“悪代官”行政、どこまで…花巻病院の移転・新築の二の舞を踏むのか~補助金がらみのなれの果て!!??

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 「まるで、トンビに油揚げをさらわれたようなもんじゃないか」―。上掲した広告チラシを見ながら、私は地元業者がもらしたうめきにも似たつぶやきを耳元に思い出していた。当初、新花巻図書館の移転先と決まっていた旧厚生病院跡地へ突然、総合花巻病院が移転・新築したのは6年前の2020(令和2)年3月。一方、そのわずか1か月余り前には新図書館の立地が予定されていた「花巻病院」跡地にいきなり、住宅付き図書館の「駅前」立地(いわゆる“上田私案”)という青天の霹靂(へきれき)が降ってわいた。当時はそんな上田“狂騒曲”のただ中にあった。

 

 上田東一・前市長は2014(平成26)年2月に初当選し、真っ先に手がけたのが花巻病院問題だった。就任早々、行政主導型で移転・新築計画を進め、総事業費約87億円に対し、市政始まって以来最大規模の約20億円の補助金を大盤振る舞いした。久しぶりの大型プロジェクトに地元の関連業者は沸き立った。元請けは戸田建設東北支店と藤正建設(花巻市)の共同事業体(JV)で、各種請負などで43社が「協力会社」として、参入した。ところが、当市に本社を置く業者で受注できたのはわずか4社で、ほとんどが仙台市など県外業者に独占されていた。

 

 上田前市長は「花巻市立地適正化計画」(2016年)の中で「病院移転×駅橋上化×新図書館建設」をまちづくりの3点セットに位置づけ、「まなび学園周辺への図書館(複合)の移転・整備事業」と明記した。ところが、病院の移転・新築騒動に明け暮れる中、議会や市民の頭越しに突然公表されたのが前述した“上田私案”だった。その後、住宅併設などの部分は撤回されたが、「駅前立地」路線は小原勝・市長にそのまま継承され、2030(令和12)年度内のオープンに向けて、計画は着々と進められている。

 

 「もし可能なのであれば、スポーツ用品店敷地を市有地にして、図書館を建てるというのが駅前案の中でも最も望ましい方向…岩手県内でも立派な仕事をしている建設会社はありますし花巻市内の会社でもあるので、できれば地域のしっかりした会社ができるのであれば地域の会社にやってもらって…」(会議録要旨)―。2022(令和4)年9月に開催された12回「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」の場で、有識者委員のひとりの佐々木史昭・花巻商工会議所副会頭はこう発言している。

 

 「この試案検討会議の意見を踏まえた上で、駅前の土地をJR東日本から買収する交渉を開始することについて、市民に説明したいと考えているところであります」(令和4年9月議会「会議録」から)―。上田前市長はこうした論議を受けたうえで、「駅前立地」を初めて正式に口にした。ところで、前述の佐々木さんは公益財団法人「花巻国際交流協会」の理事長の要職にあるほか、自ら鉄道事業などに実績のある建設会社の経営者でもある。

 

 主として、JR側の鉄道事業などを請け負う独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(JRTT鉄道・運輸機構)は鉄道周辺の工事の安全確保のため「線路近接工事安全対策」規定を定め、工事に参入できる有資格業者名簿を公開している。花巻市内でこの工事資格を有する業者は全部で11社で、佐々木さんが経営する会社も含まれている。「羹(あつもの)に懲りて、膾(なます)を吹く」―。ふと、こんな諺(ことわざ)が頭をよぎった。「病院問題で地元業者が邪険に扱われたことを反省した上田前市長が今度は一転、地元業者に目配りした」―とまあ、こんなことなのかもしれない。

 

 「代表なくして、課税なし」―。米国は7月4日、独立250周年を迎えた。その独立戦争の際に使用されたこのスローガンがふいに頭を去来した。本国政府(英国)の支配からの解放を願った言葉である。地元やその民意をないがしろにする「上田」強権支配が違和感なく重なり合ったのである。「なぜ、病院跡地から駅前へ」という私の問いかけに二人の首長は口を閉ざしたままである。ならば、この謎解きに勝手に挑戦するしかない。「結局、“駅前図書館”も利権が先行したハコモノだった。そこには『図書館とは何ぞや』という理念論争のひとかけらもなかった」―。この答えが的外れなら、是非とも反論してほしい。

 

 

 

 

(写真は花巻病院の落成を特集した業界紙の2019年11月18日付紙面=インターネット上に公開の資料から)

賢治生誕130年…「ヒドリ×ヒデリ」論争から「行ッテ」論争へ~いまも続く「雨ニモマケズ」受難劇!!??

