生活に取り入れたり、仕事で生かすなどしていただけると本望です。
◎災い転じて福となす
9月19日は幕末の激動期に生まれ、第20代内閣総理大臣を務め、日本の近代化の礎を築いた一人である高橋是清の生誕日です。
是清の大きな功績として、「特許制度」の制定があります。
当時、アメリカ人の通訳を務める中で、日本には発明や商標を保護する制度がないことを知らされました。
そこで調査、研究を重ねていき、特許制度の制定に尽力したのです。
また、日本の命運がかかった日露戦争では莫大な戦費が必要でした。そこで流暢な英語でアメリカの銀行家に日本の窮状を訴え、資金調達に成功したのです。
是清が英語を話せたのは、13歳の時に藩の命によりアメリカへ留学したことがきっかけでした。
当初、世話役に騙され奴隷のような扱いを受けていました。しかし、もともと楽天的な是清は、それも一つの学びの場と捉えます。
生きた英語を貪欲に吸収し、結果として流暢に話せるまでに成長したのです。
私たちも、思い描いていた環境と異なる状況に直面することがあります。まずは現状をじっくりと観察し、置かれた場所でベストを尽くしたいものです。
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<コメント>
コラムをきっかけに二・二六事件で銃弾に倒れたことでも知られている高橋是清のことを少しだけ調べてみました。
当たり前のことですが、英語を流ちょうに話せたから資金調達に成功したわけではありません。なにしろ、今の金額にすると4兆5000億円の調達だというのです。
第三者的な戦局分析では、ロシアに分があった訳ですから、おいそれと大金を貸してくれるはずがありません。
タフな交渉を乗り越えるだけの幅広い知識と交渉術、そして何よりも、胆力と粘り強さとがあったことは言うまでもありません。
すすめにはまずは乗ってみる、起きた出来事は明るくプラスに捉える、状況に応じてベストを尽くす。その繰り返しによって、揺るがぬ信念が醸成され、次々と大きな役割を与えられていった半生だったようです。
一見ひどい状況としか思えないる場面に遭遇することは誰にでも必ずあります。是清の心のあり方、行動の姿勢に学べることがたくさんありますね。
◎限りある日常
当たり前に続くと思っていることほど、実は限りがあるものです。
Aさんは数年ぶりに実家へ帰省しました。夕食の時、食卓には昔から変わらない母の手料理が並んでいました。
特別に豪華な料理ではありませんでしたが、ふと 《 あと何回、母の手料理を食べられるだろうか 》 と思ったのです。
そう思った瞬間、目の前の料理がかけがえのないものに感じられました。
これまでAさんは、実家に帰れば食事が出るのを当たり前と思っていました。しかし振り返ると、母は長年、家族の健康を願って食事を作り続けてくれていたのです。
その時、味わっていたのは料理の味だけではなく、母の優しさやぬくもりでもあったのだと気づかされました。
そしてAさんは、《 これからは親や家族との時間、そして共に食卓を囲む機会をもっと大切にしていこう 》 と思いました。
失ってから気づくのが人の常です。「いつでも会える」「また今度話せばいい」と思っているうちに、その機会は少しずつ減っていきます。
だからこそ、大切な人との何気ない時間を丁寧に重ねていきたいものです。
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<コメント>
すでに失ってしまったことはさておき、今ある当たり前に焦点を当て、大切にしていきたいですね。
92歳になる私の母は、認知症ではありますが、お陰様で肉体的にはとても健康です。そして母親としての愛情はまだまだ残っているのです。
毎日届く宅配弁当を差し出すと、「あんたも食べて」と必ず私にすすめます。自分だけ贅沢できない昔びとの気質でもあり、《息子は大丈夫か》 と常に思ってきた証かな、と。
そんな母が自宅で過ごせる日があとどのくらいあるのか。せめてしばらく愛の言葉をかけ続けていきます。

