水の江滝子さんの想い出。
生前葬をした時の葬儀委員長が森繁久弥だったことを考えると、森繁さんが連れて行ってしまったのかなぁ、などと考えます。 子供の頃のジェスチャーより、私にとってはCXの「オールスター家族対抗歌合戦」のイメージが残っています。 審査委員長が故古関裕而、そして故近江俊郎、故立川澄人、故ダン池田、そして故水の江滝子というメンバー。 日本芸能史に大きな影響を残した先生方が仲良く素人芸をよいしょしながら審査している姿が微笑ましく、この流れはテレビ東京の看板番組「開運なんでも鑑定団」に移行しているのではないでしょうか。 司会の萩本欣一の素人いじりのうまさもそのまま島田紳助に受け継がれていますし。 さばさばした物言いのタアキイにとってロス事件は致命的だったはずで、そのままフェイドアウトしてしまったのはしょうがないことだったことと思います。 何かドキュメンタリーで見た本人は、宝石のデザインかなんかをやっていて、相変わらずかっこういいのでした。 水の江が戦中松竹を辞めて、劇団たんぽぽを主宰したときのバンドリーダーが渡辺弘というサックス吹きで、戦後新橋第一ホテルを根城に「渡辺弘とスターダスターズ」という楽団で大いに活躍します。 うちのバンド名はそこから頂いたのですが。 アメリカでもジェリー・ジェローム(サックス)がスター・ダスターズという名前を使っていたようです。 長野あたりにもあるようです、スター・ダスターズ。 水の江滝子さんのご冥福をお祈りします。
2009.11.24