心を探る
7月1日(日) 晴れのち曇り、夕方から小雨 午後から、置賜の民俗学会の研究集会というもののパネリストに呼ばれて出席してきた。 米沢市内のホテルを会場に行われたもので、「草木塔の心」というテーマであった。 午前中、その準備をちょっとしているうちに、たちまち時間が過ぎてしまった。 昼過ぎ、予定時間の14時より、30分も前に会場に到着してしまい、まだ会の総会中だったので、受付の方に「控室に」ということで、話すことなどを準備しながらも、のんびりぼうっとしていたら、気がついた時には、既に開会されていた^^; なんだか、「他のパネラーさんが来ないものだなぁ」なんて思いながらも、始まる時は呼ばれるだろうと暢気に構えていた。 そしたら、携帯電話に主催者の方から着信があったので慌ててロビーに出てみたら、すでに雛段にパネラーの皆さんとコーディネーターさんが勢ぞろいし、司会者もスタンバって、聴衆の方々も席を埋めていた。 いやぁ、格好わるいなぁ(^^; 遅刻してきたみたいでねぇ、早く来たのに、珍しく…。 というわけで、始まったシンポジウム。 写真を一枚も撮ることができなかった。 」 田沢地区 白夫平の草木供養塔の画像を貼っておきましょう。 私を含め、6人という大勢のパネリストの話を聴く方もなかなかたいへんだったことでしょう。 しかし、様々な立場や、ジャンルからの発表は、自分としてはなかなか面白いものでした。 また、そうした方々と知り合えたことも財産になる(かもしれない)。 自分は学者でもなんでもなくて、研究者というにはおこがましく、自分が体験したことを述べるよりないのである。 研究集会ということで、草木塔に関わる文献の発掘、または建立の理由の裏付け、そういったところまでは言いきれないというのが正直なところである。 草木塔を愛する者、または現代的な意義を付与して広めよう、とかそういったことも当然あってよいのだろうと思う。 また、参加者の何割かはそういう思いをお持ちの方々かもしれぬと、感じる。 研究し、事実を見ていこうという部分と、なにしろこれは米沢という地域から発する文化として広げたい、それも両方あってよいのだろうと思う。 それぞれの人の想いの強さとか度合いというものは様々であり、このような集会に来る方々はきっと思いも強いに違いない。 研究という部分と、愛するという部分と、広めたいという欲の部分と、バランス良く保持しながら、「草木塔」についての考えを深めてゆきたい、そう思った。そういう意味で、とてもありがたい機会を与えていただいた。 合掌
2012.07.02