「皇室典範」改正の背後でうごめく亡霊たち…今様「アテルイ」の登場なるか~本日、花巻市議選が告示!!??

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 「皇紀2686年という亡霊みたいな数字が日本全国を徘徊している」―。過日、衆参両院で可決・成立した「皇室典範」改正案の国会質疑の模様をテレビ中継で見ているうちに、記憶の奥深くに沈んでいた“亡霊”が突然、むっくりと目を覚ましたような不意打ちを食らった。「皇紀2686年」とは初代天皇とも呼ばれる神武天皇が即位した紀元前660年から数えて今年がちょうど、2686年に当たるということらしい。『古事記』や『日本書紀』には登場するものの、その「実在性」に疑問符がつきまとう、この人物がなぜ今…

 

 「現在の(茨城県)つくば市は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の途次に立ち寄ったとされ、『ヤマトタケル』伝説が至る所にある。また、そこにある筑波大学では秋篠宮悠仁(ひさひと)親王が学ばれており、皇室ともゆかりの深い地である」―。7月10日開催の衆院議院運営委員会で、日本維新の会の藤田文武・共同代表は改正案に賛成する討論の中で、こんなエピソードを引き合いに出した。「男系(男性)天皇」の正当性を主張するための伏線のつもりだったらしいが、私は「神話」の世界から突然降臨した“現人神”(生き神)の出現に動転してしまった。

 

 「アテルイ没後1200年」―。私が長い記者生活から42年ぶりにふるさとに戻った直後の2002(平成14)年、その地は異常なたたずまいに包まれていた。「血が騒いだ」「体が震えた」「背中がザワザワした」…。当時、東北先住民「蝦夷」(えみし)の英雄「アテルイ」(阿弖流為)を主人公にした「わらび座」(秋田県仙北市)のミュージカルが全国各地で上演されていた。会場に足を運んだ人々の口から、こんな感情移入とも言える言葉がこぼれ落ちた。「まさか、1200年も前の歴史上の人物に…」と首をかしげた私自身、アテルイの降臨を目の前に見たとたん、体がわなわなと震えたのを覚えている。「まるで、DNA(遺伝子)の記憶が長い眠りから目覚めたみたいではないか」―

 

 4世紀後半、第12代景行天皇の皇太子・ヤマトタケルノミコトによる「東征」に続いて、今度は第50代の桓武天皇下、奈良時代末期(8世紀末)から平安初期(9世紀)にかけて、本格的な“蝦夷征伐”(えぞせいばつ)が行われた。陣頭指揮に立ったのは征夷大将軍・坂上田村麻呂。一方、“まつろわぬ民”と蔑(さげす)まされていた蝦夷を率いたのがアテルイだった。この戦いは「38年戦争」と言われるほどの長期にわたったが、アテルイは「和議」という奸計(かんけい)にはめられ、延暦21(802)年、河内国(現大阪府)で打ち首に処せられた。

 

 「こうした古代からの歴史(皇紀2868年)を踏まえれば、男系(男性)天皇こそが我がニッポン国の本来の姿ではないか。日本の伝統文化はここに礎(いしずえ)が築かれた」―。藤田共同代表の熱弁にはさらに熱がこもっていた。刹那(せつな)、“国体”護持というきな臭いが鼻先に漂った。不吉な予感が走った。力づくで「愛子」天皇を排除しようとするその背後に私はもうひとつの権力の暴力を見てしまっていた。

 

 「没後1200年」に際し、私たち有志はわらび座の地元公演を企画し、公演に先立って5回の連続講座を開催した。タイトルは「悪路王からアテルイへ」―。“悪路王”という汚名を返上し、本来の東北先住民としての名誉を回復するための草の根からの運動だった。そして、気の遠くなるような時空を経たいま、「皇室典範」改正という隠れ蓑を使って、既に無効になったはずの“蝦夷征伐”をもう一度、正当化しようとする底意が見え隠れする。

 

 「万世一系」なる、いわゆる“血統”主義はアテルイも愛子さんも同時に排除しようとする暴力装置、あるいはそれを可能とするクーデターであるとさえ言える。日本初の女性首相がなぜ、これほどまで頑(かたく)なに「女性天皇」を拒み続けるのか―ナゾは深まるばかりである。ついでに言えば、日本の最高神で皇室の祖先神とも言われる「天照大神」(アマテラスオオミカミ)は女性神だったらしい。その一方で、過度な「愛子天皇」待望論も一個人に対する人権侵害―つまり男女差別と紙一重であることも肝に銘じておきたい。いま一度、「天皇制」の在り方を根本から論じ直す時なのかもしれない。

 

 本日(19日)、新しい市議会議員を選ぶ選挙が告示された。26日に投開票される。果たして、不正義に正々堂々と異議申し立てができる「今様アテルイ」(当然のことながら、ここには男女差は存在しない)が登場するや否や…。今回の市議選ほど、その「選択」の重要性が問われる選挙はあるまい。足元のイーハトーブでは図書館問題をめぐって、異論(民意)を黙殺しようとする企みが着々と整いつつある。片や永田町に目を向けると、皇室典範の改正をめぐって、”言論の府”であるべき国会がまるで、カルト化(誇大=古代妄想教)の様相を呈しつつある。

 

 

「立法府(国会)の総意=国民の総意」(皇室典範改正)VS「市議会の同意=市民の総意」(新花巻図書館)―こんな”詐術”が堂々とまかり通っている。

 

 

 

 

 

 

 

(写真は告示日の翌日にようやく出そろった候補者の掲示ポスター。果たして、この中にアテルイの志を持った候補者はどれほどいるだろうか=7月20日午後、花巻市内で)

 

 

 

《追記》~自称会派「アテルイ」!!??

