お盆 に 涼
うちにはお盆がない。 正月もない。 先祖がなかった筈もなければ、人並みに新年を知らない訳でもない。 新しい生き方を探すうえで、過去のアニバーサリーを捨ててみようかと思ったのである。 この季節を感じ、吟味し、合理的であるものは受け入れる。 そうでないものは拒否する。 家出を敢行し、裸身からの出発であればそれも試すにはよい。 因縁、因習、風俗、風習などを検証し、我がものにするかしないか。 俺の住まう地域がそれに合理的なのか、検証する。 自由の身であるが、世の(合理的)常識には従い、そうでないものには意見し、合議と吟味を求める。 「住めば都」・・・・とは言うが、嘘である。 「住んで都にする」・・・・が、信ではなかろうか。 その地を、都と思える心が都にするのであって、 理想の都がそこに存在するわけではない。 都を変えるのではない。そう思う自分を育てるのである。 そう思ってはいるのだが、 先からある都にも、都に相応しくない存在などが先住民が排除しないままここに存在し、そして台頭するのである。 都に相応しからずまま、その異を知らぬまま、同と思い違いピエロを演ずるものがおるのは滑稽である。 旅の「くまっち山仙人」
2010.08.13