今朝届いた新聞。
紙の供給の問題だろうか、地震後の新聞は薄くなっている。
薄くとも、内容が充実していればそれでよい。
その、新聞だが、濡れていた。
寒さに凍りつき、すぐに展開できなかった。
それでも、ストーブで溶かして一通り眺めた。
朝食を執っていると、ガサっと、新しい同じ新聞が届けられていた。
乾いている。
嬉しかった。心が温まる。
被災地を想い、現在の環境を考えれば、いや、いつでも、寒い中を配達してくれる新聞屋さん。郵便屋さんには本当にご苦労様と思う。
濡れた新聞の配達に心を痛め、新しい新聞をわざわざ持って来て頂き・・・。
大丈夫よ、うちは。濡れていても大丈夫。
でも、ありがとう。
嬉しい心遣いに、感謝である。そう、ぬくもりを感じる。
ここから話が、冷酷で冷たい方面に向かうのだが、あえて市民の一意見として、別の意味から心を熱くしようかと思う。
例の選挙がらみである。
各地で放射性物質に汚染された野菜や牛乳、水などが出ている。
幸い、県下ではまだ報告されていないが、これも時間の問題だろうと、大方の方は予測されていると思う。
福島市では、5.19μ(23日)~24.24(15日)μsV/hという放射線が観測され、この値は放射線管理区域として指定し、出入り、立ち入りを制限しなければならないという法律の値を大きく上回っている。
今後の原発事情や、風向き如何によっては、米沢、置賜地域、山形県も相当な危機に晒されると危惧している。
農家はじめほとんどの人々、当然俺だって、これからの生活や、産業、子供などなど先の見えない不安にあり、その中でも地域で助け合い、協力しあい何とかせねばいかんと考えているのである。
そこに、8月の町議選挙に立候補の話である。
明日のわが身も危うい、被災で亡くなられた親族を持つ方、親戚を持つ方、なんにも問題が解決せず不安におののく住民、民衆を捨て置き、8月以降の自分のサラリーと地位の確保を民衆を巻き込んで心配するという、アホな姿を数日前に紹介したが、続報である。19日頃、ある地域である人々を集め酒飲みをしていたと。
別にいいよ、個人で酒飲もうが宴会しようが。俺は悔しくない。
しかし、それがこれから先の自分のサラリー地位確保のためになされる行為というのが、公職であるからこそ許しがたいのである。
いま、現に、高畠に避難してきている被災地の方がいて、それを献身的にフォローしている町民がいて、議員て何やってるんだ?
ここで、ボランティアに精出して頑張ってるなら、何も言わなくても俺たちは応援するよ。
何もしないで、応援してくれってさぁ。そりゃねえよ。
腹に座った声で、自信満々に、何の心配事もない満ち溢れた顔で、4期やりました、5期目も応援を頼みます、だってさ。
おかしな事や、近所付き合いの中で改善して頂きたいことなど申せば、俺の何が悪い・・・と、野太い議員声を出し人を恫喝する。
まあ、まあ、あ~ぅ、書いていて腹の中が煮えくり返り暖かくなってきた。
ぬくもりと、優しさと・・・・・
人を温めるものは、怒りでない方がいい。
そして、おかしいと思うものは、早いうちに、手が付けられるうちに民衆の意思で否定すべき時だろう(原発も、遺伝子組み換えも何十年も前から反対している人がいるという事実を知ってほしい)。
原発事故をみて想う。政治家を見ていて思う。
きっと、遺伝子組み換えもいつかこんな事が起こるかもしれない。
想定外の事態、なんてのは本当はないのだから。
いつかでかい隕石がおっこってきて、人類の危機が、なんて事だって、予測できる。あり得ない事じゃない。
津波や地震が想定外だなんて、想像力や危機管理能力の全くない無能な人間のいう事である。
このごにおよび、自分の身分の維持に奔走する連中も、また、危機管理の能力にかけ、民衆の代表たる資格に欠くと、私は思うのである。
