天地人

▼老舗の力

このごろ、新書を読む機会が多い。
手軽に「知」に浸ったような気になってしまうところが
いいんだろう。
まあ、それはほんの入口に過ぎないとしても。
新書の種類も数多くなってきたが、やっぱ名作・名著は
岩波新書が圧倒的に他を凌駕しているように思う。
これも「老舗の力」なのか。

File No.125
『特捜検察』魚住 昭(岩波新書 640円)
オススメ度★★★☆☆

先月ぐらいから、あちこちの本屋で探しまくっていたのが
この本。
どこにもなくて、あきらめてネットで買おうとしていたところ、
別の本を探している最中に、ひょんなところから見つかった。
ということは、前に読んだ…!?
まあ、オレにとっちゃあ、よくあることなので、気にしない、
気にしない、と言い聞かせながら読み始めてみたら、これが
すごくアツいドキュメンタリーだった。
出版されたのは1997年だから、今から10年以上も前。
扱っている事件は、やや旧聞に属してしまうかも知れないけど、
1970年代から90年代にかけての疑獄事件を取り上げ、
東京地検特捜部の活躍と挫折・苦悩を描いている。
扱っているケースは、ロッキード事件、リクルート事件、
東京佐川急便事件、ゼネコン汚職などで、その多くが、
当時の政権中枢あるいはその近くまで捜査・司法の手が
及んだ。
その度に、われわれ国民は快哉を叫んだり、弱腰を非難したり
してきたわけだが、特捜検事たちの現場はいつも過酷で
峻烈を極めていた。
検事の章が「秋霜烈日」というのがよくわかる。
文字通り、彼らは、秋の霜のような烈しい日々を送って
いたのだった。
捜査の手が、政権中枢に及ぶとき、特捜検事は進退を賭けている。
もし誤認だったり、無罪だったりしたら、ごうごうたる非難を
あびるばかりか、検察組織の弱体に繋がり、正義が守れなく
なる。
ある検事総長が就任の弁として言った「巨悪は眠らせない」も、
特捜検事たちの昼夜を分かたぬ闘いに裏付けられている。
しかし、検察の正義は常勝とは限らず、一敗地にまみれたことも
何回かあった。
そのひとつが、東京佐川急便事件における金丸信(元副総理)の
略式起訴・罰金20万円というもの。
このときばかりは、検察に世論の非難が集中した。
が、その後間もなく東京地検特捜部は、この時の汚名を自ら
そそぐ機会を得るのである。
ちょっとした小説より格段に面白いこのノンフィクションは、
次のような言葉で締めくくられている。
「彼ら(特捜検事)がなにものにもひるまず、官僚制度の深層に
はびこる腐敗を暴いてはじめて、この国はパンドラの箱に
最後に一つだけ残ったという『希望』を見いだすことができる
のかもしれない」
オレがこの本を(もう一度)読んでみたいと思ったきっかけは、
最近起こった民主党幹事長をめぐる疑惑問題だった。
彼も、確か、田中・金丸の系譜に連なる政治家だったのでは…。
そして今や権力中枢にあり、疑惑は雲散霧消してしまったようだ。
元秘書の国会議員が、自殺の恐れがあるとして早々と拘留された
ことも、リクルート事件のデジャヴを感じる。
きっと、今回も、われわれが知らないところで、特捜部の深い
苦悩があったのではないかと推測させられる。

2010.03.07:ycci

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