ぶっくぶくの部屋

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今日、8月15日は65回目の終戦の日。
ひさしぶりに高校野球を観ていたら、正午の黙祷
が始まった。この時の出場チームは沖縄の興南高校。
春の覇者にして、今夏も最有力校のひとつ。
国内で悲劇的な戦地となった沖縄。
今の球児たちには、そんな陰は微塵もなく、明るく
溌剌としたプレーを見せてくれているが、悲劇の弔いと
平和な未来への象徴として、ぜひガンバッて春夏連覇して
もらいたいと、個人的に思っている。
高校野球にそんな重い想いをかけるなんて、古いのかなあオレ…。

File No.162
『「特攻」と遺族の戦後』宮本雅史(角川文庫 705円)
オススメ度★★★☆☆

日本人として、このお盆の時ぐらいは、自分の先祖と太平洋戦争を
考えてみるべきではないかと思い、この本を手にとってみた。
少し前に読んで、最高の5つ★を付けた『永遠の0』は物語だが、
これは、多くの証言や書簡を集めた、いわゆるドキュメンタリーだ。
意味付けや解釈に走っていない。
特攻で散華した本人と遺された者たちの感情の動きや深い想いを
丁寧に追っている好著である。
第1章は、昭和20年4月に散華した陸軍特攻隊員伍井芳夫大尉と
その妻子の話。
年端もいかぬ一男二女の子どもと妻を残して死出に旅立つ伍井大尉の
気持ちが切々と伝わる手紙の数々は、涙なくして読めない。
その辞世の歌
「身はたとえ波の末路に果つるとも とわに栄ゆる国を守らむ」
は、心にゴーンときてしまった。
現代に生きるオレたちは、こうした英霊たちの魂の想いをしっかりと
受け止めて生きているんだろうか、と思ってしまう。
第3章は、最愛の婚約者を残して逝ってしまった林義則少尉。
その婚約者小栗楓は、林が死んでからもずっとその影を慕うように
戦後60余年を生きてきた。
そして、80歳をゆうに過ぎてのインタビューにも、
「…私にはあの人の面影があったからこそ幸せだったのです」
と語る。
もう感無量…。

著者は、後半で知覧特攻平和会館を訪れた時のことを書いていて、
英霊たちひとりひとりから、
「今の日本は大丈夫ですか?」と問いただされるような気がしたと
言う。
オレも10数年前に初めて知覧を訪れた時に、同じような感覚を
持ったことを思い出した。
特攻に限らず、戦没者300万余の想いは、重い、確かに重過ぎる。
だけど、太平洋戦争の悲劇を風化させないためにも、一人ひとりが
重さの一端でも実感しなければならない…と思う。
南洋で散華した伯父の名前の一字をもらったオレとしては、とくに…。

最後に。
戦後、GHQによる靖国神社焼却案が持ち上がった時に、諮問を受けた
ヴァチカン代理公使のブルーノ・ビッター神父はこう答えたそうだ。
「…いかなる国家も、その国家のために死んだ人びとに対して、
敬意を払う権利と義務があるといえる。それは、戦勝国か敗戦国かを
問わず、平等の真理でなければならない…」

もはや、イデオロギーや主義・主張の問題ではない。
戦没者に素直に頭を垂れたいと思うばかりである。



2010.08.15:ycci:count(1,516):[メモ/コンテンツ]
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