  • 賢治生誕130年…「ヒドリ×ヒデリ」論争から「行ッテ」論争へ~いまも続く「雨ニモマケズ」受難劇!!??

 

 「賢治さんの『雨ニモマケズ』の中で、『北ニ…』のフレーズにだけ『行ッテ』という惹句(じゃっく)が入っていないのは単なる書き忘れなのではないか」―。NHKEテレで6月29日に放映された「こころの時代シリーズ『宮沢賢治―久遠の宇宙に生きる』」について、賢治の弟清六さんの孫にあたる宮沢和樹さんがこんな趣旨を語っているのを聞き、強い違和感を覚えた。かつて、同じ詩をめぐって、「ヒドリ(日取り)かヒデリ(日照り)か」という論争があり、後段の「サムサノナツ」(冷害)に対称させる意味では「ヒデリ」(干ばつ)の方がふさわしいという理由で、教科書などでは原文にあった「ヒドリ」は誤記とされ、「ヒデリ」に変更された経緯があった。

 

 こうした“語呂合わせ”みたいな賢治解釈に私は不満を抱き続けてきたが、今回、米国出身の詩人で翻訳家のアーサー・ビナードさんがこの「行ッテ」論について、“距離感”の観点から新しい解釈をしていることを知った。ビナードさんは以下のように語っている。

 

 「東・西・南の『病気』『看病』『死』は、人間の力ではどうしようもない、寄り添うべき『不可抗力の苦しみ』であるため、すぐに駆けつける必要がある。一方で、北の喧嘩や訴訟は、人間が自分勝手なエゴで自ら作り出している『くだらない争い』である。だからこそ、わざわざこちらからその争いの渦中に首を突っ込んで『行ッテ』あげる必要などない。遠くから一喝して『つまらないからやめろ』と言えば十分なのだ」―

 

 ビナードさんの「行ッテ」論にうなづきながら、私は唐突にある裁判闘争のことを思い出していた。東日本大震災(3・11)で児童74人(うち、行方不明4人)と教師10人の命が奪われた大川小学校(石巻市)の旧校舎はいま、震災遺構として現状保存されている。その山際に面した野外ステ-ジには「未来を拓く」(校歌のタイトル)というスロ-ガンを掲げた巨大な壁画が張りめぐらされ、一角には宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の一節や銀河鉄道が宇宙を飛ぶ光景が描かれている。

 

 ドキュメンタリ-映画「生きる」(寺田和弘監督、2022年)は23人の遺族(19家族)が石巻市と宮城県を相手取った「国家賠償」訴訟の記録である。2019年10月、最高裁は上告を棄却し、学校側や市教委が避難訓練を怠るなどした「平時からの組織的過失」を認めた仙台高裁判決が確定した。

 

 「北ニケンクヮヤソショウガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ」―。裁判を担当した吉岡和弘弁護士はあえてこの一節を引用し、パンフレットの中でこう語っている。「日本社会には今なお、『裁判などはしてはならない』という法意識が通奏低音のように国民の身体に染みついている。一方、我が国の行政組織内には『行政は誤りを犯さない。犯してはならない』という行政無謬性(むびゅうせい)論がはびこる。官側に立つ者らはそうした無言の圧力に押されるように『ミスは犯していない』と言い張り、『真実を知りたい』と願う遺族たちと衝突する」―

 

 「ツマラナイカラヤメロ」という賢治のメッセージに抗する形で遺族たちが裁判を起こした背景には「真実を明かそうとしない」官側への止むにやまれぬ気持があったのだと思う。だからこそ、賢治は「ツマラナイ」争いごとは互いにとことん話し合って解決することの大切さを訴えたのではないのか。「全世界に行って、福音を宣(の)べ伝えなさい」(新約聖書「福音書」)―。イエス・キリストが弟子たちに命じた「大宣教命令」にはこう書かれていると、知人が教えてくれた。カソリック教徒でもあるビアードさんが「行ッテ」にこだわる理由がやっと、分かったような気がした。

 

 《雨ニモマケズ》「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」体験セット―。花巻市のふるさとの納税には「賢治」にちなんだこんな返礼品がずらりと並んでいる。まるで、賢治“利権”のオンパレードではないか。「世界平和」を願う詩「雨ニモマケズ」の受難劇に終わりは見えそうにない。生誕130年の今年こそ、賢治の「懊悩」(おうのう)に分け入ってみたいと思う。

