苦しい時代をどう過ごしたのか

大変だったのは会社を経営することでした。
どうしても家賃と給料を毎月払わなければならない。

この二つがともかく重かったですね。
ヒット作の出ない長い冬が十年続きました。

そこで、三割の夢のある仕事をするために、
七割はどんな仕事でもしようと割り切りました。

By横井昭裕

(プロフェッショナル仕事の流儀10 File No.30より)
2008.10.29:反田快舟:[仕事の流儀]