市の補助対象企業が“虚偽”宣伝…単なる「誤記」では済まされまい~目に余る賢治の“つまみ食い”!!??

  • 市の補助対象企業が“虚偽”宣伝…単なる「誤記」では済まされまい~目に余る賢治の“つまみ食い”!!??

 

 花巻市の看板政策のひとつ「関係人口」創出の補助金を受けている民間企業が誇大広告ならぬ、宮沢賢治の作品の虚偽記載を指摘されながら、修正を怠ったままであることが明らかになった。当該企業は生産者と消費者をつなぐ「ポケットマルシェ」を運営する「(株)雨風太陽」(本社・花巻市、高橋博之社長)で、今年2月に拠点となる「HANAMAKI BASE」を市内中心部にオープンさせた。ミーティングルームや作業スペース、キッチン、宿泊施設などが完備している。

 

 「花巻が生んだ偉人、宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』の中に、『都人(みやこびと)よ来(きた)ってわれらに交(まじ)れ』という一節があります。都市と地方の分断を解消し、共に手を取り合って生きることの大切さを伝えています。『HANAMAKI BASE』は、まさにこのことを具現化していくための拠点になります」―

 

 高橋社長は会社案内(HP)にこう書き、以下のように続けている。「朝7時、『HANAMAKI BASE』から徒歩3分のところにある花巻市役所から、時刻を知らせるチャイムの代わりに、宮沢賢治が作詞作曲した『精神歌』、そして夜7時には『星めぐりの歌』のメロディーが流れます。客室の名前(筆者注=ジョバンニ、カムパネルラ、クランボン)は、宮沢賢治の作品『銀河鉄道の夜』、『セロ弾きのゴーシュ』、『やまなし』の登場人物名になっています」

 

 文中の「精神歌」は正式には「花巻農学校精神歌」。賢治が当時、“桑っこ大学”と呼ばれていた「稗貫農学校」の教師時代の大正11(1922)年2月、校歌を持たなかった生徒たちのために作詞した。先の文中では作曲も賢治とされているが、実際には同僚教師から紹介された盛岡高等農林学校(現、岩手大学)の学生、「川村悟郎」が曲をつけたという説が宮沢賢治学会など研究者の間の定説となっている。

 

 「日ハ君臨シ カガヤキハ/白金ノアメ ソソギタリ/ワレラハ黒キ ツチニ俯シ/マコトノクサノ タネマケリ…」―。詩と旋律とが見事なまでに融合したこの歌はいまでは、“市民歌”としても歌い継がれている。「賢治ゆかりのこの地こそが、賢治精神を詰め込んだ図書館に最もふさわしいのではないか」。一方で精神歌が誕生した旧稗貫農学校跡地(元総合花巻病院)は新図書館の有力な立地候補地として浮上したが、市側はこうした多くの“民意”を無視する形で、駅前立地を強行しつつある。

 

 「二地域居住や関係人口の創出を図るため、イベント等を開催するほか、市内民間施設を活用した『(仮称)花巻市関係人口おためし居住』」―という謳い文句で、市議会6月定例会は「移住定住促進等対策事業費」として、5,463千円を予算を議決した。これを受けて市側は今月8日にワークショップ「二地域居住・お試し居住を考える」を開催。高橋社長も「二地域居住って、なあに」と題するミニトークに参加する予定になっている。

 

 ところで、先の市議会議員選挙(7月26日投開票)で初当選した葛巻徹議員(会派「緑の風」)自らが社長を務める「(株)Pサポ東北」の事務所所も「HANAMAKI BASE」内に置かれている。「精神歌は人口に膾炙(かいしゃ)し、今では世界中で歌われている」という趣旨を込め、私は葛巻議員に対し「単なる誤記では済まされない。すみやかな訂正と賢治精神の学び直し」―を求めるメールを送った。「(高橋さんに)伝えます」という返信があったものの8月3日午後7時現在、まだ「作詞作曲」のまま、放置されている。

 

 「星めぐりコイン」や「黒ぶだう牛」、「雨ニモマケズ」体験セットなどなど、ふるさと納税(イーハトーブ花巻応援寄付金)の返礼品の中には「賢治」関連が圧倒的に多い。例えば、令和5年度の寄付金総額は約90億6千万円で、全国13位(県内ではトップ)の座を射止めた。こうしたふるさと納税にあり方については賢治ファンなどから「賢治」利権を利用した“官製”詐欺ではないかという厳しい声も聞かれる。

 

 

 

 

 

(写真は「関係人口」創出の拠点「HANAMAKI BASE」=花巻市仲町で)

 

望郷記(その1)…“帰郷宣言”~霊峰・早池峰山に誘われながら!!??