 

 

 

 

(写真は旧大川小学校の巨大壁画。「雨ニモマケズ」の冒頭の雨と風は津波によって、削り取られている=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

《追記―1》~「雨ニモマケズ」受難劇:PART1

 

 1942(昭和17)年、国策遂行を目的に組織された「大政翼賛会」の文化部が編集した『詩歌翼賛』の中に収録され、とくに戦争に向けた農村労働力の強制収奪に利用された。さらに、傀儡国家「満州国」でも中国語訳され、戦意高揚のために都合よく利用された。

 

 

《追記―2》~「雨ニモマケズ」受難劇:PART2

 

 敗戦後は一転、学制改革によって、この詩を中学生用の教科書に収録する際には「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」という部分が「玄米三合」に改ざんされた。戦後の窮乏期、「四合」では贅沢すぎるというのがその理由だった。広島原爆の悲惨を描いた井伏鱒二は代表作『黒い雨』の中で、この詩にまつわるエピソードをある主婦の言葉を借りて、こう綴っている。

 

 「一日に四合というのを、三合と書きかえるのは、曲学阿世(きょくがくあせい)の徒のすることです。子供がこの事実を知ったら、どういうことになりますか。おそらく、学校で教わる日本歴史も信じなくなるでしょう。もし宮沢賢治が生きかえって、自分でかきなおしたとすれば話はまた、別ですが…」

 

 

 

「市民一丸」から「市民不在」へ…素顔を見せた「小原」強権体質~『暴力装置』と化したイーハトーブの二元代表制~改めて「市長へのメール」の提出へ!!??

  •  「市民一丸」から「市民不在」へ…素顔を見せた「小原」強権体質~『暴力装置』と化したイーハトーブの二元代表制~改めて「市長へのメール」の提出へ!!??

 

 「羽山るみ子議員(はなまき市民クラブ)から、6月16日に行われた一般質問の再質問の内容に関し、一部不適切な部分があったので訂正したいとの申し出がありましたので、市議会会議規則第64条の規定に基づいて、これを報告します」―。花巻市議会6月定例会最終日の26日、藤原伸議長のこの発言を聞きながら、私は市側も議会側も性懲りもなく再び、“自縄自縛”(じじょうじばく)の罠(わな)にはまり込んでいるなと独りごちた。実は私自身、まさに“公開処刑”みたいな卑劣な仕打ちにあった苦い経験を持っているからである。

 

 「花巻市議会会議規則第137条(「議員は、議会の品位を重んじなければならない」=当時、現在は144条に変更)に規定する品位の尊重に違反するものである。よって、戒告する」―。いまから15年前の12月定例会の本会議で、私は冒頭の理由で「懲戒」処分に処せられた。発端は東日本大震災に際し、全国から寄せられた義援金が法律で禁止されている「一般会計」に繰り入れられていたという、いわゆる「義援金流用」疑惑である。当時、当市に避難していた沿岸被災者はその成り行きを見守るため、傍聴席を埋め尽くしていた。

 

 「さっさと帰れ」―。新人議員の私が疑惑追及を続けているさ中、今度は議員のひとりが傍聴席に向かって、信じられないような“暴言”を投げつけた。前述した「処分」はこんな経過を辿った中で強行された。私はやがて、誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)や罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐の渦中に投げ込まれた。例えば、こんな…。「自作自演の狂言じゃないのか」「被災者を議場に呼び込んで、扇情まがいなことを企む」「民主主義のルール、多数決の論理にも従わず暴言を続ける71歳の悪あがき」「議員なんて辞めて、お遍路にでも出た方が市民が喜ぶと思いますよ」…

 

 今回の「訂正」問題に関連し、同じ会派の本舘憲一議員が「(市側が要求した)訂正箇所はどこか」とただした結果、質問中に出てくる「虚偽」や「疑惑」という字句がそれに該当することが判明した。「あの時の悪夢と同じ構造。まさに市側と議会側が結託した、質問封じのための「見せしめ」―”集団リンチ”そのものではないか」―。私は羽山議員が質問した録音データを聞きなおしながら、怖気(おぞけ)が走るのを覚えた。そして、その前後の文脈から、この表現は上田東一・前市長が新図書館と駅橋上化とは実は「別物」だと強弁したことに対する羽山議員の正直な“異議申し立て”だと理解した。

 

