天地人

▼晴輪雨読

前も書いたような気がするが、オレの場合、「晴耕雨読」ならぬ
「晴輪雨読」、とくにここ数年は。
「耕」の方も10年ぐらい前にはやった。
300坪もの畑を借りて、機械は何も持たず、ただひたすら
鍬とスコップを大地に穿ち続けた。
休日はもちろんのこと、平日でも早朝に畑に出掛けた。
今から考えると、まさに無謀の極み。
つまづき・その1
頃はちょうど今時分、雑草に悩まされていたオレは、嫌がる家族を
ひっぱって日がな1日草取りをした。きれいさっぱりに。
されど安堵は束の間。2週間後の畑はものの見事に雑草に浸食
されていた。脱力感…。
つまづき・その2
その惨状を見ていた地主が、
「地代はいいけど、荒らさないでだけくれよな」と。
グサッ!
そして決定打となった某氏の一言
「オマエ、そんな仕事してて300坪の畑やるなんてムリなんだよ。
やめて楽になれ。野菜は八百屋から買うもんだ。その方が安いぞ」
そんな仕事ってどんなんだよ、とか、買うより生産する喜びっつうもんが
あんじゃねえか、とか反論はいろいろあったが、まあ、ここらが
潮時かなと。
かくして夢の「ぶっくぶく農園」はわずか2年で閉園、以降、猫の額の
ような我が家の畑でさえ指一本たりとも触れていない。
我ながら潔い土との決別!?

File No.243
『おそめ』石井妙子(洋泉社 1800円)
オススメ度★★★★☆

今日こそ晴輪と思いきや朝から雨。止みそうにもない。
そんじゃあと雨読に切り替え、先日図書館から借りてきた
『おそめ』を読み始めた。
なんでこの本かというと、先日とりあげたオノ・ヨーコを書いたのが
この石井妙子という人で、構成・文章・展開ともに少し気に入った
ので、代表作も読んでみようと思ったワケ。
単行本で350頁もあるので、まあ2、3日かけてと思いつつ
読み進めていくと、面白くて止められず、結局最後まで一気に
読んじゃった。
若い頃は興が乗ると10時間以上もぶっ続けで本を読めたが、今と
なってはとてもとてもと気弱になっていたが、まだ多少はイケんじゃ
ないかと少しばかり自信を取り戻した。

「おそめ」こと上羽秀は京都の裕福な炭問屋に生まれた。
祖父に溺愛されて育つが、嫁である母親が過酷なまでの苛めと冷遇
に耐えかねて娘二人を連れて婚家から出奔する。
貧しいながらも母の寵愛を一身に受けて育った秀は、小学校を
卒業するとすぐ上京し、新橋で芸者修業をする。
やがて京都・祇園に戻り芸妓として花柳界にデビューし、ほどなく
当代一の売れっ子となる。
やがて、実業界の大物に落籍される。
何不自由ない暮らしだったが、秀は旦那に愛情を注げない。
そんな時、ダンスホールで生涯の伴侶となる俊藤浩滋と運命的な
出会いをする。
秀は木屋町にバー「おそめ」を開き、東京・銀座にも店を持ち、
京都と東京を飛行機で往復する「空飛ぶマダム」と言われ、
川口松太郎の『夜の蝶』のモデルともなった。
銀座ナンバー1になってからほどなく凋落が始まる…。

ざっとこんなストーリーなのだが、一貫して読者を惹きつけて
止まないのは、秀の容姿・容貌・性格・雰囲気の不思議なまでの
魅力である。
著者は片時もそこを外さない。
もちろん秀という女を見たことも会ったこともないが、本を読んで
写真を見てると、オレだってなんとかこういう店に行けるよう
がんばらなくちゃ、と思ってしまうだろう。

秀は溺愛されたり庇護されたりして育ったせいか、金銭感覚には
まるで疎かったようだ。何を買うにも釣銭はもらわない、人には
気前よくチップをはずむ、金はあるだけ使う…、いわば「宵越しの
金は持たない」キップの良さがあった。
「お金いうもんは手元に置いといたらあかんのや。すぐに流して
やらんと。流してあげたら、また流れてくるのやから」
そういうこと!
預金通帳を見て密かにほくそ笑んでいるようでは、なんも面白い
ドラマは始まらない。
ってなことをぬかして、小遣いの大幅増額を迫ってみたら、
愚妻の顔がみるみる鬼のような形相になり、10発以上もケリを
入れられた。
「ニンマリするようなお金どこにあんのよっ!まずタバコ止めなさいよ、
タバコっ!」
またまた犬も食わない愚妻ネタになってしまったが、オレは
彼女を通して、世間の女性の常識というものを学習しようとしている
ワケで…、まあ生涯わからんかもしれないが…。

さてこの本、男性でも充分面白い。女性ならもっと面白い。
エライ人の伝記や立志伝もいいが、こういう市井の人々にも
波乱万丈・数奇な人生があるんだ、ということをこの本は教えて
くれる。

蛇足ながら、秀の情人・俊藤浩滋の前妻との次女・純子は、ひょっと
してあの大女優の?と思ったら案の定。
ストーリーは少しばらしたが、この本の魅力がいささかも殺がれる
ことはない。
バー「おそめ」のカウンターで、はんなりしたマダムから、訥々と
半生の来し方を聴いているような趣だ。



2011.06.26:ycci

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