  • 望郷記(その1)…“帰郷宣言”~霊峰・早池峰山に誘われながら!!??

 

 ふるさとに戻って、早や四半世紀が過ぎた。後先も見ないまま、がむしゃらに突き進んできた我が“図書館”戦争もハタと気がつけば、敵の包囲網の真っ只中。「そろそろ、店じまいということか」とそんなことをツラツラと考えていたある日、本棚の奥から「望郷記」と題したメモ書きが出てきた。茶褐色に変色した字面の背後から、言葉たちがまるで息を吹き返したかのように飛び出してきた。「そうだったのか。ここに初発の源(みなもと)があったのか」と妙に得心した。先が見えてきた老残(86歳)の“覚書”として、ここに書きとどめておこうと思う。

 

 

 

 

 ご無沙汰しておりますが、お元気のことと思います。さて、私は(2000年)3月31日をもって朝日新聞社を定年退職し、これを機にふるさとに居を移しました。35年間の記者生活の三分の二近くが九州と北海道の勤務でした。筑豊や三池、水俣、沖縄、そしてアイヌコタンや国境のまち・根室、夕張の閉山地帯…。南と北の光景が今もはっきりとまなうらに刻まれています。いずれも近代日本の繁栄に打ち捨てられた光景です。

 

 南北両眼に映る東京(中央)のたたずまいが何とも、グロテスクで不気味なものに見えるようになったのはいつ頃からだったでしょうか。身の置き所がないというか、居心地が悪いという気持ちが近年、ますます強くなっていました。バーチャルランド(仮想国)と化した中央の光景に焦点が合わなくなってきていたのかも知れません。そろそろ潮時だと思っていた時期がちょうど、定年に重なりました。迷うことなく、ふるさとに帰る決心をしました。

 

 ふるさとで久しぶりに腰の曲がったお年寄りたちと出会いました。地面と平行なほどに腰の折れ曲がったおじいさんやおばあさんは言葉少なにこう語るのでした。「貧乏人の子だくさんだったからねぇ。田んぼや畑とにらめっこの人生だったよ」。働く(労働)ということの真の意味を思い知らされる言葉でした。その辛苦を思えば甘い感傷など許されるはずはないと知りつつも、なぜかホッとさせられるのでした。

 

 「背伸びをしながら、落ち着かない表情であたりをキョロキョロと眺めまわして暮らす人間と比べると、一木一草のいのちをじっと、見つめ続けてきたこの人たちの人生の方がはるかに気高いのではないか」と―

 

 これから先は南の眼と北の眼を大きく見開きながら、「化外(けがい)の民」と言われ続けてきた、この地の人々の記憶の古層(例えば、それは蝦夷とか東北アイヌと呼ばれた人々の記憶)をたどる旅を続けたいと思っています。この国の成り立ちを考え直すためにも、そのことがとても大切だという思いを募らせています。

 

 町はずれに掘っ建て小屋を建てました。お年寄りたちが労働の疲れをいやす湯治宿も近くにあります。ぜひ一度、足を運んでください。在職中は本当にお世話になりました。また、これまでの非礼を重ねてお詫びいたします。健康にはくれぐれもお気をつけてください。ますますのご発展をお祈りしております。

 

(2000年=平成12年春、定年と帰郷の挨拶状から)

 

 

 

 

(写真はわが家から遠望する霊峰・早池峰山。この山が望める場所を居所に定めた=花巻市桜町4丁目の自宅から)

 

図書館“論議”、原点に立ち返れ…当選議員の半数以上が「駅前立地」への審議に不関与~小原市長は改めて、丁寧な説明責任を~いまこそ、「二元代表制」の真価を!!??

