ぶっくぶくの部屋

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盛りの多さで評判のそば屋さんに久々に行った。
久々に、というのは、職場からもそう遠くないところに
ありながら、いつも昼時は満席で入れない。
さらに言うと、客の回転率が良くないので、昼休みの
時間内でありつけない可能性が高い。
およそ1年ぐらい前に、家人と2人で、1人前の
「かき揚げ天盛りそば」を食べてちょうど良かった。
(お金がなかったわけではないが)
そして今回、同じケース。
家人は早々と戦線離脱。孤軍奮闘してやっとのことで完食。
ここの盛りそば、フツーの店のゆうに3人前はある。
これが大盛りとなると4人前以上。
たしか、30代のころは大盛りを食べれたなあ。
それが今じゃ、2人でやっと1人前とは…。
お値段580円というリーズナブルさに喜びつつも、
量をこなせなくなった自分の食欲に少し寂しさを感じる秋…。

File No.186
『「閑」のある生き方』中野孝次(新潮文庫 400円)
オススメ度★★★★☆

同じ本でも、読む年齢によって感じ方が大きく違う、という
ことをつくづく実感した。
中野孝次というとすぐ思い浮かべるのが、ベストセラーになった
『清貧の思想』。
オレも読んだ記憶があるが、何せ30代中頃のことだから、
書いてる意味は理解できても、自身の生活信条に影響を与える
ようなものではなかった。
これから拡大・発展していこうという時に、「清貧」でも
なかろうとタカをくくっていたのかもしれない。
この本も、著者の考え方の基調は変わっていないと思うが、
なぜか、妙にシックリきた。
自分が今何気に考えていることとフィットする感覚。
年齢がなせることなのか。
この本の論旨をかいつまんで書くと、
「自分の意志の下にあるものについては、精一杯能力を発揮させ、
『今ココニ』ある生を喜び、楽しむこと。自分の権能下にない
ことについては、運命を受け入れ、ジタバタしないこと」
ということか。
そういう老年に向かう生のあり方を、40歳代とおぼしき甥っ子
「龍太郎」に教え聞かすスタイルで話が進んでいく。
随所に、老子や「徒然草」、セネカなどが引用され、奥行きが
深く、他の人生論的な書と一線を画している。
オレはとくに「徒然草」に改めて心惹かれた。
学生時代、教材として止むを得ず読まされて以来今まで、ついぞ
読む機会がなかった。また、妙に説教っぽくて、読む気にも
ならなかったとも言える。
「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、
日々に楽しまざらんや」
「若きにもよらず、強きにもよらず、思ひ懸けぬは死期なり。
今日まで遁れ来にけるは、ありがたき不思議なり」
今こうして口ずさむと何て含蓄がある言葉なんだろうと
改めて思う。
やっぱ、最後は古典に戻るべきかとさえ考えたりする。

著者は、老年期にさしかかる前に、足るを知り、欲を抑え、
生活をシンプルにすべき、とも言っている。
オレも同感。
有り余るような身近のモノどもを思い切って大整理すること
によって、かえって自分自身というものが再生されるような
気がする。
著者の老年の楽しみは、
一、書  二、碁  三、酒  四、犬  五、読書
だそうだ。
オレも、もうふたつぐらい一生楽しめる事を見つけないとなあ。
こういうふうに考えていくと、老年期も何だか楽しくおくれる
ような気がする。
そのためにはまず、これからの運命を甘受する心構えから。

まったく何の意識もなく買った100円本だが、思わぬ
心の広がりができ、そばに置いておきたい一冊となった。

2010.10.31:ycci:count(1,029):[メモ/コンテンツ]
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