天地人

▼忘れられない出会い

オレが学生のころ、インベーダーゲームがものすごく
流行ってて…。
友人何人かとアパートで安酒を痛飲して気炎上げて、
「じゃあ、インベーダーやり行くか」とふらり外に出て
まだ地理カンのない街をフラフラ歩ってたら、
「スナック喫茶」なる看板が目にとまり、怖いもの
知らずで中へ。
するとそこはちょっと場末っぽいスナックで、
ちょいハデな顔立ちの中年ママさんと、怖そうなマスターが
オレたちをジロリ。
「あ、あの〜、インベーダーゲームやらしてもらっていいですかあ」
「どうぞ、どうぞ」
その1時間後には、ゲームそっちのけで角瓶空けて大盛り上がり。
で、会計は1人1000円。
それが忘れられない出会いになろうとは…。

File No.90
『冬の蛍』秋元千恵子歌集(ながらみ書房 2300円)
オススメ度★★☆☆☆

この怪しげなスナックのママさんが秋元千恵子、つまり歌人なの
だった。そして怖そうなマスターは出版社を主宰している編集マン。
もっとも、ずいぶん後になって知ったのだが…。
学生時代は随分世話になった。
いつ行っても、いくら飲んでも、会計は1000円。
足りない分は、他のお客さんから納得ずくでとっていたのだろう。
常連客にもかなりオゴってもらった。
写譜屋さん、大蔵省の役人サン、映画パンフ会社の営業マン、
工務店のオヤジ、公設市場の商店主たち、大蔵映画の社員兼俳優等々、
今思うと、まるで「つむじ風食堂」みたい。
もう今は店もないし、ママやマスターに会うこともないが、風の噂に
ママが第四歌集を出したことを聞いたので、さっそく取り寄せてみた。
ん〜、さすが上田三四二(アララギ派の大歌人)の弟子だけあるなあ。
感情とか情念とかが、短い言葉の中にしっかりとトランスされている。
たまに短歌とか俳句とかを読むと、その濃縮された世界に圧倒されて
しまう。
とくにこの第四歌集は「環境詠」と言って、環境を題材にした作品が
多い。上梓されたのが今から7年前だから、環境ホルモンとかが話題
になり、みんなの環境に対する意識も高まっていた頃ではないだろうか。
しかし、個人的な好みを言うと、社会的な題材はあまりオレは得手では
ないのよ。
だから、この歌集の中でも、「花散華」や「散華なるべし」がどちら
かと言えば好みだ。
 地に触るる刹那を惜しむ花ごころひるがえりたり風の間にまに
 身ごもれる女うるわし花の下わが欠落の落花燦燦
そう言えば、ママも子供のいない人だったなあ。
 折々のさびしき夢に通過する列車の窓にあなたをさがす
マスターは独身時代、毎週のように東京から電車で山梨に通って
ママに求愛したとか。その情愛にママも応えたんだからすごい。
もうマスターは亡くなったんだろうか?

オレがもう少しマトモな学生だったら、秋元師に短歌を習っていた
のになあ。もっとも才能ないからダメだったろうけど。
いずれにしても今は昔、時すでにおそし…。
それより、あの頃世話になったオトナたちへの「恩」を、オレは
今の若者たちにどれだけ返してるんだろう。
まだまだほんとうのオトナになりきってないよなあ、ふう〜。





2009.11.19:ycci

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