 「その通りじゃないか。虚偽や疑惑を生じさせたのはそもそも、上田発言をベースにした市側の“詭弁”の数々がその発生源ではなかったのか。その上田前市長が乱発した“反問権”をその場(議場内)で行使すれば、それで済む話しではなかったのか」―。私は窮鼠(きゅうそ)が猫を噛んでいる光景を想像しながら、4年前の「ワンセット」発言をまざまざと思い出していた。そういえば、自ら「墓穴を掘る」という諺(ことわざ)もある。

 

 「JRは花巻駅の橋上化をやりたいと思っており、橋上化の話が進めば、土地の売買について真剣に話をしてくれる可能性はある。橋上化がなくなった際には、駅前に図書館を建設することについてもどうなるか分からない」(会議録から)―。上田前市長は令和4年6月、ある市政懇談会の場でこう述べている。「別物」論から「ワンセット」論へ。上田流「ご飯論法」(東大話法)の破綻ぶりがここに凝縮されている。

 

 同じ市政懇談会の場で今度は私自身が小原勝・新市長から憲法に保障された「知る権利」を蹂躙(じゅうりん)されるという屈辱を受けた(5月22日付当ブログ参照)。二代にわたる首長の横暴をこれ以上、許してはなるまい。羽山議員とともに私自身の名誉回復のため同日付(6月26日)で、以下の内容の「市長へのメール」を送付した。永田町界隈では高市首相に関わる「誹謗中傷」疑惑に対する追及の手が収まる気配はない。イーハトーブはなまきの二元代表制の“堕落”ぶりとは雲泥の差である。「説明責任」から逃れようとする姿勢はまさに、高市”逃亡劇”と瓜ふたつである。

 

 議会最終日のこの日からちょうど一か月後の7月26日、新しい市議会議員(定数26)の顔ぶれが出そろう。31人(予定)が争う激戦が予想されるが、今回の「羽山質問」問題を教訓に新体制下においては「行政側を監視する」という原点にぜひ、立ち戻ってほしい。今回ほど、有権者の良識が問われる選挙戦はない。

 

 

〈市長へのメール〉

 

 日頃の市政運営に感謝を申し上げます。

 

 さて新市長に就任以来、市民参画手続きに基づき「市長との対話」(4月16日)、「市長へのメール」(4月20日)、「市政懇談会」(5月22)―と3回にわたって、新花巻図書館問題に関わる見解を求めてきましたが、誠実な回答が得られないまま、いまに至っています。とくに市政課題について、ひざ詰めで意見を交わす市政懇談会においては事実上の「回答」拒否という信じられない対応に驚かされました。

 

 宮沢賢治のふるさと「イーハトーブ」の図書館にはまさに、彼が「夢の国」と呼んだ理想郷にふさわしい時空間の存在が期待されます。そのためには市民の多様な想いを集約した図書館づくりが欠かせません。重複する部分もありますが、以下について改めて市長の見解を伺います。駅前開発に対する国の補助金が大幅減額されるなど情勢が目まぐるしく転変する折り柄、7月10日(金)までに回答をいただけますようよろしくお願い申し上げます。なお、具体的な回答をいただけない場合はその理由も明記することを求めます。

 

 

●新図書館の立地場所は当初、花巻市立地適正化計画の中で「まなび学園周辺」と明記されていたが、その後JR花巻駅前のJR所有地に住宅併設の「図書館」構想が浮上。これが白紙撤回されたあと、単体の図書館の「駅前立地」に方向転換し、現在に至っている。この立地場所の変更について、駅橋上化事業との関連も含めて、JR側とはどのような話し合いがなされたのか。市民の多くがこの点に最大の疑念を抱いているので、誠実に答えてほしい。

 

●駅前立地を最終的に決定したとされる対話型「市民会議」については、構成人員(75人)に対し全会議4回のすべてに出席したのはわずか42人。6人は一度も出席しなかったことが明らかになっている。一方、「病院跡地」への立地を求める署名数は市側が精査した結果、花巻市内分だけで「6,181人」に上っている。この数字について、小原市長は「市長との対話」の中で「選挙の世論調査と同じで、その信頼性には疑問がある」と話している。その考えにいまも変わりはないか。この二つの「民意」の乖離(かいり)についてどう考えるか、改めて見解を伺う。

 

● 「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(代表 瀧成子)は6月4日付で、市長権限による「住民投票」(「花巻市まちづくり基本条例」)の実施を求める要望書を提出したが、市長はこれに否定的な回答をした。一方で、「基本条例」によると、住民投票の実施に必要な手続きは別途「条例等で定める」と明記されているにも関わらず、条例が制定された平成20年以来、18年近くもこの“細目条例”は定められていない。こうした「行政の不作為」は可及的すみやかに改められなければならない。いつ頃を目途に条例を制定し、その時点で改めて住民投票を実施する考えはあるか。仮に実施した場合、その「民意」の結果をどう評価するつもりか。

 

 

 

 

 

 

(写真は登壇質問する羽山議員=6月16日午前、花巻市議会議場で、インターネット中継の画面から)

 

 

 

 

《追記ー1》~請願が逆転採択…市議選後の会派構成に注目!!??