 

 26日投開票の花巻市議選に立候補予定の届け出が告示日の19日午後5時で締め切られ、定数26に対し、31人が正式に出馬を表明した。内訳は男性28人に対し、女性3人。年齢別では最高齢が80歳(現職)で、最年少は30歳(新人)。現・新・元別では「現職」が16人、「新人」が12人、前議員を含む「元職」が3人となっている。また、60歳代以上が6割以上を占め、期待したほどの世代交代は進まなかった。

 

 さてところで、私は2010(平成22)年、70歳にして初当選し、その約半年後に東日本大震災(3・11)に遭遇した。初質問はいわゆる、“ドアマン”事件。議員たちが議場に出入りするたびに当局側の議会事務局員がホテルのドアマンよろしく、ドアを開閉する姿に「議員って、何様だ」と怒りが沸点に達した。「即時中止」を双方のトップに求め、この一件は落着を見たが、その後のバッシングが酷かった。

 

 「新人の議員のくせに被災地支援にばかり、力を入れている…」―。こんな集団リンチみたいな誹謗中傷が革新系会派を含めたほぼ、全会派から浴びせられた。「義援金流用」疑惑や「(議員による)さっさと帰れ」発言を追及した私が逆に「懲戒」処分に処せられたことについては、当ブログで何度か触れた。いまだから白状するが、私はそんな時、自称1人会派「アテルイ」を内心で名乗るようにしていた。会派の構成要件は3人以上の議員。1週間後の迫った今回の市議選では同じ志をも持つ人たちが当選を果たし、正式にこの会派を立ち上げてほしいと心から願いたい。「処分」は言うまでもなく、私にとっては掛け替えのない“勲章”である。

 

 

 

 

 

“呪われた”「駅前図書館」…蹴散らかされた“民意”と“暴力”行政の正体が露わに~「市長へのメール」を全面公開へ!!??

  • “呪われた”「駅前図書館」…蹴散らかされた“民意”と“暴力”行政の正体が露わに~「市長へのメール」を全面公開へ!!??

 

 「イーハトーブ図書館をつくる会さんの全国から4,730筆という意味ですけれども、花巻市の図書館をつくるのにですね、あまり意味のない数字をあたかも大きく感じるような形でここに、これをそのまま受け止めてそのまま書くというものは、やっぱりいかがなものかという気がいたします。このような書き方は私は反対いたします。それは(この発言は)議事録に残していただきたいと思っております」(令和6年1月30日開催の第14回「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」の会議録から)―。これは新花巻図書館の「駅前立地」の強行論者だった有識者委員のひとり、佐々木史昭・花巻商工会議所副会頭の発言である(7月6日付当ブログ参照)

 

 同上の「イーハトーブ図書館をつくる会」(瀧成子代表)はちょうど1年前に結成され、この日の「試案検討会議」に初めて、オブザーバーとしての参加が許された。3団体で構成された「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(同代表)の一翼を担い、「病院跡地」への立地を呼びかける署名活動を続けた。佐々木さんは公益財団法人「花巻国際交流協会」の理事長の要職のほか、自ら鉄道事業などに実績のある建設会社の経営者でもある。「4,730」という数字に敵意をむき出しにした瞬間だった。最終的な署名数は全国で10,269筆に達し、うち当市在住者は半数以上の6,181筆に上った。当時の上田東一市長が議会答弁などで「佐々木」発言の背中を押し続けた。その見事なばかりの”二人袴”ぶりは今でも目に浮かぶ。

 

 「(病院跡地への誘致)を最初から掲げ、それに賛同する人だけを街頭やインターネットで集めた署名は市民全体の意見を公平に反映しているとは言えない」―。こう言ってのけた上田前市長は今度は得意技の“東大話法”(ご飯論法=詭弁)を繰り出した。「地方自治法に基づく署名については、代筆の場合には御家族の場合であっても代筆は認められない。認められるのは、字を書けないとかそういう方については、いろいろな理由で代筆を認められているのです。ただし、地方自治法においては、代筆した場合には代筆をした方、代理人の方も代理人として代筆したという署名をしなくてはいけない」(令和7年3月議会の予算特別委員会の会議録から)―

 

 賛同者の署名集めがまるで、“捏造”(ねつぞう)まがいでもあるかのような口ぶりに議席の一角から悲鳴にも似た声があがった。「それもこれもやはり市側があまりにも駅前に固執して、市民が納得できない進め方をしてきているのが原因というふうに感じておりますので、市民を悪者にしないでいただきたい」(同会議録から)―。議会中継を聞きながら、私は思わず背筋がざわッとした。「もうひとつの“民意”(駅前立地)をでっち上げるための差別むき出しの“暴力”そのものではないか」

 

 対話型「市民会議」―。得体の知れない組織が突然、姿を現したのはこんなドサクサにまぎれてのことだった。無作為抽出した3,500人の中から、参加を希望した75人で構成したという触れ込みだったが、4回の会議のすべてに参加したのはわずか42人、一度も参加しなかった人が6人もいた―という茶番劇については当ブログで何度も触れてきたので繰り返さない。私の脳裡にこびりついているのは虚飾に満ちた上田前市長の以下のような口上である。記者会見や市議会、市民説明会などで振りまかれた余りに「虚飾」が過ぎる内容ゆえに逆に、その正体が透けて見えてくるという代物である。例えば、「特定の利害や先入観」―暗に病院跡地への立地を求める市民に向けられたと思われるこの言葉にこそ、この人物の”排外主義”が如実に表れている。

 

 「市が実施した『対話型市民会議』は住民基本台帳から無作為に抽出された、特定の利害や先入観を持たない一般の市民が集まったものである。データに基づき、複数回にわたり時間をかけ、熟慮を重ねた結果(アクセスや活性化の面で駅前を有利とする判断)こそが最も偏りのない信頼すべき民意である」―。一方、後継の小原勝市長も選挙の世論調査をタテに相変わらず、”減らず口”を叩いている。その市議選は約1週間後の今月19日に告示される(投開票は同26日)。であるからこそ、有権者の皆さんには今度こそ、本当の「民意」を選択してほしいと心から願いたい。以下に「市長へのメール」の質問と回答を掲載する。一読して、市政の最高責任者として、自ら意思決定した痕跡は全く感じられない。

