朝日町エコミュージアム|大朝日岳山麓 朝日町見学地情報

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長井市に伝わる弁慶の供養塔「塔様」で鎮魂祭が行われました。長井市には弁慶の血が流れている人たちがたくさんいらっしゃるのです!?(写真をクリックすると大きくなります)

■塔様(とっつぁま) / 長井市成田
文治2年(1186年)の秋、羽黒詣りの七人の山伏が民家に宿を願い泊めて貰った。ところが、この一行の中の娘が急に病気になり、仕方なく娘をしばらく宿に泊めて貰うように頼んだところ、その家の人達は心良く引き受けてくれた。それから3年後、義経が主従ともども討死したことがこの地方まで伝わった。これを聞いたかの娘は家の主人に「あの山伏一行は義経主従であって、その中で背の高いヒゲをはやした人が武蔵坊弁慶という者で、私は弁慶の娘」と打ち明けた。その証拠として、日の丸の軍扇を出し、これは弁慶が義経の家来になった時に貰ったもので、父がここを出発するとき形見に渡されたものであると話した。これを聞いたその家の人々は大いに驚き、今まで以上に娘を大切にした。後に娘は、この家の息子の嫁となって子孫大いに栄えたといわれる。その家は現在の鈴木平左衛門家の先祖。この娘夫婦が、亡くなった父弁慶の霊を弔うために供養塔を建て、大法要を行ったといわれている。

「朝日町の義経伝説を訪ねる」ご報告



■義経宿泊所 / 長井市 森
長井市には、義経一行が2ヶ所に別れて宿泊した伝説が残っている。長井市森の小口家と成田の鈴木家。龍神が祀られている小口家の裏山から、弁慶たちの宿泊する川向いの鈴木家を遠望したと伝わっている。ここには「塔の上の石塔」と呼ばれる三段に重ねられた石の塔があり、石塔の下には鎧(よろい)が埋められているともいわれている。ここから成田の塔様と一直線に川原沢の黒附土壇があり山岳信仰とのつながりかともいわれている。すぐ近くには最上三十三観音の一つ「森観音」がある。