九里学園同窓会

 旧)くのりねっと特集

毎年出品してくださる飯豊支部の作品です

 

水野とも子さん提供の「ふき菓子」と西山副会長提供の「紫蘇ジュース」

 

展示作品(一部です)

海谷美恵子さん(昭和44年卒) ポーセラーツ・インストラクター

 

 

談笑風景

 

しばらく廃部状態となっていたスキー部が再び活動を始めたのは平成19年4月のことでした。
平成19年入学の佐藤香澄さん(米沢5中)と島貫蓮さん(米沢3中)は佐藤貞雄さん(本校事務職員)の指導のもと、新潟県十日町で開催された第57回全国高等学校スキー大会のフリー競技10�劼肇�ラシカル競技5�劼暴仂譴靴泙靴拭�成績は振るいませんでしたが、今後につながる貴重な体験をしたとのことでした。

部活動後援会報に「復活」スキー部の活躍の様子が掲載されています。

部活動後援会報 No27「スキー創部1年目」

部活動後援会報 No29

部活動後援会報 No31

 


...もっと詳しく

絵の作者、神保先生は昭和59年・昭和60年の2ヵ年でしたが本校で美術の教師として教鞭をとっておられました。


原画展1

下記は本校での原画展の開催に尽力してくださった、遠藤岩根先生(本校の社会科で長く教鞭をとっておられました)の原画展開催にあたっての文章です。
      
ローマ教皇ベネディクト16世は、一昨年6月に、日本におけるキリシタン迫害時代に信仰をまもるために命を捧げられた殉教者の生き方を讃えて「福者」とされることを宣言された。福者とは聖人にいたる前段階とされる。そして昨年11月に、188人の殉教者が福者になることが許される列福式が長崎でとり行われた。その式典に間に合うように出版されたのがこの本である。
188人の殉教者は一つのグループではなく、全国各地でそれぞれ別の日に殉教された人たちであった。その中でもいちばん殉教者の多かったのは米沢における甘糟右衛門をはじめとする53名の信徒であった。
徳川家光は、第3代将軍の宣下を受けた1623年12月に江戸のキリシタン50名を火あぶりの刑に処した。このことはキリシタン弾圧に向けての断固とした自分の意思表示であった。このような江戸幕府に抗してきた米沢藩も、直江兼続を、そして景勝公を失って以後、幕府の厳しい姿勢に抗しきれずに、結果的に藩主定勝公は53名のキリシタン処刑を命じたのである。1629年1月のことであった。
米沢で行われた処刑は、よその藩でおこなわれた寒中の水攻めや熱湯による拷問等とちがっていた。それは武士として立派な最期を、あるいはキリシタンとしてのほこりを失わせることのない、全国に類を見ない、まさに上杉家の、直江兼続の愛をうけつぐ措置であったといわれている。
ところでこの本の原画を担当された神保先生はあとがきに「一人ひとりの人物を私なりに愛し始めていた。この本の作画にあたり、自信のもてるのはただそれだけ。力量不足の私には殉教者達の珠玉の魂には、はるかに迫り得なかった」と記しておられる。しかし私が何回か展示場当番していて閲覧者のかたがたの賛辞を多く耳にした。どの人物にも、愛を込めて書いておられる絵と文を読まれて涙される方も少なくなかった。さいわい英訳付きのこの本が海外を含めて、もっと多くの人々に届けて欲しいと主張された小学校の先生もおられた。
「絵本と呼ぶには内容がありすぎる。見事な迫真性をもって語りかけてくる」。「過ちを繰り返さないためにもいまこそ殉教者に光を当てねば・・」。「文良し、絵よし、見事という他なし」とコメントを寄せて下さった山形市在住の元学校長の文でこの本の紹介を終わりにしたい
2009.9(文責遠藤岩根)


原画展2

絵本は山形市内や米沢市内の各書店や米沢カトリック教会でも取り扱っています。
絵 神保亮   文 筒井義之    訳 千原通明 
出版 カトリック新潟教区  定価 2,100円
発行所 ドン・ボスコ社
〒 160−0004  東京都新宿区四谷1−9−7
TEL 03−3351−7041   FAX 03−3351−5430

9月20日から23日までの連休中、米沢カトリック教会で原画が展示されています。詳しくは、0238−23−1699までお問合せください。

皆様お元気にお過ごしのことと存じます。

米沢女子高等学校に30年、九里幼稚園に8年勤めさせていただいた荒井健三です。

学校では掃除の係りや校外の美化、グランドではソフトボールに熱中していた、身長だけが目立つ教師でした。

人間味のある温かい生徒さんと情熱的な先生方にめぐまれた、活気に満ちた日々でした。幸せでした。周囲の人々に対するやさしさ、思いやりをたくましく実践していく生徒さんの生きざまには何度も感動したものでした。教師は生徒に感化されて成長し生きていくものだと実感している今頃です。