 

 傍らのテレビが「愛子」天皇の実現を求める署名の受け取りを自民党が拒否したというニュースを伝えている。そういえば、「4,730筆」を直接、受けることを拒んだのも前市長だった。あっちでもこっちでも“民意”つぶしの嵐が吹き荒れている。悲喜劇『真夏の世の夢』(シエイクスピア)が「高市」劇場と「イーハトーブ」劇場で同時上演されるという“世紀末”の風景……。本日(10日)、こうした民意に背を向ける形で「皇室典範」改正案が衆院本会議で賛成多数で可決された。野党の中道改革連合や国民民主党、参政党が賛成に回った。

 

 

 

 

(写真は市主催「としょかんワークショップ」。市民参画をうたったこの種のイベントのほとんどは「駅前立地」へ向けた地ならしだった。上田市政がスタートした直後にJR側と市側との間で非公開の”秘密会”が開催されていたのがその何よりの証拠である。コロナ下で参加者全員がマスクを着用していた=令和2年9月27日、花巻市葛の市交流会館で)

 

 

〈市長へのメール〉の質問状~6月26日付

 

 日頃の市政運営に感謝を申し上げます。

 

 さて新市長に就任以来、市民参画手続きに基づき「市長との対話」(4月16日)、「市長へのメール」(4月20日)、「市政懇談会」(5月22)―と3回にわたって、新花巻図書館問題に関わる見解を求めてきましたが、誠実な回答が得られないまま、いまに至っています。とくに市政課題について、ひざ詰めで意見を交わす市政懇談会においては事実上の「回答」拒否という信じられない対応に驚かされました。

 

 宮沢賢治のふるさと「イーハトーブ」の図書館にはまさに、彼が「夢の国」と呼んだ理想郷にふさわしい時空間の存在が期待されます。そのためには市民の多様な想いを集約した図書館づくりが欠かせません。重複する部分もありますが、以下について改めて市長の見解を伺います。駅前開発に対する国の補助金が大幅減額されるなど情勢が目まぐるしく転変する折り柄、7月10日(金)までに回答をいただけますようよろしくお願い申し上げます。なお、具体的な回答をいただけない場合はその理由も明記することを求めます。

 

●新図書館の立地場所は当初、花巻市立地適正化計画の中で「まなび学園周辺」と明記されていたが、その後JR花巻駅前のJR所有地に住宅併設の「図書館」構想が浮上。これが白紙撤回されたあと、単体の図書館の「駅前立地」に方向転換し、現在に至っている。この立地場所の変更について、駅橋上化事業との関連も含めて、JR側とはどのような話し合いがなされたのか。市民の多くがこの点に最大の疑念を抱いているので、誠実に答えてほしい。

 

●駅前立地を最終的に決定したとされる対話型「市民会議」については、構成人員(75人)に対し全会議4回のすべてに出席したのはわずか42人。6人は一度も出席しなかったことが明らかになっている。一方、「病院跡地」への立地を求める署名数は市側が精査した結果、花巻市内分だけで「6,181人」に上っている。この数字について、小原市長は「市長との対話」の中で「選挙の世論調査と同じで、その信頼性には疑問がある」と話している。その考えにいまも変わりはないか。この二つの「民意」の乖離(かいり)についてどう考えるか、改めて見解を伺う。

 

● 「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(代表 瀧成子)は6月4日付で、市長権限による「住民投票」(「花巻市まちづくり基本条例」)の実施を求める要望書を提出したが、市長はこれに否定的な回答をした。一方で、「基本条例」によると、住民投票の実施に必要な手続きは別途「条例等で定める」と明記されているにも関わらず、条例が制定された平成20年以来、18年近くもこの“細目条例”は定められていない。こうした「行政の不作為」は可及的すみやかに改められなければならない。いつ頃を目途に条例を制定し、その時点で改めて住民投票を実施する考えはあるか。仮に実施した場合、その「民意」の結果をどう評価するつもりか。

 

 

〈市長へのメール〉への回答書~7月10日付

 

 

 増子 義久 様

 

 日頃から市政にご関心をお寄せいただき御礼申し上げます。この度、市長へのメールをいただき、具体的な回答をいただきたいとのことでしたので、以下長文になりますがご理解を賜りますようお願いいたします。

 

 

〇立地場所の変更について、駅橋上化事業との関連も含めて、JR側とはどのような話し合いがなされたのか。

 

 平成28年6月に策定した「花巻市立地適正化計画」では「生涯学園都市会館(まなび学園)周辺への『図書館(複合)の移転・整備事業』」と記載しておりました。しかしながら、現花巻図書館は、公共交通機関が少ないため利用に偏りがあり、新しい図書館を建設するにあたって、より多くの市民の皆様に利用をいただきたいと考え、公共交通機関利用者にも便利な駅前への立地も市内部で検討するようになり、「花巻市立地適正化計画」策定後の平成29年8月に定めた、図書館建設にあたっての根幹となる構想「新花巻図書館整備基本構想」の段階では、総合花巻病院の跡地を含む生涯学園都市会館(まなび学園)周辺への立地も考えつつ駅前への立地の可能性も考えて、建設場所について特定の場所を定めず「候補地を数箇所選定した上で基本計画において場所を定める」としたものです。

 

 なお、これらの検討を踏まえ、JR東日本盛岡支社と協議の結果、JRでは土地の売却は考えておらず土地の賃貸借は可能であるとのことから、令和2年1月29日に、JR花巻駅前の土地を定期借地して上層階に賃貸住宅を併設する「新花巻図書館複合施設」の事業構想について公表いたしましたが、市議会から定期借地、賃貸住宅併設等に反対があったところであり、市議会において「新花巻図書館整備特別委員会」が設置され、令和2年12月17日付で、次の提言が示されました。

 

