天地人

▼オヨヨの深夜

久しぶりの休みと思いきや、
「働かざるもの食うべからず、寝るべからず」とばかりに
朝も早よから「休日家庭労働」に追い立てられた。
と言っても、消雪道路の点検作業と雪囲いだけだが。
雪囲いも、拙宅には庭木らしい立派なものは殆どなく、
バラやナントカという小木に支柱を立て、ナワで縛る
だけの簡単なもの。
でも、全くと言っていいほど家のことを何もしない(できない)
オレにとっては、たいそうな労働なのよ、コレが。
やっとの思いで仕上げて、満足気に一服していたら、家人が
「あらまあ、何かのオブジェみたい」
と言いやがった!
クソっ、言うに事欠いてオブジェとは。
当然オレは憤然と(フテて)…、部屋に引き篭ってやった。
夜も知人宅でヘベレケに飲んできて、フトンかぶって寝てしもうた。
いつまでもオトナになれない…。

File No.196
『猛女とよばれた淑女 −祖母・齋藤輝子の生き方−』
斎藤由香(新潮文庫 438円)
オススメ度★★★☆☆

週刊新潮に連載されていた「トホホの朝、ウフフな夜」(逆だった
かな)というエッセイをご存知だろうか。
もっとも、今は、「窓際OLのすってんころりん日記」という
タイトルに変わったようだが。
その著者が、この本も書いている斎藤由香。
斎藤茂吉の孫にして、北杜夫の娘。
この斎藤由香本人が、数年前に米沢に来た。
機知に富んだ話を聞きながら、しばし飲んで談笑した覚えがある。

さてこの本は、斎藤茂吉の妻にして、斎藤茂太や北杜夫の母、
つまり著者自身の祖母である斎藤輝子というスーパーレディの
一代記でもある。
何とこのおばあちゃま、老齢の域に入ってから世界中を旅して
回り、訪問した国の数は108カ国にのぼった。
きわめつけは、79歳で南極に行き、80歳でエベレスト・
トレッキングをしたという猛老女ぶり。
物に動じず、クヨクヨせず、言い訳もせず、弱音を吐かず、
ひたすら自分の好奇心や関心のおもむくままに行動したこの猛女を
著者はこよなく愛していたことがよくわかる。
また、父である北杜夫の私生活にも触れているが、この第三の
新人と称された作家の躁鬱病は本当だったんだと驚かせられた。
大躁状態の時には、ぬれタオルを鉢巻にして、すってんてんに
なるまで株の売買に興じたり、テレビとラジオを大音量にして
ナイターに熱中したりと、超のつく奇行ぶりだったらしい。
転じて、ウツの時には寝てばかりで、夜7時のニュースの時に
起きてくるのがやっとだったとのこと。
この躁鬱病のお陰で、北家はいつもてんやわんやだったらしい。
北杜夫のエッセイに書いてることは本当だったんだ。

先週はヘベレケの日が多くて、この本は夜中に起きて読んだのだが、
まさにオドロキで、斎藤由香風に言えば「オヨヨの深夜」だった。

北杜夫と言えば、青山脳病院でのことを中心に描いた『楡家の人びと』
が代表作であるが、娘のこの本は、さながら『楡家の人びと』の
『番外編』『その後』と言った趣がある。
でも、残念ながら、「趣」にとどまっているような気がする。
トーマス・マンを師と仰ぎ、父でもある歌人斎藤茂吉を心底から尊敬し、
戦時下の青春時代のセンチメンタリズムを持ち合わせながら、
懊悩の果てに、物語を紡ぎだしてきた父、北杜夫とは、比べるべくも
ない。

一昨年のことだったか…。
長野県松本市にある旧制松本高校の校舎を訪れた。
北杜夫が青春時代を過ごした街・学校である。
バンカラな学生生活の泣き笑いの中で、明日を見つめていた
斎藤宗吉(北杜夫の本名)青年の高ゲタにマント姿が
ヒマラヤ杉のなかに現れてくるようだった。




2010.12.06:ycci

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