有限会社 しんせい
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第十六話「記憶をたどる時」
宮城に数年ぶりで大雪が降りました。私達家族がこの利府の地に定住して二十数年、この様に沢山の雪が積もった記憶が、これまでに何度か有ります。
今年一月に死んだ愛犬「プー」がまだ子犬だった頃、彼の脚どころか胴体の半分までも埋まってしまうような大雪の中、一人と一匹で散歩をしました。生まれてはじめての雪の感覚だったのか、恐る恐る外に出る彼は、一面白色に雪化粧した街を見て、初めての場所に来たみたいな反応をしていました。それでも、軟らかな雪が気持ちいいのか、突然のように雪の中を走り出したのを、まるで昨日のこと様に思い出します。
また、それよりもう少し前、我が家の息子たちが、一生懸命サッカーに汗を流している小学生だったある日曜の朝、白く明るい室内の、いつもと違う雰囲気に驚いて、飛び上がるようにして起き、カーテンを開けると、目の前は一面の銀世界。慌ててグラウンドに駆けつけ、子供達と、子供達の親、みんなで雪掻きをし、その日、わざわざ盛岡から遠征に来るチームとの練習試合の、準備をした事が有りました。
「この時期盛岡は、雪で地面が見えない。土の上で練習させてやりたい。」と、相手チームの監督。その監督と、息子たちのチームの監督は大学時代のチームメイトです。
せっかく遠く宮城県利府町まで足を運んで来てくれたのに、朝からの突然の雪模様、結局この日も、白いグラウンドの上での練習試合。勝ったのか負けたのかも覚えてはいませんが、鹿島アントラーズの小笠原満男が小学生の頃活躍したというチームだけ有って、良くまとまった、好いチームだった様な記憶があります。その我らがチームの監督も、五年前の大雪の日に、遠い向こうの世界に行ってしまいました。
看病をしながら、病院に泊り込んでいた監督の奥さんから訃報を貰った時、暗く湿った空、今にも泣き出しそうな分厚い曇の張り詰めた空から、突然のように大粒の雪が降出し、ボタボタと濡れそぼった春雪は庭の芝生を白くし始め、見る見るうちに白一色に包んで行く光景が、目の前に現れたのを覚えています。
「誰の涙だろうか?」必ず直ると信じていた我々にしてみれば、天から降ってくる雪は誰かの流す白い涙にしか見えませんでした。
仲の良かった友人達と、押し黙ったまま病院までの高速を走る。ハンドルを握る私は、降り積もっていく雪に脚を取られないよう気を付けるのが精一杯。その日の雪は、空も何を思ったか、そのまま次の日まで降り続け、仙台中の交通を麻痺させたのでした。
優しさと思いやりの心を我々に残して、彼の人は逝ってしまいました。思えば誰一人、監督を悪く言う人はいません。優しいが上での優柔不断なところも有りましたが、何時でも「子供達の為に何をすれば良いのか」と言う事しか頭に無いような人でした。「こうした人が中心になるからこそ、少年団は成り立つのだな。」と今更の様に思います。
さて、その後は大変でした。監督が亡くなったのは、五十歳を少し出たばかりの年齢でしたので、当たり前ですが、何の準備も為されていません。葬儀社・お寺、あらゆる手配をほんの数時間でしなくては成らないのです。皆で分担して通夜・葬儀・告別式と、恙無く過す事が出来たのも、監督の人柄で周りの人が、自然に動く事で成されたのかもしれません。中に、悲しみを堪えて立ち働く我々を止める様にして「私の花の位置が・・」とか「弔辞は、私が当然一番に・・」等と横槍を入れる方もいらっしゃいましたが、まとまるべきは、自ずと纏る物の様で、雪が消えて春の兆し見えるように、儀式は我々の心に「暖かさ」を遺して、終わりを迎えました。
朝日新聞のインタヴューに歌手の沢田研二さんがこのように話していました。
「ちゃんと身の回りを整理しながら生きていかないと。(笑い)生きるって死ぬ準備でしょ、おおざっぱに言えば。」
確かにそう有りたいと、思います。
また、私の好きな言葉に 「正しく生きた人でないと、美しく死ねない。」というのが有ります。
死んで初めて、その人の価値は示されるのでしょうか。そうならば、今から始めないといけませんね。
2010.03.15:
yoneda
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