①建設場所について「新花巻図書館整備基本構想の建設場所に関する方針に基づき、都市機能誘導区域内へ整備することとし、市が提案する花巻駅周辺及びまなび学園周辺のいずれかとされたいこと。なお決定に当たってはその経過及び理由を明確に示し、市民の理解が得られるよう努めること。」

 

②建設用地について「建設用地は市有地とすること。借地に建設することにより将来にわたる財政負担と、土地利用上における権利関係の不安要素は避けるべきであること。」

 

③複合施設について「図書館単独での整備基本とすること。新花巻図書館整備基本構想に盛り込まれた市民のくつろぎと交流のスペースとして、飲食コーナーは図書館に必要な機能の一つとして位置づけ、整備を検討されたいこと。」この提言を踏まえて、市は複合施設整備事業構想を撤回いたしました。

 

 令和2年には、図書館の中身やサービス等も検討し、具体的な「基本計画」を作成するため、どのような図書館が必要か意見を聴くことを目的に、高校生と20代、公募市民(希望者全員12名)と関係団体の皆さんによるワークショップを開催し、この段階においては、市がこれまで検討してきた建設候補地として、総合花巻病院跡地も含めた生涯学園都市会館(まなび学園)周辺4か所、花巻駅前2か所を公表し、ワークショップ参加者の皆さんにも建設場所について検討していただきました。

 

 令和3年には、図書館司書や学校図書館関係者、社会教育関係者、市内団体から推薦を受けた方、総合花巻病院跡地への建設を希望する団体などの新図書館に関心のある団体の代表などで構成する「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」を設置し、ワークショップで出された意見等を基に市が作成した基本計画の試案について検討をいたし、令和4年度には、建設場所についても協議していただきました。

 

 市からは生涯学園都市会館(まなび学園周辺)及び駅前の6か所の建設候補地を示しておりましたが、その中から総合花巻病院跡地と花巻駅前のJR所有地の2カ所の意見が多くなり、検討会議においては最終的に花巻駅前のJR所有地がいいとする意見が多くなりました。

 

 これにより、令和4年10月から計17回の市民説明会を行い、基本計画試案の概要とともにJR花巻駅前の建設候補地は購入する必要があることから、その条件を示してもらうように、JR東日本に協議することについて説明いたしましたが、市民説明会では、総合花巻病院跡地がいいとする意見も多くあり、また双方の候補地に建設した場合の事業費が不明だと比較ができないとの趣旨の意見も多くありました。

 

 このため、双方の候補地に建設した場合の事業費を示すために市議会での予算議決を経て、令和5年度から双方の候補地についての事業費調査を行い、この間にJR東日本から示された建設候補地の概ねの売買価格等を含めた調査結果を用いて、建設候補地について対話型の市民会議を開催することとし、この経費についても市議会の予算議決を経て、令和6年11月から市民会議を開催いたしました。

 

 建設候補地については、市民の間で二つの場所に意見が分かれ、また市の説明では納得いかない方もいらっしゃることから、市民間で対話をして意見集約を図る市民会議を実施したものです。市民会議に参加の皆さんは無作為に抽出された皆さんであり、その中には署名に参加された方や総合花巻病院跡地を希望する方もあったと聞いております。いろいろな考えからそれぞれ二つの場所を推す方々があり、様々な意見をお持ちの皆さんで対話していただき、その結果示された意見を建設候補地選定に係る判断材料とし、市として建設場所を花巻駅前のJR所有地としたところです。

 

 以上のような経緯で立地場所の選定が進められたと説明を受けており、また、これまでも市議会や市民説明会においてご説明してきたものと承知しています。

 

 

〇「市長との対話」での発言と、二つの「民意」の乖離(かいり)についてどう考えるか。

 

 「市長との対話」での発言として、市民会議の参加者や署名数について「私から数字として統計的に学問的に説明はできない」という旨の発言はいたしましたが、「その信頼性に疑問がある」という発言はしていません。

 

 二つの「民意」の乖離についてどう考えるかとのことですが、それぞれが貴重なお考えをお持ちであり、その貴重さゆえにどちらか一方の意見にまとまることは難しかったと考えておりますが、そうした中でも、今後、お互いの意見に耳を傾けながら、お互いに寄り添っていくことで、花巻市にふさわしく、新しくて誇らしい図書館を共に創り上げていくことは可能ではないかと考えております。総合花巻病院跡地案の良い点などを設計に取り込める部分は含めていけるように検討しているところです。

 

 当日もご説明しましたが、既に駅前に建設することで市議会において予算が議決され、設計が進んでいることは尊重しなければならないと考えています。現在の図書館は、老朽化が進み、収蔵数を増やせず、バリアフリー化など読書環境も十分ではありません。市民の皆さまに、環境が整った新しい図書館をできるだけ早く使っていただけるよう、事業を着実に進めていきたいと考えています。

 

〇いつ頃を目途に住民投票に係る条例を制定し、その時点で改めて住民投票を実施する考えはあるか。仮に実施した場合、その「民意」の結果をどう評価するつもりか。

 

 平成20年に花巻市まちづくり基本条例が制定されて以降、花巻市まちづくり基本条例第25条に基づく住民投票の請求が行われた事例がなかったことから、住民投票の手続きを定める必要性が生じていなかったと認識をしております。

 

 いつ頃を目途に条例制定をするかとのことですが、花巻市まちづくり基本条例第25条に基づく住民投票の請求があった場合と考えております。その際は、住民投票を実施するために必要な手続きや要件などのルールを設定するなど、適切かつ公平な投票となるよう、他市の事例も参考としながら条例等の具体的な内容を熟慮していくこととなります。

 

 また、条例等の内容について市民の皆様からご意見を伺う市民参画を実施することが想定され、そのうえで条例案を作成し、市議会に付議することになるものと考えられます。住民投票を実施した場合、その「民意」の結果をどう評価するつもりかにつきましては、花巻市まちづくり基本条例第24条第2項に「市民、市議会及び市の執行機関は、住民投票の結果を尊重するものします」と規定されております。市としましては、住民投票の結果を尊重し、市がその結果を総合的に判断して進めていくものと認識しております。

 

 

 

 花巻市長 小 原  勝

 

<担 当 課 生涯学習部新花巻図書館整備室 (電話24-2111 内線621)>

<担 当 課 地域振興部地域づくり課    (電話24-2111 内線261)>

 

 

 

《追記ー1》~共感です!