 

 

 16日開催の市議会最終日、今議会に提出されていた請願「大迫地域の中心市街地の振興策の一助とされる『エーデルワイス展示館』の整備の促進が図られることを議会として監視すること」―について、付託委員会(総務常任委員会)での不採択をひるがえし、“逆転”採択になるという珍しい議決が行われた。二元代表制の原則に照らしてもまさに、当たり前の判断である。

 

 当ブログで紹介した孤高の羽山議員が今度は格調高い口調で「原案賛成」の討論。その結果、賛成13VS反対10の賛成多数で土壇場での採択となった。反対に回った議員は以下の通り(敬称略)。この面々の顔ぶれを見ながら、私は思わず宙を仰いだ。「いつの間に、干からびた蝉の抜け殻みたいな”呆け者”に成り下がってしまったのか。イーハトーブ議会に精神の貧者がこんなにもいたとは…」。宮沢賢治が掲げる”理想郷”の選良たちのこの想像力の欠如たるや、もはや目を覆うばかりである。

 

 伊藤盛幸、似内一弘、鹿討康弘、小森田郁也(緑の風)、照井明子、櫻井肇、久保田彰孝(共産党花巻市議団)、及川恒雄、横田忍(明和会)、内舘桂(はなまき市民クラブ)

 

 

 

《追記ー2》~蟲毒の壷とイーハトーブ!?

 

 「蟲毒(こどく)の壷」とは古代中国に伝わる呪術のひとつで、100種類の(害)虫たちを壷の中に閉じ込め、共食いさせる儀式。最近、高市首相を最後に生き残った「蟲毒」=魑魅魍魎(ちみもうりょう)に例える話がSNS上で話題になっているが、「羽山質問」問題の背後にも同じような蟲毒たちがうごめく姿が二重写しになった。あな、恐ろしや。

 

 ちなみにウィキペディアなどによると、「魑魅魍魎」とは妖怪変化や化け物の総称とされるが、私利私欲のために悪だくみをする者や陰謀が渦巻く場所に巣食う怪しげな人間たちを比喩する時にも使われる。

 

 

 

 

 

 

「賢治」抜きの「新花巻図書館」WS…個別の質問はあわや、排除の”出来レース“!!??

  • 「賢治」抜きの「新花巻図書館」WS…個別の質問はあわや、排除の”出来レース“!!??

 「音楽、映像、飲食、園芸、ものづくり、あそび、まなび」―。21日開かれた図書館WSで、その機能を7つのテーマごとに仕分けしたグループワークの資料を見て、オヤッと思った。「花巻らしい図書館として、宮沢賢治専用スペースの設置方法について、検討するものとする」(「業務委託契約書」)と明記された、その“賢治色”がどこを探しても見当たらなかったからである。「イーハトーブ」ならではの図書館の生命線とも言えるこの項目が欠落しているのに焦った私は「個別に質問したいことがある」と要求した。「今日のスケジュールにその予定はない」と市側は突っぱねたが、やっと設計業務を受託した「昭和設計・tデ・山田紗子建築設計事務所共同企業体」(JV企業体)の昭和設計建設設計部の小平弥史・主席が応対してくれた。

 

 「その件についてはまだ、市側から具体的な要請はない。いずれにせよ、契約上の守秘義務があるから、金額面を含めて公開は控えたい」―。開会中の市議会6月定例会で小原勝市長が「内示された駅前開発にかかる国庫補助金が2億7千万円以上の大幅減額になったのを受け、受注者側にコスト縮減を求めたい」と発言したのを受け、私はその点を質問した。市民の関心が高い問題だけに「ノーコメント」発言に失望した。

 