  • 図書館“論議”、原点に立ち返れ…当選議員の半数以上が「駅前立地」への審議に不関与~小原市長は改めて、丁寧な説明責任を~いまこそ、「二元代表制」の真価を!!??

 

 (7月)26日に投開票された花巻市議会議員選挙の結果、31人の立候補者の中から、26人が新しい議員に選ばれた。内訳は現職が16人、元職が2人でこの2人を除いた8人(新人)が初当選した。新花巻図書館問題が「駅前か病院跡地か」という民意を二分した“立地”論争に発展したきっかけは、2020(令和2)年1月29日、上田東一・前市長が議会や市民の頭越しに突然、公表した住宅付き図書館の「駅前立地」構想だった。一方、この図書館“迷走劇”の当時に在籍していた議員で、今回再選されたのはわずか10人に過ぎない。つまり、全議員26人のうち、実に半数以上の16人が当初からの継続的な図書館”論議”には参加してこなかったことになる。

 

 小原市政は前上田市政の路線を継承し、現在「基本・実施設計」の委託業務が進められている。“駅前図書館”は予定通りに進めば、2030(令和12)年のオープンとなっている。その期間は今回の当選者の任期とすっぽり重なる。この間、令和9年度以降は図書館本体の着工に向けた巨額な予算審議など重要案件が山積している。一方、新図書館の「駅前立地」については、当初の立地候補地の「病院跡地」から現在地に変更になった理由が市側から一切説明されないまま、現在に至っている。さらに、病院跡地への立地を望む6,181筆に及ぶ署名や住民投票の実施要望に対しても小原市政は無視・黙殺の強行姿勢を崩していない。

 

 こうした大プロジェクトを審議する花巻市議会9月定例会は9月9日に開会される(会期は10月5日までの27日間)。とくに、新人議員がイーハトーブ花巻の未来を占う新花巻図書館のあり方について、どんな論戦を挑むかが注目される。他方の小原勝市長は新体制下の初議会において、「駅前立地」に至る経緯について、前市長の”コピペ”発言を繰り返すのではなく、今度こそ自分自身の信念の言葉で説明責任を果たしてほしい。当局側と議会側とが互いに監視し合うという「二元代表制」の真価が問われる時が近づいている。

 

 

 

 

 

(写真は6月定例会で答弁に立つ小原市長=花巻市議会議場で=インターネット中継の画像から)

 

 

 

 

 

 以下に気まぐれに任せて作成した新図書館略年表(戯曲名「新花巻図書館“迷走”交響曲―「駅前立地」というミステリー=作詞・作曲 宮沢賢治)を紹介する。

 

 

●序章(2013年)―「イーハトーブ」(夢の国)の夜明け

 

 花巻図書館整備市民懇話会が発した「知の泉/豊かな時間(とき)/出会いの広場」―をキャッチフレーズに掲げた「花巻中央図書館基本計画」策定(5月)。旧花巻厚生病院跡地(現総合花巻病院)に「こどもの城」を併設する複合施設の立地を決定。大石満男市政下の議会側も了承

 

●第1楽章(2014年)―市長交代、政策転換へ

 

 上田東一・新市長の就任に伴い、「旧厚生病院」跡地案を撤回。新たに策定された「花巻市立地適正化計画」(2016年6月1日)の中で、「まなび学園周辺への図書館の移転・整備事業」と「総合花巻病院の(旧厚生病院跡地へ)の移転・新築」を明記。一躍、旧総合花巻病院跡地が図書館立地の有力候補地に

 

●第2楽章(2015年~16年)―総合花巻病院移転問題が急浮上

 

 「移転整備基本構想」(案)が公表(2015年11月9日)。総事業費99億のうち、市補助金が約30億円。翌年の16年12月2日公表の「移転新築整備・基本構想」(概要)で、総事業費を86・9億円に圧縮、市補助金は19,7500万円(うち、単独補助12億円)

 

●第3楽章(2017年)―“密室”行政の存在が明るみに

 

