天地人

▼心地良い疲れ

数年前までのオレの休日の過ごし方と言えば、
ゴロ寝で本読み、というのが主流だった。
それは、疲れを残したくないという消極的強迫感
だったような気がする。
「だった」と書いたように、最近数年間はちょっと様子が
変わってきた。
休日だと朝早く目が覚めてしまう。
休日でも時々仕事があったり、仕事めいたことがあったりも
するが、それらを含めて、やること、やりたいこと、
やらなければならない(と思い込んでいる)ことが多く、
休みの終わりにはヘタってしまう。
まあ、少しばかり心地良い気がする疲れではあるが。
もしかすると、(多分)人生の半分を過ぎてから、
慌しい思いに駆られているのかなオレ…。

File No.144
『葬式は、要らない』島田裕己(幻冬舎新書 740円)
オススメ度★★☆☆☆

ちょっと前の新聞のコラムにこの本のことが書いてあった。
昨今の傾向や風潮などもあってか、なかなかに売れている
らしい。
「葬式は贅沢である」というのがこの本の基本的な
メッセージだ、と著者は冒頭に言い放っているが、
読み進めていくと、単なる「葬式無用論」ではないことが
わかってくる。
なぜ、葬式が派手で贅沢なものになっていったのか。
仏教では、死者が赴く浄土の世界を、徹底して豪華で美しい
ものに描き出す傾向があり、この影響が連綿と現代まで
続いているからだと言う。
また、浄土をそのまま地上に実現しようとしたのは平安貴族
であったことから、昔は高貴な身分の人間にしか許されなかった
贅沢が、今やオレたち一般庶民の慣習にまでなっているから、
「葬式は贅沢である」ということになるのだそうだ。
なるほど。
そういうことは、やっぱり教えられないとわからない。
まあ、知ったからと言ってどうなるわけでもないけど…。
葬式を贅沢にしたもうひとつの原因は「世間体」だとも。
確かに、それはあるなあ。
その最たるものが戒名。
今は全体のおよそ3分の2に「院号」がつくそうだ。
明治時代は18%、大正時代は20%、昭和のはじめは
戦争の影響もあって(若い方が戦死した)10%。
それが戦後になって飛躍的に増加する。
「戒名料」もバブル期には平均70万円を超えたそうだ。
もうひとつ興味深い数字を。
一般的に、一つの寺を維持していくのには300軒の檀家
が必要だと言われているそうだ。
1年間に営まれる葬式の数は檀家数のおよそ5%。
300軒の5%は15軒。
これに2007年日本消費者協会調査による、戒名料を
含むお布施の全国平均54万9000円を掛けると、823万
5000円、と相成る。
ん〜、かなり現実的な数字だなあ。
いろいろと参考になる内容ではあるが、檀家役員の末席を
汚す身としては、オレはダンゼン現状肯定派。
著者も最後に、故人が大往生して立派に生き抜いたことを
みんなで喜び合うような葬式、故人の死が、長く離れていた
生者の再会をとりもつことになるような葬式、そういう
ことは無用とは言えない、と書いている。
また、一人の人間が生きたということは、さまざまな人間と
関係を結んだということであり、その関係を再確認することが
一番好ましい葬式である、とも。
オレもまったく同感だ。
生きているときに何らかの関係を結んだ故人にお別れを告げ、
ある種のケジメをつけていく、というのは誰にでもある
ありのままの心であり、その場としての「葬式」は無用どころか、
最重要だとオレは思う。



2010.05.16:ycci

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