 一方、先に提出した公開質問状(5月12日付)の中で「空調設備(ダクト)に“又三郎シャフト”と命名したのは地元の風土感覚から見てもいかがなものか」と問うていたのに対し、小平主席は「確かに安易なネーミングだと反省している。今後は賢治が農民芸術の舞台として設立した私塾『羅須地人協会』が映し出す世界観をベースに設計を進めていきたい」。さらに、駅橋上化(東西自由通路)との「調和の考慮」(「業務委託契約書」)については「乗降客の増加は単純には見込まれないのではないか。そのことに過剰に期待することはしないで、図書館としての機能を高めていきたい」と語った。

 

 市民の意見を集約する図書館WS(ワークショップ)はこの日で全3回の日程は終了し、今後は「駅前立地」に向けた動きが一気に加速する。市民の関心は目の前に立ちはだかる国庫補助の“壁”に向けられている。なお、表題にあえて”出来レース”と記したのはそもそも、このWSの参加者(60人前後)のほとんどは「駅前立地」に”お墨付き”を与えた新花巻図書館整備基本計画試案検討会議や対話型「市民会議」の委員だったメンバ-で、私を含むいわゆる公募委員はわずか10人程度に抑えられた。”アリバイ”作りがミエミエではないか。

 

 

 

 

(写真は“駅前図書館”への意見を集約する第3回WS=6月21日午後、花巻市大通りのなはんプラザで)

 

 

《追記》~「そもそも」

 

 「市政堂」を名乗る方から、次のようなコメントが届いた。公募委員の私もこの”茶番”に嫌気がさして、途中退席した。「ワークショップやら、市民の意見を聞く機会は一応用意されてはいるようだが、それはちゃんと反映されるのか?よくある、単なるパフォーマンスではないのか?これに付き合わされる市民の皆さん、本当にご苦労様。思い出した!JR花巻駅東西自由通路整備の市民の意見に対して…意見が寄せられた際は、素晴らしい意見だ!とさんざん持ち上げておいて、結局は色々と規制があり"全て却下"」

 

 

 

「時間が取れたら、お会いしたい」…市長の「つっけんどん」答弁に議場がシ~ン~国庫補助の大幅減額に議論が集中!!??

  • 「時間が取れたら、お会いしたい」…市長の「つっけんどん」答弁に議場がシ~ン~国庫補助の大幅減額に議論が集中!!??

 

 「時間が取れたら、お会いしたい」―。19日開催の市議会6月定例会の議案審議の場での小原勝市長の答弁に議場内は一時、凍りついたように静まり返った。照井明子議員(共産党)が新花巻図書館問題に関し、「病院跡地への立地を求める市民団体が市長面談を要望しても多忙を理由に断られるケースが多いと聞いている。市民一丸を掲げる市長はもっと、対話を大切にすべきではないか」とただした際の応答である。

 

 議会中継を見ていた私もこの“つっけんどんな”な受け答えにびっくりした。実は「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(代表 瀧成子)が6月4日、住民投票に関する市長宛ての要望書を提出する際も「7月にならないと会えない」と担当部課をたらい回しにされた経緯があったからである。さらに、要望書に対する回答が届いたのは2週間後の今月18日になってからだった(6月18日付当ブログ参照)。こんな中、“口先”公約を批判する市民の声も次第に大きくなっていた。

 

 この日の議案審議では「駅橋上化」事業や新図書館建設など駅前開発にかかる国庫補助が大幅減額になったことに議論が集中した(6月16日付当ブログ参照)。総額2億7650万3千円という減額内示を受け、この日提案された補正予算案では「駅橋上化」事業については約1億5,2388万円の減額。一方、新図書館建設についは、国からの補助が約1億2,407万円の減額になったため、急きょ合併特例債の増額やまちづくり基金の取り崩しなどして、約8,093万円を追加要求する苦しい予算編成を余儀なくざれた。

 

 審議の結果、照井議員は「橋上化にかかるJR負担分はわずかに4億円弱。実質的な新駅建設なのだから、応分の負担をJR側に求めるべきだ」とし、羽山るみ子議員(はなまき市民クラブ)は「今回の大幅減額によって、将来への不透明性が増した。こんな中、拙速な予算措置には慎重になるべきだ」とそれぞれ、反対討論をした。採決の結果、この二つの事業を計上した「第1号補正予算」は(案)賛成17対反対5で可決された。

 

 

 

 

(写真は「時間が取れたら…」と発言するに止まった小原市長=6月19日午後、花巻市議会議場で、インターネット中継の画像から)

 

 

 

《追記》~「行けたら、行きます」

 

 「宴会大好き人間」を名乗る方から、こんなコメントが届いた。「宴会に誘われて『行けたら、行きます』なんて言ってると、そのうち誘われもしなくなりますよ。気を付けて!」