 公文書の開示請求をした結果、JR東日本と市側との間で非公開の「花巻市まちづくり勉強会」(6月7日)と「花巻駅周辺整備調査定例会」(12月15日)という組織の存在が判明。花巻駅橋上化(東西自由通路)と新図書館とを「ワンセット」(一体化)にする案などを検討。その一方で、市側は立地候補地を複数個所に拡大する「新花巻図書館整備基本構想」(8月15日)を策定

 

●第4楽章(2020年)―あっと、驚く「サプライズ」図書館

 

 正月気分も抜けない1月末、「住宅付き」図書館の駅前立地という構想が議会や市民の頭越しに突然、公表。花巻駅前のJR所有地に50年間の定期借地権を設定し、賃貸住宅を併設するという内容。大方が反対し、同年11月に住宅併設と借地権設定については白紙撤回するも「駅前立地」の旗は降ろさず。新築移転の総合花巻病院がオープン(3月1日)

 

●第5楽章(2021年)―「試案検討会議」という名の世論誘導?

 

 図書館協議会や社会教育委員会議など市側が委嘱する各種団体を主体とする「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」なる組織が誕生。駅前立地へ向けた“地ならし”の先導役に

 

●第6楽章(2022年)―「駅前立地」への動きが急加速

 

 「試案検討会議」の結論を受け、上田市長が9月定例会で「駅前立地」を正式表明。駅前と病院跡地の二つの「事業費比較」調査の実施へ。立地場所の変更には言及せず

 

●第7楽章(2023年)―「病院跡地」への立地を求め、署名運動

 

 「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(瀧 成子代表、3団体で構成)が4,730筆の署名を添えて、上田市長に請願書を提出。最終的な署名数は花巻市内在住者だけで、6、181筆に

 

●第8楽章(2024年)―対話型「市民会議」が発足へ

 

  「事業費比較」調査を受け、立地場所の意見集約を行うための対話型「市民会議」が発足。無作為抽出した3,500人の中から、参加を希望した75人で構成。4回の会議すべてに出席した人はわずか42人で、6人は一度も出席しなかったことが明るみに。集約の結果、「駅前立地」に最終決定。旧花巻病院跡地の譲渡交渉が妥結、価格は約3億2千万円

 

●第9楽章(2025年)―「新花巻図書館整備基本計画」が正式策定へ

 

 パブリックコメント(意見公募)や市民説明会を経て、市教育委員会議で「基本計画」が原案通りに可決。議会側も「駅前立地」へゴーサイン。公募プロポーザルに応募した61企業体の中から「昭和設計・tデ・山田紗子建設設計事務所共同企業体」が設計業務を受託。上田市長が4選出馬の断念を表明

 

●第10楽章(2026年)―新市長が「上田」路線の継承を表明

 

 「市民一丸」を掲げた小原勝・新市長が誕生(2月5日)。新図書館の立地については「上田」路線の継承を明言。「市長との対話」(4月16日)、「市長へのメール」(4月20日)、「市政懇談会」(5月22日)の場でも強硬姿勢は崩さず。「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」が6月4日付で求めた市長権限に基づく「住民投票」の実施に対しても拒否回答。「口先だけの公約ではなかったのか」という批判も

 

●終章(2026年~30年)―銀河の郷 輝く未来へ!

 

 小原市政が強硬路線に転じる中、市民の関心事は7月19日告示、同26日投開票の「夏の陣」(市議会議員選挙)へ。開票の結果、31人の立候補者の中から26人が当選を果たし、令和12年のオープンを目指して新体制がスタート

 

 

 

《追記》~市議選「考現学」~図書館問題の行方は!!??