 

 「ひろ花」と名乗る方から、過去のブログ記事について「大多数の市民の意見と思います。特に、図書館利用者&学び学園利用者の総意に近いはずです。私は図書館を60年程利用しております」という内容のコメントが寄せられた。当該ブログについては以下のアドレスからどうぞ。

 

 ある「FB」記事に見る……市議会議員の「思想と行動」、いや「資質とレベル」~ブログが炎上の気配に~“開かずの扉”が少しづつ!!??

  http://hanamate.info/?p=log&l=545115

 

 

 

《追記―2》~エーデルワイス展示館

 

 「はなひろ」を名乗る方から引き続き、以下のようなコメントが届いた。『エーデルワイス展示館』の整備の件、知りませんでした!興味深く、夫々の論点を議会事務局から、公開入手したく思います。

https://samidare.jp/masuko/note?p=log&lid=559416

 

 

 

《追記―3》~相似形、いや瓜二つ!!??

 

 こんな社説がかつて、禄(ろく)を食んでいた朝日新聞に掲載された。最近の“翼賛”ぶりに購読をやめていたが、今回は曲がりなりにも筋を通したではないか。再講読しようかな。「民意」という空気を読めない点では、永田町界隈と新図書館の「駅前立地」へと猪突猛進する小原市政と同じだなぁ。思わず、「皇位継承のあり方」を「新図書館のあり方」、「立法府」を「市当局」に置き換えて、読んでしまった。

 

 「皇室典範改正案の国会審議が始まり、衆院の委員会そして本会議で即日、可決された。与党のほか、中道改革連合などの各党も賛成した。国のかたちに関わる重大テーマが様々な疑問を抱えたまま、わずか3時間余で質疑を終えた。成立へとひた走るさまは、立法府の責任をまっとうしたとはとても言えない。…皇位継承のあり方を、国民的な議論なくして既成事実化していいはずがない」(7月11日付「朝日新聞」社説)

 

 

 

《追記―4》~木っ端役人

 

 「Gemini」を名乗る方から、以下のようなコメントが寄せられた。「永田町」騒動との相乗効果のせいなのか、この欄がにわかに賑やかになってきた。投稿、大歓迎です。 

 

 「『木っ端役人(こっぱやくにん)』とは、地位が低く、取るに足りない下級の役人をあざけって言う言葉です。『木端(こっぱ)』は、木を鋸などで切ったときに出る小さな木屑や切れ端を意味しており、そこから『つまらないもの』『価値の低いもの』という比喩として使われています。主な特徴と使われ方意味合い:大した権限を持たない役人への蔑称・罵り言葉。転じたニュアンス:自分の責任範囲しか見ず、事なかれ主義で、上には弱く一般市民には横柄な態度を取るような、お役所仕事をする人を皮肉る際にも使われます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“悪代官”行政、どこまで…花巻病院の移転・新築の二の舞を踏むのか~補助金がらみのなれの果て!!??

  • “悪代官”行政、どこまで…花巻病院の移転・新築の二の舞を踏むのか~補助金がらみのなれの果て!!??

 「まるで、トンビに油揚げをさらわれたようなもんじゃないか」―。上掲した広告チラシを見ながら、私は地元業者がもらしたうめきにも似たつぶやきを耳元に思い出していた。当初、新花巻図書館の移転先と決まっていた旧厚生病院跡地へ突然、総合花巻病院が移転・新築したのは6年前の2020(令和2)年3月。一方、そのわずか1か月余り前には新図書館の立地が予定されていた「花巻病院」跡地に代わって、住宅付き図書館の「駅前」立地(いわゆる“上田私案”)という青天の霹靂(へきれき)が降ってわいた。当時はそんな上田“狂騒曲”のただ中にあった。

 

 上田東一・前市長は2014(平成26)年2月に初当選し、真っ先に手がけたのが花巻病院問題だった。就任早々、行政主導型で移転・新築計画を進め、総事業費約87億円に対し、市政始まって以来最大規模の約20億円の補助金を大盤振る舞いした。久しぶりの大型プロジェクトに地元の関連業者は沸き立った。元請けは戸田建設東北支店と藤正建設(花巻市)の共同事業体(JV)で、各種請負などで43社が「協力会社」として、参入した。ところが、当市に本社を置く業者で受注できたのはわずか4社で、ほとんどが仙台市など県外業者に独占されていた。

 

 上田前市長は「花巻市立地適正化計画」(2016年)の中で「病院移転×駅橋上化×新図書館建設」をまちづくりの3点セットに位置づけ、「まなび学園周辺への図書館(複合)の移転・整備事業」と明記した。ところが、病院の移転・新築騒動に明け暮れる中、議会や市民の頭越しに突然公表されたのが前述した“上田私案”だった。その後、住宅併設などの部分は撤回されたが、「駅前立地」路線は小原勝・市長にそのまま継承され、2030(令和12)年度内のオープンに向けて、計画は着々と進められている。

 

 「もし可能なのであれば、スポーツ用品店敷地を市有地にして、図書館を建てるというのが駅前案の中でも最も望ましい方向…岩手県内でも立派な仕事をしている建設会社はありますし花巻市内の会社でもあるので、できれば地域のしっかりした会社ができるのであれば地域の会社にやってもらって…」(会議録要旨)―。2022(令和4)年9月に開催された12回「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」の場で、有識者委員のひとりの佐々木史昭・花巻商工会議所副会頭はこう発言している。

 

