ブドウ園に肥料を蒔くのである
ブドウの収穫も終わり、稲刈りまでの間にも、びっちりと仕事のメニューがそろっている。 まったく、なんちゅうか、どういった訳か、暇にならない。 若いころは、いい加減な仕事をしていたせいか、結構暇な時間が出来たのだが、 歳を重ね、手抜き仕事では後からが大変という教訓のせいなのかどうなのか、 ぴっちり、きっちりした仕事をしないと、気が済まない・・訳でもないが、心配なのである。 草を刈り、肥料を散布した。 3種類。20キロのやつを30袋。 15キロのを10袋。 15キロのは、散布用の背負い袋に、2袋いっぺんに入るので、30キロを背負って散布である。 ブドウ園の中を、あっちに行ったり、こっちに来たり。 同じところを何度も往復する。 びっちり半日かかった。 もう一か所、このブドウ園の1/3くらいのがあるが、それは明日以降である。 全部が、有機肥料と無農薬栽培に使えるミネラル肥料である。 埃っぽくて、マスクをして、それでも目がショボショボとなる。 これが終わったら、ビニールを剥がし、電気牧柵を方付けて、田んぼの草を刈り、機械の整備などしているうちにあっという間に稲刈りになる。 稲刈りが終われば、ブドウの剪定である。 そうこうしているうちに、狩猟期に入り、雪が降る。 あっという間に正月である。 話は変わる。 中学校の校長先生と、体育文化後援会の会長が来ていった。 俺が、部落から寄付金の徴収をしないからである。 各戸1000円の寄付を集めるのであるが、中学校全体で130万円に欠けるくらいの金額が集まる。 それを、どう使うかに文句はないのだが、 親が拠出する5000円に、寄付分7000円の上乗せで、生徒一人あたり12000円の予算が付く。 それで、ボールを買ったりいろいろするのであるが。 7000円の寄付分。 親が出せない金額じゃなかろう。 子供手当も貰ってるし、だいたい、親が子供の応援の為のTシャツ揃えたりして、結構な余力がある。 なのに、地区の皆さんに無心する。 その姿が嫌なのである。 自分で出せる金額である。なぜ、地域の人に無心せないかんのか? それが、俺が集めない理由なのであるが。 何だかんだ言ってるうちに、おかしな話になってきた。 がたがた言って、賛同できないのなら役員を辞めてもらって結構だ・・・と。 それは違うだろう? 色々問題を打ち出して、みんなで検討し解決していくのが役員や組織じゃねえのかいな?? これじゃ、独裁だし、まるで子供だ。 そういう事は言ってはいかんよ、そういう事なら、やだきゃやらなくてもよいと言う事であるから、みんな辞めちゃうよ。 俺が、これを公表して、みんな誘ったら、結構辞めちゃうよ。組織壊れるよ。 聞かなかった事にしてあげるから、言わなかった事にしたら? と、オフレコ扱いにしてあげたのであるが・・・・。 当然代案を提示もした。 しかし、ちょっとさ、何とも大人気ない話し合いだった。 気分が悪い。 役には、適任と言うものがあろう。 総理大臣みたいに、喫緊の難題が目白押しと言う訳でもないのに、大した問題解決能力もないみたいに感じてしまう。 やりたくて出来る役職と、 能力や適任という素質がなければできない役職と・・・。 役と言うのは、いつか必ず難題が発生する。 その時、名誉職みたいな気分でいられたのでは、組織に属する会員が可愛そうと言うものである。 今朝、ひとつ言葉を覚えたのである。 「1日生きる事は、1歩前進することでありたい」・・・・湯川秀樹 ノーベル学者である。 1歩前進することでありたい・・の「ことでありたい」と言う辺りが、ノーベル賞なんだなぁ、などと、ガラガラ音を立てそうなスカスカな脳みそで思うのである。
2011.09.07