私事になりますが、家内との二人暮らしが20年になります。大自然の中で、里山を守り、無農薬の野菜作りを学んで、猿と戦いながら生活しています。
(山形県の猿害は日本一)

囲碁と旅も楽しんでいます。

次回は小松とき子先生です。                  (荒井健三)
Hitch your wagon to a star.(あなたの荷馬車を星につなげ!!)
   =高い理想をかかげて精一杯努力しよう=

 私が本校にお世話になったのは東京五輪の前の年でした。その頃は、戦後の後遺症から脱却し、まさに日本があらゆる方向を目指して飛躍する頃でした。やがて学年も11クラス,550人、全校生徒数1500人を超す時期が続いた頃です。皆さんご承知の宮沢賢治という人は、自分が勤務していた学校を去るにあたって『生徒諸君に寄せる』という詩を残しています。彼はその詩の初めに
  「この4ヵ年が 私にどんなに楽しかったか
   私は毎日を 烏のように 教室でうたってくらした
   誓っていふが わたしはこの仕事で 疲れをおぼえたことはない」
と書いているが、私の教員としての出発もこんな気持ちでした。

 近年、九里茂三先生は、ペスタロッチー賞を受賞なされた。ペスタロッチーは世界の教育者から「教育の聖者」と讃えられている人物である。九里先生はこの賞の12人目、該当者は毎年一人という狭き門、の受賞者として推挙された。我らが尊敬してやまない九里先生の持論である『教師は生徒に神をみるのでなければならない』との教えを胸に40数年の間、多くの同僚、何よりも前途有為な心優しい生徒さんに支えられて学園での生活を過ごせました。ホームルームクラスを持たせてもらったとき心がけた一つに、クラスで歌った曲、(合唱コンクール関係も含めて)が皆さんの心に一つでも残ってほしいものということでしたがどうでしょうか。

 クラブ活動は、赴任早々スキー部を数年間、そして創設した年に地区優勝という快挙にも恵まれた水泳部、それに絵画クラブ顧問も経験させていただきました。自分の大学での専攻が社会福祉ということもあり、放課後希望する生徒諸君と社会保障に関する勉強会も実施しました。また点字クラブ(後に市の視覚障害者に対する広報点訳)、JRCクラブ(青少年赤十字)、聖書研究会の創設等を校長先生に認めていただきました。やがて従来より純真で優しい生徒諸嬢さんに引き継がれてきた校是である「譲」が大きく花開き、学校全体の躍動がヴォランティア活動を強力に押し進めた結果、団体の部で『愛の鳩賞』に県の社会福祉協議会より推挙していただき、受賞出来たこともなつかしい思い出です。

 今は、世界の究極の世界平和に繋がる赤十字(JRCの母)精神の普及に若干関わっていおります。赤十字の精神を一言でいえば『人道』、他人の痛みをあたかも我がことのように思う心、といえましょうか。

 それでは、私を育てて下さいました同窓生の皆様の益々のご活躍とご多幸を心よりお祈り申し上げております。
 そして卒業生には勿論、勤務させていただいた私たちにとっての母校、九里学園におかれましても、少子化等なかなか難しい時世であるからこそ、九里廣志校長を中心に教職員心を寄せあい、しかもエネルギッシュに教育の本道を前進されますよう心よりご期待申し上げております。

 最後に私的なことですが、今年2009年、山形新聞の『日曜随想』著者の一人として10回ばかり書かせていただきます。紙上でお会いできればうれしく思います。
 次回はわたしの恩師、荒井健三先生です。          (遠藤岩根)
 九里学園に奉職した三日目に、受け持ちの生徒から、フグ(タさん)というありがたいニックネームを頂戴し、それが半世紀近くにもなった現在、同級会の名称として、フグの会として使用されています。そんな彼女たちも早いもので、来年は還暦で、クラス会は広島安芸の宮島。厳島神社でご祈祷をしてもらう手筈になっていて、毎月その参加会費を積み立てています。
 ところで、私は今、明春放映予定のNHK大河ドラマ『天地人』の主人公、直江兼続が現在の米沢を造った功績大ということで、米沢市が募集した「兼続博士」講習会に参加、東部コミュニティセンターの勉強会や史跡めぐりで講師をつとめたり、そこの便りに兼続についての連載を書いています。
 また、藤沢周平米沢関連三部作、『雲奔る』『蜜謀』『漆の実のみのる国』を読む会を主宰、九里学園の施設を借用させてもらい、読書会だけでなく、講演会や見学会をまじえて展開、サンディ毎日の身なので、いろんな所に顔を出しています。

 次は、遠藤岩根先生にお願いしています。