最上義光歴史館 - 山形県山形市
▼【義光会】令和8年度現地研修「最上氏・里見氏ゆかりの地を訪ねて」
令和8年度現地研修「最上氏・里見氏ゆかりの地を訪ねて」
最上義光歴史館案内ボランティア「義光会」では、会員の研鑽を積むため毎年、歴史の舞台となった各地を訪れ現地研修を行っています。今年は、寒河江市・河北町・村山市・東根市を巡り、最上氏と家臣であった里見氏のゆかりの地について現地研修を行いました。
各市町の担当された方々に沢山の資料を準備していただき、案内ガイドの方々からは、ご説明いただきながら地元に行かないと見えてこない様々なことについて学ばせていただきました。この場を借りて、御礼申し上げます。
1 寒河江市
鎌倉幕府の初代別当を務めた大江広元に始まる寒河江(大江)氏の居城であった「寒河江城」。現在は石碑と堀跡が残されているだけですが、ガイドの方等から詳しく説明していただき、その後、寒河江城の三の丸にあった辰巳門(東南方)が山門として移築された「澄江寺」に移動し、説明していただきました。
寒河江城跡では詳しく説明していただきました
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三の丸の辰巳門が移築された澄江寺
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2 河北町・村山市
河北町には、最上義光に滅ぼされたとされる白鳥十郎長久の居城である「谷地城」があり繁栄していたということです。両者の戦いに関係する一次資料は殆どなく、戦国時代のことなので、白鳥側、最上側それぞれの立場での見方があります。伝説も相まって謎に包まれている部分も多く、白鳥氏を地元で研究されている方からお話を伺いながら、谷地城から白鳥長久の菩提寺である「東林寺」まで現地を歩きながら学んできました。
その後は、白鳥氏が谷地に移る前に城を構えていた、現在の村山市戸沢地区にある「白鳥城跡」に移動し、村山市戸沢郷土史研究会の会長さんが作成された資料をいただき、城址ケ丘(戸沢小学校駐車場)にある白鳥長久公顕彰碑等を見てきました。
谷地城の本丸跡は三社宮になっています
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東林寺にある白鳥十郎長久の墓ともされる供養塔
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3 東根市
東根市では初めに、最上氏が「長瀞城」として城を構え、江戸時代には米津(よねきつ)氏の陣屋となった「長瀞城跡」に立ち寄り、現地案内ガイドの方から説明していただきながら、限られた時間の中で堀跡等を巡りました。現在は、ウオーキングコースとしても整備されている堀跡等のコースは、時間があるときにゆっくりと巡りたい場所です。
長瀞城跡
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現地ガイドの方に説明していただきました
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東根市の本丸地区に移動し、「東根の大ケヤキ」で有名な「東根城跡」を巡りました。本丸跡は現在東根小学校となっており、元気な子供達に話しかけられ、楽しいひと時を過ごしました。小学校の敷地内が「関係者以外立ち入り禁止」になっていることが多い御時世ですが、「東根の大ケヤキ」は国指定特別天然記念物として一般開放され、普通の人達が常に小学校敷地内に入ります。子供達も、周りの人達に見守られながら、元気にのびのびと育っているように感じます。
本丸内を暫く歩き、東根里見氏の菩提寺である「養源寺」を訪ねました。養源寺は、8代城主、里見景佐(かげより)公により現在地に移されましたが、江戸時代初めの最上氏改易により、里見氏は阿波徳島の蜂須賀家預かりとなります。養源寺には、景佐公の御霊屋と8代目までの墓所がありますが、9代目の里見親宜(ちかよし)公以降の墓所は徳島県徳島市丈六寺にあります。
東根城跡「東根の大ケヤキ」前で東根小学校の子供達と
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里見景佐(かげより)公御霊屋(おたまや)内の五輪塔
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現在、最上義光歴史館では、「徳島里見家旧蔵 最上家関係文書」を公開中です。徳島県にお住いの里見家子孫の方から、令和7年9月に山形市に寄贈された98点の資料のうち、山形市指定有形文化財に指定された6点について、初公開を行っております。
私たち案内ボランティアのメンバーも、現地研修等の機会を通して新しい資料等の知識も身に付けながら、最上義光歴史館に来られた方々に楽しんでいただけるようご案内したいと思います。
ボランティアガイド「義光会」をご利用ください。ご案内は無料です。
会員番号2301
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2026.10.09:最上義光歴史館
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