 

 

 一市3町が合併した「新市誕生」(2006年)以降、今回まで6回の市議選が施行されたが、投票率は下降の一途をたどり、今回(7月26日)の集計では50・37%と過去最低を記録した。前回(2022年)比で4・84%減となり、有効得票数も5,647票と大幅に減った。26人の当選者の中で、前回より票数を伸ばしたのはわずか2人だけで、残りの現職は軒並み減票を余儀なくされた。では、民意を二分した新図書館問題に対する有権者の反応はどうだったのか―数字の群れをかき分けながら、その行方を探ってみた。

 

 市民運動にまで発展したこの案件に積極的に関与した市議会会派に「緑の風」と「はなまき市民クラブ」がある。「緑の風」は2023年11月、「はなまき市民クラブ」から離脱して立ち上げられた。当初は新図書館の病院跡地への立地に主導的なかかわりを持ったが、最終段階では「駅前立地」に舵を切った。最後まで“駅前図書館”に対し、反対を貫いたのは「はなまき市民クラブ」と共産党会派だけだった。

 

 今回の市議選で「はなまき市民クラブ」(3人)は前回に比べて、729票を失ったのに対し、「緑の風」(3人)は倍以上の1,628票の減票を強いられた。病院跡地への立地署名活動を続けてきた市民の一人は「土壇場でハシゴを外された感じだった」と話した。「何かを変えてくれる」と期待したというこの市民の気持ちは、高市“旋風”が巻き起こしたあの高支持率の凋落ぶりとどこか、似ている気がしないでもない。「騙(だま)された」と…

 

 

 

花巻市議会の新体制が決まる…“二元代表制”の確立なるか!!??

  • 花巻市議会の新体制が決まる…“二元代表制”の確立なるか!!??

 

 26日に投開票された花巻市議会議員の新しい顔ぶれは以下の通り。定数26に対し、31人が出馬。内訳は男性28人に対し、女性3人。年齢別では最高齢が80歳(現職)で、最年少は30歳(新人)。現・新・元別では「現職」が16人、「新人」が12人、前議員を含む「元職」が3人となっている。また、60歳代以上が6割以上を占め、期待したほどの世代交代は進まなかった。

 

 

 

得票数(得票順)

候補者氏名(党派名)

得票数

高橋 おさむ(無所属)

2,889票

佐藤 みねき(無所属)

2,207票

小森田 ふみや(無所属)

2,163票

小原 まさみち(無所属)

1,987.811票

佐々木 せいいち(公明党)

1,750票

畠山 かつゆき(無所属)

1,666票

小原 やすのぶ(無所属)

1,547.188票

菅原 ゆかり(公明党)

1,547票

横田 しのぶ(無所属)

1,523票

くずまき 徹(無所属)

1,485票

北条 ひでまろ(無所属)

1,479票

伊藤 ただひろ(無所属)

1,338票

あべ みちこ(無所属)

1,271票

にいやま 敏彦(無所属)

1,252票

藤根 きよし(無所属)

1,247票

てるい 省三(社会民主党)

1,237票

羽山 るみ子(無所属)

1,180票

にたない 一弘(無所属)

1,141票

及川 つねお(無所属)

1,071票

桜井 はじめ(日本共産党)

1,045票

本舘 けんいち(無所属)

1,041票

鹿討 やすひろ(無所属)

953票

おがさわら 悠太(社会民主党)

930票

内舘 かつら(無所属)

906票

高橋 こうき(日本共産党)

860票

三上 まさや(国民民主党)

839票

板垣 武美(無所属)

432票

川井 縁(無所属)

262票

しのへ 泉(無所属)

229票

中屋敷 あつし(無所属)

221票

杉山 そういち(無所属)

168票

 

有権者数

(注)令和8年7月26日午前0時現在の有権者数です。

男 36,153人
女 39,740人
合計 75,893人

 

最終投票者数

(注)かっこ内(パーセント)は投票率です。

男 18,134人(50.16パーセント)
女 20,091人(50.56パーセント)
合計 38,225人(50.37パーセント)

 

 

 

 

 

 

(写真は新しい船出を迎える市議会議場)

「皇室典範」改正の背後でうごめく亡霊たち…今様「アテルイ」の登場なるか~本日、花巻市議選が告示~怒れる賢治!!??

  • 「皇室典範」改正の背後でうごめく亡霊たち…今様「アテルイ」の登場なるか~本日、花巻市議選が告示~怒れる賢治!!??

