ぶっくぶくの部屋

ぶっくぶくの部屋
ログイン

今朝の読売新聞、コラム「編集手帳」が一面トップに載った。
普通は一面の下段が定位置だから、きわめて異例のことだ。
その見出し
「時は流れない。雪のように降り積もる。
人は優しくなったか。賢くなったか。」
午後には、すめらぎのお言葉が再び国民の心を震わせた。
今日は祈りにつつまれた日…。

File No.303
『上杉鷹山の師 細井平洲』童門冬二(集英社文庫 667円)
オススメ度★★★☆☆

ここ米沢では、細井平洲は鷹山公の師として広く知られている
偉人の一人である。
しかし、細井平洲がどんな人物で、どのくらい米沢と関わって、
どんな教えを施したのか、となると、オレも恥ずかしいことに
詳しくは知らなかった。
そんなことが、この本を手に取るキッカケになったのかも知れない。

これは、基本的には史実に基づいた歴史小説で、多少は脚色も
入っているかも知れない。
物語は、江戸・両国橋付近から始まる。
ここで、一般民衆を相手に野外で辻説法をしているのが細井平洲。
その聴衆の中に、米沢藩の藩医・藁科松伯がいた。
そう、この藁科松伯が新しい藩主となる上杉治憲公(後の鷹山公)の
教育係に細井平洲をスカウトしたのである。
そこから、貧窮の極みに達していた藩財政の改革や、固陋な組織
体制の改革、産業振興、藩校再興による人材育成などなど
治憲公の身命を賭した改革事業が展開していくのである。

改革の精神は、火種のエピソードにもあるように、
「家臣の一人ひとりが自分の胸の松明に火を灯せ」ということ。
これは、ジョン・F・ケネディが米大統領に就任した際に言った
「新しい松明に火は灯された」という精神に通じる。
さらに、オバマ大統領の「Yes we can」は、治憲公の
「なせばなる」と同じことじゃないか。治憲公はケネディやオバマ
より200年も先にこの境地に達している、と著者は指摘する。
なるほど、そうだよなあ。
また、治憲公の一貫した信条は、「民の父母たれ」ということ。
この小説の中でも繰り返し繰り返し出てくることで、その基本は
最後まで少しもブレていない。
ここが凡器の為政者とは違うところ。
いかなるスタンスで人生を生きるのか、ということは、何も為政者
ばかりではなく、オレたちみんなにとって実は大事なことなんだ、
ということも気付かされる。

へえ〜、そうなんだ、と思ったことをもうひとつ。
治憲公治世の頃まで直江兼続の法要が行われなかった。
それは、上杉家窮乏の原因が、時の執政・直江兼継のせいだ
という恨みが根強く残っていたからだという。
その直江兼続を再評価して、上杉家存続に果たした功を追善し、
改めて供養したのが治憲公なんだそうだ。

上杉鷹山公と細井平洲の出会い。
血のにじむような改革の日々。
師との心のふれあい、ゆるぎない信頼関係。
そして惜別。
細井平洲最後の米沢入りを記念して建てられた「一字一涙」の碑は、
著者の心にも、オレたちの心にも切なく響く。

2012.03.11:ycci:count(980):[メモ/コンテンツ]
copyright ycci
powered by samidare
▼コメントはこちら

名前

件名

本文

URL

画像

編集/削除用パスワード
※半角英数字4文字で自由に入力下さい。


手動入力確認イメージ
※イメージ内の文字を小文字の半角英字で入力して下さい。



 ※ 投稿後、すぐに反映されます。
powered by samidare