 「この試案検討会議の意見を踏まえた上で、駅前の土地をJR東日本から買収する交渉を開始することについて、市民に説明したいと考えているところであります」(令和4年9月議会「会議録」から)―。上田前市長はこうした論議を受けたうえで、「駅前立地」を初めて正式に口にした。ところで、前述の佐々木さんは公益財団法人「花巻国際交流協会」の理事長の要職にあるほか、自ら鉄道事業などに実績のある建設会社の経営者でもある。

 

 主として、JR側の鉄道事業などを請け負う独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(JRTT鉄道・運輸機構)は鉄道周辺の工事の安全確保のため「線路近接工事安全対策」規定を定め、工事に参入できる有資格業者名簿を公開している。花巻市内でこの工事資格を有する業者は全部で11社で、佐々木さんが経営する会社も含まれている。「羹(あつもの)に懲りて、膾(なます)を吹く」―。ふと、こんな諺(ことわざ)が頭をよぎった。「病院問題で地元業者が邪険に扱われたことを反省した上田前市長が今度は一転、地元業者に目配りした」―とまあ、こんなことなのかもしれない。

 

 「代表なくして、課税なし」―。米国は7月4日、独立250周年を迎えた。その独立戦争の際に使用されたこのスローガンがふいに頭を去来した。本国政府(英国)の支配からの解放を願った言葉である。地元やその民意をないがしろにする「上田」強権支配が違和感なく重なり合ったのである。「なぜ、病院跡地から駅前へ」という私の問いかけに二人の首長は口を閉ざしたままである。ならば、この謎解きに勝手に挑戦するしかない。「結局、“駅前図書館”も利権が先行したハコモノだった。そこには『図書館とは何ぞや』という理念論争のひとかけらもなかった」―。この答えが的外れなら、是非とも反論してほしい。

 

 

 

 

(写真は花巻病院の落成を特集した業界紙の2019年11月18日付紙面=インターネット上に公開の資料から)

賢治生誕130年…「ヒドリ×ヒデリ」論争から「行ッテ」論争へ~いまも続く「雨ニモマケズ」受難劇!!??

  • 賢治生誕130年…「ヒドリ×ヒデリ」論争から「行ッテ」論争へ~いまも続く「雨ニモマケズ」受難劇!!??

 

 「賢治さんの『雨ニモマケズ』の中で、『北ニ…』のフレーズにだけ『行ッテ』という惹句(じゃっく)が入っていないのは単なる書き忘れなのではないか」―。NHKEテレで6月29日に放映された「こころの時代シリーズ『宮沢賢治―久遠の宇宙に生きる』」について、賢治の弟清六さんの孫にあたる宮沢和樹さんがこんな趣旨を語っているのを聞き、強い違和感を覚えた。かつて、同じ詩をめぐって、「ヒドリ(日取り)かヒデリ(日照り)か」という論争があり、後段の「サムサノナツ」(冷害)に対称させる意味では「ヒデリ」(干ばつ)の方がふさわしいという理由で、教科書などでは原文にあった「ヒドリ」は誤記とされ、「ヒデリ」に変更された経緯があった。

 

 こうした“語呂合わせ”みたいな賢治解釈に私は不満を抱き続けてきたが、今回、米国出身の詩人で翻訳家のアーサー・ビナードさんがこの「行ッテ」論について、“距離感”の観点から新しい解釈をしていることを知った。ビナードさんは以下のように語っている。

 

 「東・西・南の『病気』『看病』『死』は、人間の力ではどうしようもない、寄り添うべき『不可抗力の苦しみ』であるため、すぐに駆けつける必要がある。一方で、北の喧嘩や訴訟は、人間が自分勝手なエゴで自ら作り出している『くだらない争い』である。だからこそ、わざわざこちらからその争いの渦中に首を突っ込んで『行ッテ』あげる必要などない。遠くから一喝して『つまらないからやめろ』と言えば十分なのだ」―

 

 ビナードさんの「行ッテ」論にうなづきながら、私は唐突にある裁判闘争のことを思い出していた。東日本大震災(3・11)で児童74人(うち、行方不明4人)と教師10人の命が奪われた大川小学校(石巻市)の旧校舎はいま、震災遺構として現状保存されている。その山際に面した野外ステ-ジには「未来を拓く」(校歌のタイトル)というスロ-ガンを掲げた巨大な壁画が張りめぐらされ、一角には宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の一節や銀河鉄道が宇宙を飛ぶ光景が描かれている。

 

 ドキュメンタリ-映画「生きる」(寺田和弘監督、2022年)は23人の遺族(19家族)が石巻市と宮城県を相手取った「国家賠償」訴訟の記録である。2019年10月、最高裁は上告を棄却し、学校側や市教委が避難訓練を怠るなどした「平時からの組織的過失」を認めた仙台高裁判決が確定した。

 

 「北ニケンクヮヤソショウガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ」―。裁判を担当した吉岡和弘弁護士はあえてこの一節を引用し、パンフレットの中でこう語っている。「日本社会には今なお、『裁判などはしてはならない』という法意識が通奏低音のように国民の身体に染みついている。一方、我が国の行政組織内には『行政は誤りを犯さない。犯してはならない』という行政無謬性(むびゅうせい)論がはびこる。官側に立つ者らはそうした無言の圧力に押されるように『ミスは犯していない』と言い張り、『真実を知りたい』と願う遺族たちと衝突する」―

 

 「ツマラナイカラヤメロ」という賢治のメッセージに抗する形で遺族たちが裁判を起こした背景には「真実を明かそうとしない」官側への止むにやまれぬ気持があったのだと思う。だからこそ、賢治は「ツマラナイ」争いごとは互いにとことん話し合って解決することの大切さを訴えたのではないのか。「全世界に行って、福音を宣(の)べ伝えなさい」(新約聖書「福音書」)―。イエス・キリストが弟子たちに命じた「大宣教命令」にはこう書かれていると、知人が教えてくれた。カソリック教徒でもあるビアードさんが「行ッテ」にこだわる理由がやっと、分かったような気がした。