 

 「皇紀2686年という亡霊みたいな数字が日本全国を徘徊している」―。過日、衆参両院で可決・成立した「皇室典範」改正案の国会質疑の模様をテレビ中継で見ているうちに、記憶の奥深くに沈んでいた“亡霊”が突然、むっくりと目を覚ましたような不意打ちを食らった。「皇紀2686年」とは初代天皇とも呼ばれる神武天皇が即位した紀元前660年から数えて今年がちょうど、2686年に当たるということらしい。『古事記』や『日本書紀』には登場するものの、その「実在性」に疑問符がつきまとう、この人物がなぜ今…

 

 「現在の(茨城県)つくば市は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の途次に立ち寄ったとされ、『ヤマトタケル』伝説が至る所にある。また、そこにある筑波大学では秋篠宮悠仁(ひさひと)親王が学ばれており、皇室ともゆかりの深い地である」―。7月10日開催の衆院議院運営委員会で、日本維新の会の藤田文武・共同代表は改正案に賛成する討論の中で、こんなエピソードを引き合いに出した。「男系(男性)天皇」の正当性を主張するための伏線のつもりだったらしいが、私は「神話」の世界から突然降臨した“現人神”(生き神)の出現に動転してしまった。

 

 「アテルイ没後1200年」―。私が長い記者生活から42年ぶりにふるさとに戻った直後の2002(平成14)年、その地は異常なたたずまいに包まれていた。「血が騒いだ」「体が震えた」「背中がザワザワした」…。当時、東北先住民「蝦夷」(えみし)の英雄「アテルイ」(阿弖流為)を主人公にした「わらび座」(秋田県仙北市)のミュージカルが全国各地で上演されていた。会場に足を運んだ人々の口から、こんな感情移入とも言える言葉がこぼれ落ちた。「まさか、1200年も前の歴史上の人物に…」と首をかしげた私自身、アテルイの降臨を目の前に見たとたん、体がわなわなと震えたのを覚えている。「まるで、DNA(遺伝子)の記憶が長い眠りから目覚めたみたいではないか」―

 

 4世紀後半、第12代景行天皇の皇太子・ヤマトタケルノミコトによる「東征」に続いて、今度は第50代の桓武天皇下、奈良時代末期(8世紀末)から平安初期(9世紀)にかけて、本格的な“蝦夷征伐”(えぞせいばつ)が行われた。陣頭指揮に立ったのは征夷大将軍・坂上田村麻呂。一方、“まつろわぬ民”と蔑(さげす)まされていた蝦夷を率いたのがアテルイだった。この戦いは「38年戦争」と言われるほどの長期にわたったが、アテルイは「和議」という奸計(かんけい)にはめられ、延暦21(802)年、河内国(現大阪府)で打ち首に処せられた。

 

 「こうした古代からの歴史(皇紀2868年)を踏まえれば、男系(男性)天皇こそが我がニッポン国の本来の姿ではないか。日本の伝統文化はここに礎(いしずえ)が築かれた」―。藤田共同代表の熱弁にはさらに熱がこもっていた。刹那(せつな)、“国体”護持というきな臭いが鼻先に漂った。不吉な予感が走った。力づくで「愛子」天皇を排除しようとするその背後に私はもうひとつの権力の暴力を見てしまっていた。

 

 「没後1200年」に際し、私たち有志はわらび座の地元公演を企画し、公演に先立って5回の連続講座を開催した。タイトルは「悪路王からアテルイへ」―。“悪路王”という汚名を返上し、本来の東北先住民としての名誉を回復するための草の根からの運動だった。そして、気の遠くなるような時空を経たいま、「皇室典範」改正という隠れ蓑を使って、既に無効になったはずの“蝦夷征伐”をもう一度、正当化しようとする底意が見え隠れする。

 

 「万世一系」なる、いわゆる“血統”主義はアテルイも愛子さんも同時に排除しようとする暴力装置、あるいはそれを可能とするクーデターであるとさえ言える。日本初の女性首相がなぜ、これほどまで頑(かたく)なに「女性天皇」を拒み続けるのか―ナゾは深まるばかりである。ついでに言えば、日本の最高神で皇室の祖先神とも言われる「天照大神」(アマテラスオオミカミ)は女性神だったらしい。その一方で、過度な「愛子天皇」待望論も一個人に対する人権侵害―つまり男女差別と紙一重であることも肝に銘じておきたい。いま一度、「天皇制」の在り方を根本から論じ直す時なのかもしれない。

