアス(生存者バイアス)」が強く働いている。そのため、統計学的には「市民の縮図」とは呼べない。

 

2)6,181筆の署名(確定データ)との比較

 

 統計学のサンプリング調査は全体の動向を「推測」するための手法である。一方で、市民団体が集めた、病院跡地への立地を求める直筆署名は行政側が精査した結果、市内在住者だけで、6,181筆に上っている。この数値は全人口88、530人(令和8年2月末現在)の約7%を占めている。「1・2%の偏ったサンプル」から得られた不確実な推測値とこの署名実数(確定データ)を比較した場合、後者の方が圧倒的に高い確率で強固な民意を証明しているのは明らかである。

 

〈結論〉

 

 統計学的な蓋然性の観点から言えば、最終的にわずか42人による合意(「駅前立地」)を「市民の代表的な民意」と強弁することには科学的な説得力はまったくない。従って、このデータを根拠に駅前立地を「民意に基づく決定」とした行政側の解釈は統計学のセオリーを無視した、多分に政治的なレトリック(作られた民意)であったと評価せざるを得ない。なお、以上のような統計学上の観点からの「民意の認識」について、行政側からの説明は一切、なされていない。

 

 

 

 

 

(写真は「駅前立地」を最終的に決定した対話型「市民会議」=花巻市花城の「まなび学園」で)

 

 

 

 

 

 

 

 

“弔い月”の使者…クロの再訪、そして永遠(とわ)の別れか!!??

  • “弔い月”の使者…クロの再訪、そして永遠(とわ)の別れか!!??

 

 夏の甲子園大会準々決勝の花巻東高校と横浜高校の対決が行われた18日午後、手に汗を握って観戦していたその時、背後のガラス窓越しに何かの気配を感じた。それはかぼそい鳴き声のように聞こえた。振り向くと、木製の椅子の上に真っ黒い子猫が体を横たえていた。私はとっさに「クロではないか」と思って、外に飛び出した。同じ「オッドアイ」(金目銀目)。やはり、クロだった。ひとり暮らしの自宅にクロが忍び込んだのは昨年のお盆入りの8月13日。亡き妻が使っていたベッドにちょこんと座っている姿を見て、仰天した。その辺のいきさつについては、2025年10月2日付当ブログに詳しく書いたので参照していただきたい。

 

 約1年ぶりに目の前に現れたクロは心なしか痩せ衰えて見えた。私はやもめ暮らしの先行きを考え、心を鬼にして数週間後には“餌やり”をやめていた。あれから、ざっと1年。それにしても、厳寒の冬も生き抜いて、いままた死者の霊を弔い、平和を願う「8月(弔い月)」に訪ねてくるとは…。野球観戦を終えると、クロの姿はもう消えていた。「8・6」「8・9」「8・15」…。そして、映画「開戦前夜」に考えさせられた“弔い月”の終わりに現れたこの使者は一体、私に何を伝えたかったのであろうか。

 

 

 

 

(写真は18日午後2時すぎ、花巻市桜町の自宅ベランダで)