内閣不信任案・・・ブログ=精神の暴露
鳩が出てきて何やら小細工があったらしい。 小沢氏は、本会議欠席。 マキコ先生は途中退席。 で、不信任案は否決。 かい離している。 国民の生活から、完全にかい離している。 もはや、解離性精神障害的国会と言えなくはないと思う。 実生活からのかい離である。 そこに、国民生活はない。 不信任を出そうが出すまいが、その前からかい離している。 強い信念のもとに、国民救済を行うべき国家は、 賛否があろうが前進的であろう。 これは一体何だろう?? 政治なんていうのは、あんまり関係ない世界であるとは思っているのだが。 それにしたってお粗末すぎでしょう? 話は変わるのだが。 ちょこっと前に、このブログに独特な意見、書き込みをなされた方がいて、 匿名を良い事に、それなりの言を放たれていた。 ブログって言うのは、匿名に出来るし、書き込みも匿名である。 俺の場合は、苗字や住まいを公表しているが、匿名的でもある。 しかし、名前(個人)の特定をされないという安心感から、心の内を暴露しやすい環境にある。 相手が見えず、不愉快を言っても、言いたい放題でもある。 しかし、そこに落とし穴がある。 ブログなどは、精神の暴露の場所に近い。 個人を特定できない強み(錯覚)から、心の内を暴露してしまうのである。 そんな中で、万が一その書き込みの人間を特定されたのなら、個人特定どころの話ではない。 人間そのものの暴露に近い状況に陥る。 小説家でさえも、その物語一つを書きあげるのに、日々の精神の変化などを見せず、一篇の作品を書き上げる事に神経をすり減らすのであるから、素人の俺たちには及ぶ術もない。 ということで、このブログ・・・kuma仙人の「山の仙人になりてーなぁ」は、 俺自身の暴露なのである。 で、俺は名前も出しちゃってるからね。 まったくこのブログの通り、面倒くさくて小うるさい人間なのである。 などど、昨日shidareoさんとジベをしながら思ったのである。
2011.06.02