神社の御神木を 切る
部落の神社の 御神木を切る役を賜った。 数百年とはならないが、 神社氏子より奉納された杉の木である。 数十年の直径40~90センチある6本であった。 神社境内にあり、隣は公民館。 いずれも、伐採木から数メートル 木の高さは十数メートルから二十数メートル。 切り損なえば、神社や公民館 電線 近所宅 の破壊は免れない。 結果から先に申せば 成功裏に事は運んだのである。 であるから、こうして、ほろ酔いの日記を公開できるのであるな~。 ・・・午前九時 神社集合 神殿には数十年ぶり 子供の時以来 久しぶりに 社に臨んだ 激しい、神 仏 その他諸々の不信心があり(山の神だの何だかんだと言いながら・・・・)神社仏閣には、観光旅行の慰みコースほどの感覚で、仕方がないから歩いて廻るか・・・ほどの出会いしかなかったのである。 或いは、友人・兄弟の結婚式の聖教や神道の契の場・・・・あるいは、某スキー場の安全祈願祭や某家屋地鎮祭など または葬式・・・ お稲荷様である 女神主の祈りである 太鼓を鳴らしながら、祝詞が捧げられる 太鼓の祝詞なんて 初めてであった。 葬儀の和尚様の念仏? 鐘や銅鑼の響きに経の響きも ある意味ソウル 心地よいが、 今日の太鼓の祈りは、もっと原始的?というか、 おいらが教わった天照大神とか因幡の白ウサギとか天岩戸とか 何と言おうか、一応日本の始祖と言われ子孫がいやんごとなき方々であるあれであるのだろうが、そういった説明は全くなく、 わたくしには よく分からん というのが正直な感想である。 しかし、太鼓のリズムは 民族や国境を越えた心地よさがあった。 ソウルフルであった、神主の祝詞の上手下手とか関係なく 心に響くリズムであり音色である。 ひとつ間をおいた感性で拝聴するなれば、インディアンの太鼓に聞こえなくもなく、アフリカあたりの打楽器の心に聞こえなくもなく あーなるほど 今更ながら、チョッピリと太鼓をこなし切れず リズムを乱す(様に聞こえた。それが狙いなのかズレテいたのかは分からないが) 女神主の叩く太鼓と神前ラップ風な祝詞に 酔ったのであった。 かなり 長くて 足は痺れたのであるが。 で、伐採しました。 チェーンソウで、 氏子の方々は、よくもまあ、私などを 伐採師にご指名なさった。 なぜ おいら? ??? まあ、きこりの経験はあるが・・・ しかし、信用して下さったのであるな~ ありがたいしあわせである。 わたくしなどが、人に信用頂くなど、もったいないほどである。 皆さんの信用のもと、事故なく 御神木の伐採を 終えられた事を感謝するばかりです。 今日は、 無事終えた事に心をなでおろし 気の利いた言葉もでないなぁ~
2010.03.16