 

 《雨ニモマケズ》「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」体験セット―。花巻市のふるさとの納税には「賢治」にちなんだこんな返礼品がずらりと並んでいる。まるで、賢治“利権”のオンパレードではないか。「世界平和」を願う詩「雨ニモマケズ」の受難劇に終わりは見えそうにない。生誕130年の今年こそ、賢治の「懊悩」(おうのう)に分け入ってみたいと思う。

 

 

 

 

(写真は旧大川小学校の巨大壁画。「雨ニモマケズ」の冒頭の雨と風は津波によって、削り取られている=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

《追記―1》~「雨ニモマケズ」受難劇:PART1

 

 1942(昭和17)年、国策遂行を目的に組織された「大政翼賛会」の文化部が編集した『詩歌翼賛』の中に収録され、とくに戦争に向けた農村労働力の強制収奪に利用された。さらに、傀儡国家「満州国」でも中国語訳され、戦意高揚のために都合よく利用された。

 

 

《追記―2》~「雨ニモマケズ」受難劇:PART2

 

 敗戦後は一転、学制改革によって、この詩を中学生用の教科書に収録する際には「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」という部分が「玄米三合」に改ざんされた。戦後の窮乏期、「四合」では贅沢すぎるというのがその理由だった。広島原爆の悲惨を描いた井伏鱒二は代表作『黒い雨』の中で、この詩にまつわるエピソードをある主婦の言葉を借りて、こう綴っている。

 

 「一日に四合というのを、三合と書きかえるのは、曲学阿世(きょくがくあせい)の徒のすることです。子供がこの事実を知ったら、どういうことになりますか。おそらく、学校で教わる日本歴史も信じなくなるでしょう。もし宮沢賢治が生きかえって、自分でかきなおしたとすれば話はまた、別ですが…」

「市民一丸」から「市民不在」へ…素顔を見せた「小原」強権体質~『暴力装置』と化したイーハトーブの二元代表制~改めて「市長へのメール」の提出へ!!??

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 「羽山るみ子議員(はなまき市民クラブ)から、6月16日に行われた一般質問の再質問の内容に関し、一部不適切な部分があったので訂正したいとの申し出がありましたので、市議会会議規則第64条の規定に基づいて、これを報告します」―。花巻市議会6月定例会最終日の26日、藤原伸議長のこの発言を聞きながら、私は市側も議会側も性懲りもなく再び、“自縄自縛”(じじょうじばく)の罠(わな)にはまり込んでいるなと独りごちた。実は私自身、まさに“公開処刑”みたいな卑劣な仕打ちにあった苦い経験を持っているからである。

 

 「花巻市議会会議規則第137条(「議員は、議会の品位を重んじなければならない」=当時、現在は144条に変更)に規定する品位の尊重に違反するものである。よって、戒告する」―。いまから15年前の12月定例会の本会議で、私は冒頭の理由で「懲戒」処分に処せられた。発端は東日本大震災に際し、全国から寄せられた義援金が法律で禁止されている「一般会計」に繰り入れられていたという、いわゆる「義援金流用」疑惑である。当時、当市に避難していた沿岸被災者はその成り行きを見守るため、傍聴席を埋め尽くしていた。

 

 「さっさと帰れ」―。新人議員の私が疑惑追及を続けているさ中、今度は議員のひとりが傍聴席に向かって、信じられないような“暴言”を投げつけた。前述した「処分」はこんな経過を辿った中で強行された。私はやがて、誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)や罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐の渦中に投げ込まれた。例えば、こんな…。「自作自演の狂言じゃないのか」「被災者を議場に呼び込んで、扇情まがいなことを企む」「民主主義のルール、多数決の論理にも従わず暴言を続ける71歳の悪あがき」「議員なんて辞めて、お遍路にでも出た方が市民が喜ぶと思いますよ」…

 

 今回の「訂正」問題に関連し、同じ会派の本舘憲一議員が「(市側が要求した)訂正箇所はどこか」とただした結果、質問中に出てくる「虚偽」や「疑惑」という字句がそれに該当することが判明した。「あの時の悪夢と同じ構造。まさに市側と議会側が結託した、質問封じのための「見せしめ」―”集団リンチ”そのものではないか」―。私は羽山議員が質問した録音データを聞きなおしながら、怖気(おぞけ)が走るのを覚えた。そして、その前後の文脈から、この表現は上田東一・前市長が新図書館と駅橋上化とは実は「別物」だと強弁したことに対する羽山議員の正直な“異議申し立て”だと理解した。

 

 「その通りじゃないか。虚偽や疑惑を生じさせたのはそもそも、上田発言をベースにした市側の“詭弁”の数々がその発生源ではなかったのか。その上田前市長が乱発した“反問権”をその場(議場内)で行使すれば、それで済む話しではなかったのか」―。私は窮鼠(きゅうそ)が猫を噛んでいる光景を想像しながら、4年前の「ワンセット」発言をまざまざと思い出していた。そういえば、自ら「墓穴を掘る」という諺(ことわざ)もある。

 

 「JRは花巻駅の橋上化をやりたいと思っており、橋上化の話が進めば、土地の売買について真剣に話をしてくれる可能性はある。橋上化がなくなった際には、駅前に図書館を建設することについてもどうなるか分からない」(会議録から)―。上田前市長は令和4年6月、ある市政懇談会の場でこう述べている。「別物」論から「ワンセット」論へ。上田流「ご飯論法」(東大話法)の破綻ぶりがここに凝縮されている。

 