 

 本日(19日)、新しい市議会議員を選ぶ選挙が告示された。26日に投開票される。果たして、不正義に正々堂々と異議申し立てができる「今様アテルイ」(当然のことながら、ここには男女差は存在しない)が登場するや否や…。ついに、「純国産の核保有を」ーと訴える候補者も現れた。今回の市議選ほど、その「選択」の重要性が問われる選挙はあるまい。足元のイーハトーブでは図書館問題をめぐって、異論(民意)を黙殺しようとする企みが着々と整いつつある。片や永田町に目を向けると、皇室典範の改正をめぐって、”言論の府”であるべき国会がまるで、カルト化(誇大=古代妄想教)の様相を呈しつつある。

 

 

「立法府(国会)の総意=国民の総意」(皇室典範改正)VS「市議会の同意=市民の総意」(新花巻図書館)―こんな”詐術”が堂々とまかり通っている。

 

 

 

 

 

(写真は告示日の翌日にようやく出そろった候補者の掲示ポスター。果たして、この中にアテルイの志を持った候補者はどれほどいるだろうか=7月20日午後、花巻市内で)

 

 

 

《追記ー1》~自称会派「アテルイ」!!??

 

 26日投開票の花巻市議選に立候補予定の届け出が告示日の19日午後5時で締め切られ、定数26に対し、31人が正式に出馬を表明した。内訳は男性28人に対し、女性3人。年齢別では最高齢が80歳(現職)で、最年少は30歳(新人)。現・新・元別では「現職」が16人、「新人」が12人、前議員を含む「元職」が3人となっている。また、60歳代以上が6割以上を占め、期待したほどの世代交代は進まなかった。

 

 さてところで、私は2010(平成22)年、70歳にして初当選し、その約半年後に東日本大震災(3・11)に遭遇した。初質問はいわゆる、“ドアマン”事件。議員たちが議場に出入りするたびに当局側の議会事務局員がホテルのドアマンよろしく、ドアを開閉する姿に「議員って、何様だ」と怒りが沸点に達した。「即時中止」を双方のトップに求め、この一件は落着を見たが、その後のバッシングが酷かった。

 

 「新人の議員のくせに被災地支援にばかり、力を入れている…」―。こんな集団リンチみたいな誹謗中傷が革新系会派を含めたほぼ、全会派から浴びせられた。「義援金流用」疑惑や「(議員による)さっさと帰れ」発言を追及した私が逆に「懲戒」処分に処せられたことについては、当ブログで何度か触れた。いまだから白状するが、私はそんな時、自称1人会派「アテルイ」を内心で名乗るようにしていた。会派の構成要件は3人以上の議員。1週間後に迫った今回の市議選では同じ志をも持つ人たちが当選を果たし、正式にこの会派を立ち上げてほしいと心から願いたい。「処分」は言うまでもなく、私にとっては掛け替えのない“勲章”である。

 

 

《追記―2》~現代版「雨ニモマケズ」(作詞=怒れる賢治)

 

 選挙ニモマケズ/総裁選ニモマケズ/支持率低下ニモマケヌ丈夫ナ神経ヲモチ/決シテ眠ラズ/休日ニタクサンアイロンヲカケ/アラユルコトヲ 維新ヲカンジョウニ入レテ考エ/異論ニ耳ヲ貸サズ

 米国ニ専制君主アレバ/平和ノ使者ダト持チアゲ/奈良ニ鹿アレバ/外国人ガ蹴リアゲルト言イ/国会ニ質問アレバ/閉会ノ間際ニナッテ陳述書ヲ出シ/骨太ノ方針アレバ/財政健全化ノ旗ヲ下ロシ

 テレビニ映ル発表ノトキニハ/ニコヤカニ笑ッテイル/ソウイウ政治家ニ/ナリタカッタノデスカ(7月23日付朝日新聞コラム「素粒子」より)