 同じ市政懇談会の場で今度は私自身が小原勝・新市長から憲法に保障された「知る権利」を蹂躙(じゅうりん)されるという屈辱を受けた(5月22日付当ブログ参照)。二代にわたる首長の横暴をこれ以上、許してはなるまい。羽山議員とともに私自身の名誉回復のため同日付(6月26日)で、以下の内容の「市長へのメール」を送付した。永田町界隈では高市首相に関わる「誹謗中傷」疑惑に対する追及の手が収まる気配はない。イーハトーブはなまきの二元代表制の“堕落”ぶりとは雲泥の差である。「説明責任」から逃れようとする姿勢はまさに、高市”逃亡劇”と瓜ふたつである。

 

 議会最終日のこの日からちょうど一か月後の7月26日、新しい市議会議員(定数26)の顔ぶれが出そろう。31人(予定)が争う激戦が予想されるが、今回の「羽山質問」問題を教訓に新体制下においては「行政側を監視する」という原点にぜひ、立ち戻ってほしい。今回ほど、有権者の良識が問われる選挙戦はない。

 

 

〈市長へのメール〉

 

 日頃の市政運営に感謝を申し上げます。

 

 さて新市長に就任以来、市民参画手続きに基づき「市長との対話」(4月16日)、「市長へのメール」(4月20日)、「市政懇談会」(5月22)―と3回にわたって、新花巻図書館問題に関わる見解を求めてきましたが、誠実な回答が得られないまま、いまに至っています。とくに市政課題について、ひざ詰めで意見を交わす市政懇談会においては事実上の「回答」拒否という信じられない対応に驚かされました。

 

 宮沢賢治のふるさと「イーハトーブ」の図書館にはまさに、彼が「夢の国」と呼んだ理想郷にふさわしい時空間の存在が期待されます。そのためには市民の多様な想いを集約した図書館づくりが欠かせません。重複する部分もありますが、以下について改めて市長の見解を伺います。駅前開発に対する国の補助金が大幅減額されるなど情勢が目まぐるしく転変する折り柄、7月10日(金)までに回答をいただけますようよろしくお願い申し上げます。なお、具体的な回答をいただけない場合はその理由も明記することを求めます。

 

 

●新図書館の立地場所は当初、花巻市立地適正化計画の中で「まなび学園周辺」と明記されていたが、その後JR花巻駅前のJR所有地に住宅併設の「図書館」構想が浮上。これが白紙撤回されたあと、単体の図書館の「駅前立地」に方向転換し、現在に至っている。この立地場所の変更について、駅橋上化事業との関連も含めて、JR側とはどのような話し合いがなされたのか。市民の多くがこの点に最大の疑念を抱いているので、誠実に答えてほしい。

 

●駅前立地を最終的に決定したとされる対話型「市民会議」については、構成人員(75人)に対し全会議4回のすべてに出席したのはわずか42人。6人は一度も出席しなかったことが明らかになっている。一方、「病院跡地」への立地を求める署名数は市側が精査した結果、花巻市内分だけで「6,181人」に上っている。この数字について、小原市長は「市長との対話」の中で「選挙の世論調査と同じで、その信頼性には疑問がある」と話している。その考えにいまも変わりはないか。この二つの「民意」の乖離(かいり)についてどう考えるか、改めて見解を伺う。

 

● 「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(代表 瀧成子)は6月4日付で、市長権限による「住民投票」(「花巻市まちづくり基本条例」)の実施を求める要望書を提出したが、市長はこれに否定的な回答をした。一方で、「基本条例」によると、住民投票の実施に必要な手続きは別途「条例等で定める」と明記されているにも関わらず、条例が制定された平成20年以来、18年近くもこの“細目条例”は定められていない。こうした「行政の不作為」は可及的すみやかに改められなければならない。いつ頃を目途に条例を制定し、その時点で改めて住民投票を実施する考えはあるか。仮に実施した場合、その「民意」の結果をどう評価するつもりか。

 

 

 

 

 

 

(写真は登壇質問する羽山議員=6月16日午前、花巻市議会議場で、インターネット中継の画面から)

 

 

 

 

《追記ー1》~請願が逆転採択…市議選後の会派構成に注目!!??

 

 

 16日開催の市議会最終日、今議会に提出されていた請願「大迫地域の中心市街地の振興策の一助とされる『エーデルワイス展示館』の整備の促進が図られることを議会として監視すること」―について、付託委員会(総務常任委員会)での不採択をひるがえし、“逆転”採択になるという珍しい議決が行われた。二元代表制の原則に照らしてもまさに、当たり前の判断である。

 

 当ブログで紹介した孤高の羽山議員が今度は格調高い口調で「原案賛成」の討論。その結果、賛成13VS反対10の賛成多数で土壇場での採択となった。反対に回った議員は以下の通り(敬称略)。この面々の顔ぶれを見ながら、私は思わず宙を仰いだ。「いつの間に、干からびた蝉の抜け殻みたいな”呆け者”に成り下がってしまったのか。イーハトーブ議会に精神の貧者がこんなにもいたとは…」。宮沢賢治が掲げる”理想郷”の選良たちのこの想像力の欠如たるや、もはや目を覆うばかりである。

 

 伊藤盛幸、似内一弘、鹿討康弘、小森田郁也(緑の風)、照井明子、櫻井肇、久保田彰孝(共産党花巻市議団)、及川恒雄、横田忍(明和会)、内舘桂(はなまき市民クラブ)

 

 

 

《追記ー2》~蟲毒の壷とイーハトーブ!?

 

 「蟲毒(こどく)の壷」とは古代中国に伝わる呪術のひとつで、100種類の(害)虫たちを壷の中に閉じ込め、共食いさせる儀式。最近、高市首相を最後に生き残った「蟲毒」=魑魅魍魎(ちみもうりょう)に例える話がSNS上で話題になっているが、「羽山質問」問題の背後にも同じような蟲毒たちがうごめく姿が二重写しになった。あな、恐ろしや。

 

 ちなみにウィキペディアなどによると、「魑魅魍魎」とは妖怪変化や化け物の総称とされるが、私利私欲のために悪だくみをする者や陰謀が渦巻く場所に巣食う怪しげな人間たちを比喩する時にも使われる。